東京2020オリンピック競技大会では、史上最多となる33競技339種目の開催が予定されている。本連載では、イラストを交えながら各競技の見どころとルールをご紹介。今回は「ボクシング」にフォーカスする。
シンプルなルールから生まれる多彩なスタイル
四角いリング上で2人の選手が向かい合い、グローブをはめた左右の拳で相手と打ち合って勝敗を決める「ボクシング」。攻撃手段は自分の拳だけで、攻撃対象は相手の上半身。トランクス上部の「ベルトライン」よりも上だけだ。格闘技の中でもかなり限定的なルールがこの競技の特徴。それだけに、「いかに相手の隙をついて、反則を伴わずナックルパートでパンチを打ち込むか」というシンプルな目的のために鍛錬するストイックな精神性が際立つ競技でもある。
ボクシングのオリンピックでの歴史は、古代オリンピックの時代までさかのぼる。当時、ボクシングは「相手が負けを認めるか気を失うまで試合を続ける」というルールで、時に死亡者が出るほど危険な競技であった。それゆえ、5世紀初めにローマ皇帝によって「残忍すぎる」との理由で禁止され、18世紀までスポーツとしての歴史は途絶えたという。
その後、1867年にイギリスでグローブ着用義務など安全を期したルールが制定され、これが現在のボクシングのルールの基礎となった。近代オリンピックでは、セントルイス1904大会以降、ストックホルム1912大会を除きすべての大会で実施されている。女子は、ロンドン2012大会から正式種目として採用された。
ボクシングはプロ興業として世界で人気を博し、かつてのモハメド・アリ(アメリカ)や、最近では村田諒太(日本)などのヒーローを輩出しているが、そのモハメド・アリはプロに転向する以前、ローマ1960大会においてカシアス・クレイの名でライトへビー級の金メダリストとなっている。村田諒太もロンドン2012大会の金メダリストである。
オリンピック競技として採用されて以来、長らくボクシングではアマチュアのみの参加とされてきたが、リオデジャネイロ2016大会よりプロの参加が解禁となった。
ボクシングの試合は、様々な方法で勝敗がつく。3分×3ラウンドの試合が終わった時点で、5人のジャッジの採点による判定、競技の続行が不可能と思われるほどの差がある場合や医師が試合の継続が困難とした場合などにレフェリーが試合を終了させ勝敗をつけるレフェリー・ストップ・コンテスト(RSC)、一方が3回の警告(減点)を受けて失格となったとき、そして、ダウンして10秒以内に競技を続けることができないノックアウト(KO)など。
試合は、ポイントによる勝敗、棄権などによるT.K.O.(テクニカルノックアウト)、レフェリーが試合を止めるレフェリー・ストップ、K.O.による勝敗、どちらかの負傷や失格による勝敗など、様々な決着方法をとる。それゆえ、戦いのスタイルは選手それぞれに個性的だ。
強打に自信を持つ選手が猛パンチを浴びせて相手を消耗させようとするかと思えば、ディフェンスに定評のある選手がひたすらガードを固めて相手の「攻め疲れ」を待ち、相手の防御の隙をついた渾身の一撃でK.O.をものにする。また、足を使って常に有利なポジショニングを計りながら試合を自分のリズムに持っていく、細かく繰り出す攻撃のコンビネーションによって相手の防御を崩して急所を狙うなど、選手はそれぞれ得意な戦法を組み合わせて相手を攻略していく。
拳と拳、上半身のみを攻撃、というシンプルなルールが、逆に多彩な攻撃スタイルを生み出し観客を魅了する。これがボクシングの醍醐味だ。
オリンピックのボクシングには、試合時に自分のコーナー色のランニングシャツとトランクスを着用するというプロの試合にはないルールが加えられている。またラウンド数もプロとは違い、男女ともに3分×3ラウンドとなる。
3分×3ラウンドの短期決戦ゆえに、ファーストラウンドから積極性のある技術や戦術の展開によって競技を支配することが要求される。試合までのコンディショニングの維持、ダメージの回復、相手選手の研究等を含むチームの組織的なサポート体制、バックアップ体制のあり方もしのぎを削る見どころでもある。
イラスト:けん