温泉地に行くと、案内パンフレットや看板などに温泉の歴史が記されていますが、中でも気になるのが開湯伝説ではないでしょうか。そこで今回、全国の温泉地で伝承されているちょっと気になる開湯伝説を紹介します。

山中温泉の白鷺のオブジェ。看板には、「文治年間長谷部信連がこの地に鷹狩の際一羽の白鷺が芦の間の流れに傷脚を洗うのを見て、霊泉の湧出するのを知り~」と歴史が記されています

観音様のお告げは現代でもある!?

全国を見てみると、大国主命と少彦名命が訪れて病気を治したと神話に残る温泉もあれば、行基や弘法大師(空海)などの高僧が見つけたとされる温泉、夢枕や神様のお告げで発見したとされる温泉、鷺や鹿、熊といった動物が見つけたという温泉もあります。

"ここ掘れワンワン"で、大判小判が出るかのごとく温泉を掘り当ててしまうなんて、日本昔話の世界そのものでなんだかワクワクしてしまいます。神仏や動物の導きで温泉が見つかる。そんな神秘的で、謎めいた存在だからこそ、温泉には人を惹きつける魅力があるのかもしれません。

「観音様が夢枕に立って、言われたところを掘ったら温泉が出てきた」なんていう話などは、"昔々の話"と思ってしまうものでしょう。ですが、先代、先々代の話として、筆者も取材中に何度か聞いたことがあります。現代においても、人々を癒やすための温泉には何やら神秘的な力が働くのかもしれません。

動物が見つけた温泉の正体

鶴が見つけた「鶴の湯」とか熊が見つけた「熊の湯」、鹿が見つけた「鹿の湯」といった温泉は、ズバリそのもの、動物が見つけた温泉です。こういった動物の名前がついた温泉名は結構ありますが、実際は動物が温泉で傷を癒やしているのを猟師や村人が見つけた、というのが正しいようです。動物が温泉に入って傷を癒やしている姿を見て、人間も「これは身体に良さそうだ」と温泉に入ったわけですね。

2016年は申年。長野県の「地獄谷野猿公苑」は、野生のニホンザルが温泉につかる姿を見られることで知られています。開湯伝説とは関係がなくても、猿にちなんだ温泉も人気です

「日本三古湯」のひとつ、日本最古の湯と言われる愛媛県・道後温泉には、「足に傷を負って苦しんでいた一羽の白鷺が、岩間から噴出する温泉を見つけた」という白鷺伝説が残っています。また、奈良時代の高僧・行基が発見したと言われる石川県・山中温泉は、高僧と動物と薬師如来のトリプル。平安末期に「一羽の白鷺が痛めた足を癒やしているその場所を掘ると、5寸ばかりの薬師如来像が現れ、温泉が湧きだした」ということです。

動物は人間よりも生き延びるための本能が働いているから、温泉パワーに引き寄せられたのだろう、動物が見つけた温泉はいい温泉に違いないと思っていたら、こんな解釈をしている先生がいらっしゃいました。

戦後60年以上にわたって温泉分析や管理などに携わってきた中央温泉研究所の専務理事・甘露寺泰雄氏は、以前講演の中で「温泉は動物の餌場だったのではないか」との説をお話しされていました。塩分やミネラル分などの成分が含まれる温泉に虫や小動物が集まり、それを捕食する動物が温泉の周りに集まってきたのではないか、というわけです。温泉の神秘性は薄れますが、至極もっともな話です。

さて、2016年は申年ですが、猿が見つけた温泉と言えば、岩手県・鉛温泉「藤三旅館」。 「キコリだった当主が、白猿がカツラの木の根元から湧出する泉で手足の傷を癒やしているのを見て、仮小屋をたてて風呂を開いたのが始まり」というのが宿の歴史だそう。伝承や言い伝えに思いを馳せて温泉選びをしてみるのも楽しいものです。

天皇や武将も温泉好き

いつの時代も権力者には食物も織物も特上品が献上されますが、身体をすこやかに保つ入浴に関しても同様。温泉地には、天皇が湯治に訪れたとか温泉を運ばせた話などが残っています。

仙台の奥座敷、秋保温泉は今から1500年ほど前に、欽明天皇が天然痘を患い、都まで運ばせた秋保の湯で湯浴みしたところ治ったことから「名取の御湯(みゆ)」とよばれるようになりました。ちなみに、「日本三御湯」は秋保(宮城県)、別所(長野県)、野沢(長野県)の3つです。

草津温泉の湯畑に残る、徳川8代将軍「御汲上の湯」の湯枠

また、戦国時代には傷ついた兵士たちの治療に温泉が重宝され、「武田信玄の隠し湯」や「上杉謙信の隠し湯」といった呼び名がいまも残っています。有馬温泉には豊臣秀吉が何度も訪れたと言われていますし、熱海温泉では徳川家康が湯治し、草津温泉には8代将軍吉宗が汲み上げた「御汲上の湯」の湯枠が湯畑に今でも残っています。

徳川幕府の統制下、全国の藩の大名や家臣が通った湯治場もあります。津山藩主が鍵をかけて入った温泉は奥津温泉(岡山)に「鍵湯」として残っていますし、秋田藩主の湯治場だった乳頭温泉郷・鶴の湯温泉(秋田)では警護の武士が詰めた茅葺屋根の長屋「本陣」が今も残っています。

開湯伝説も、最近だと「石油を掘っていて温泉が湧きだした」といった現実的なことに変わってきてはいますが、開湯伝説や歴史上の人物との関わりを知ると、温泉をより身近に感じることができますよ。

筆者プロフィール: 野添ちかこ

全国の温泉地を旅する温泉と宿のライター。BIGLOBE温泉で「お湯の数だけ抱きしめて」、「すこやか健保」(健康保険組合連合会)で「温泉de健康に」連載中。著書に『千葉の湯めぐり』がある。日本温泉協会理事、3つ星温泉ソムリエ、温泉入浴指導員、温泉利用指導者(厚生労働省認定)、温泉カリスマ(大阪観光大学)、温泉指南役(岡山・湯原温泉)。公式HP「野添ちかこのVia-spa」