東京2020オリンピック競技大会では、史上最多となる33競技339種目の開催が予定されている。本連載では、イラストを交えながら各競技の見どころとルールをご紹介。今回は「近代五種」にフォーカスする。

競技ごとに身体を切り替える。多彩な技術と高い戦略性が求められるスポーツ

1人の選手が1日の間に、フェンシング、水泳、馬術、レーザーラン(射撃・ラン)というそれぞれに全く異質な5種類の競技に挑戦する、万能性を競う複合競技「近代五種」。「キング・オブ・スポーツ」とも呼ばれる。

古代オリンピックで行われたペンタスロン(五種競技)にならい、近代オリンピックを提唱したクーベルタン男爵が「近代オリンピックにふさわしい五種競技を」と考案したもので、自ら「スポーツの華」と称したと言われている。

ヨーロッパでは王族・貴族のスポーツとも呼ばれて人気がある半面、さまざまな競技施設・競技用具を要することから競技人口が伸び悩んでいたが、国際近代五種連合のさまざまな取り組みにより、加盟国が近年では100カ国を超えるなど地域的には広がりが見えてきた。

オリンピックの正式競技となったのはストックホルム1912大会からであり、ヘルシンキ1952大会からバルセロナ1992大会までは個人競技の他、団体競技も実施されていた。シドニー2000大会からは女子種目が加わっている。

当初は1日に1種目、計5日間にわたって競技が行われたが、アトランタ1996大会から1日ですべての種目を行うようになった。

1日1種目、計5日間にわたって行われていたころは、「王族・貴族のスポーツ」とも言われるような優雅さもあったが、5種類を1日で行うようになると一転、心身ともに限界まで追い込まれる、まさに万能性が問われる競技となった。

1. フェンシングランキングラウンド(エペ)
相手の全身に対して突きを繰り出す「エペ」で戦う。1分間1本勝負で総当たり戦を行い、勝率によって得点が与えられる。静かな対峙から相手の意図を察知し、駆け引きの中での一瞬のスキをついて剣で攻撃するが、目にも止まらぬその攻撃は最新テクノロジーによってしか判定できないほどの速さをもつ。短時間に次々と試合を行うため、選手は1試合ごとの瞬発力の他、途切れない集中力と自己の迷いを断ち切る勇気が必要とされる。

2. 水泳(200m自由形)
身体に大きな抵抗がかかる水中という環境で、全身の骨格および筋肉を効率よく動かし続けて200メートルを泳ぎ切る速さを競う。フェンシングで最も強く求められるのが瞬発力ならば、水泳で必要とされるのは水の抵抗を回避しつつ効率よく推進力を得る技術に裏付けされたパワーと持久力である。200メートルを泳ぐのに要したタイムによって得点が与えられる。

3. フェンシングボーナスラウンド(エペ)
フェンシングランキングラウンドの下位選手から順に30秒1本勝負でスピード感あふれる試合進行が行われる。ランキングラウンドとボーナスラウンドの合計点がフェンシングの得点となる。

4. 馬術(障害飛越)
貸与された馬を操り、制限時間内に競技アリーナに設置されたさまざまな色や形の障害物を飛越しながらコースを周る。単体競技としての馬術は、長年共に練習し息を合わせた自らの馬に乗って競技を行うが、近代五種においては初めて対面する馬と短時間で信頼関係を築きながら障害と対峙しなければならない。そのためこの種目では、馬との繊細なアプローチによるコミュニケーションを図り、確固たる信念と粘り強さや柔軟さ、焦りを表に出さず冷静さを保つ精神力なども必要とされる。この種目のみ、得点は減点方式で計算される。

5. レーザーラン(射撃5的+800m走を4回)
これまでの3種目の得点を1点=1秒にタイム換算し、時間差を設けて上位の選手からスタート。射撃とランニングを交互に4回行い、着順を競う。射撃はレーザーピストルを使い、10メートル離れた場所から直径約6センチメートルの標的にレーザーを5回命中させるのだが、5回命中するまでは50秒の制限時間の間、撃ち続けなければならない。

ランニングは800mのコースを走行する。長い距離を走った直後、瞬時に全身の動きを静止させて息を整え、精密な射撃動作を行う難しさを想像してみよう。動から静、静から動への状態変化の激しさを思えば、この種目がいかに自身の身体的・精神的コントロール能力を要求されているかがわかる。静と動の切り替えの難しさと毎回の射撃での順位の入れ替わりが見どころだ。このレーザーランでフィニッシュした着順が競技全体の最終順位となる。

それぞれに固有の技術と理論を必要とされる個々の種目をマスターするだけでなく、競技の全体像を常に頭で描き、自分の体力を計算しながら、種目が変わるごとに求められる状態に身体を切り替えていく。体力に加えて強い精神力で自分の身体をコントロールできた選手のみが栄冠を手にすることができる、まさに「キング・オブ・スポーツ」であり、全スポーツの頂点を目指す競技がこの近代五種と言える。

長時間におよぶ競技だが、観客は最後までその順位を確信することはできない。なぜなら、挑戦する種目が多種にわたる上、ハイレベルな5種目の能力の中に、更に得意種目を持つ選手同士の戦いが繰り広げられ、順位が最後まで入れ替わり続けるからだ。

イラスト:けん

出典:公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会