9番札所の「法論寺」から10番札所「得度山 切幡寺」(とくどざん きりはたじ)までの遍路道は、最初は民家が立ち並ぶ細い道を進む。普段は少しの距離もすぐ車か自転車で移動する私は、朝から歩きどうしで疲れきってきた。だが、バスも走ってないし、もちろん流しのタクシーも走ってないので、歩くしかない。重い足を押し進め、はぁはぁ言いながら歩く。
しばらく歩き、「もう歩けない」と思ったときに、先ほど私の前を進んでいた女性お遍路さんが座っているのを発見。そのお遍路さんが座っている所には「おへんろさんひと休みなさいませ。お茶の御接待をどうぞ。無料」と書かれている紙が貼られている。そこでは、普通の民家の軒先にベンチとポットに冷たい麦茶、角砂糖など置かれていて自由に飲めるようになっていた。これがうわさに聞く「接待所」か。なんといいタイミングであるのだろう。またしても弘法大師のお導きかも。私もその接待所の前に置かれている椅子に腰掛けて休んで行くことにした。
接待所で麦茶をいただき、角砂糖を舐めると生き返った気分だ。時計を見ると11時30分。朝7時30分に出発したので途中休憩はしているものの約4時間近くは歩いたことになる。座りながらその無料接待所を見渡すと、無料でいただける手縫いの巾着の接待袋が置かれている。1ついただくことにする。ガラス戸にはお世話になった方に渡す納札が何枚か貼られている。納札は、四国八十八カ所を何回巡ったかによって持つ色が違う。私はまだ1回目なので白。100回以上回った人は錦のお札を持ち、そのお札をいただけるととてもいいとされているのだが、その錦のお札がその接待所のガラス戸に貼られていた。はじめて見る錦のお札に、私は興奮! 「100回以上も四国八十八カ所回った人いるんだ~」としみじみ思った。麦茶と角砂糖で人心地着いた私は、再び元気を取り戻し歩き出すことにした。先に休んでいたお遍路さんはもう少し休んで行くという。やはり1人で歩きたいお遍路さんが多いのかも……。
ずんずん進むと途中から坂道にある。切幡寺もまた山の上にあるのだ。坂の途中には仏具屋さんなどが数件並んでいる。その中のお店の方が「まだここから石段が続くから、荷物を置いて行きなさい」と声をかけてくれた。お言葉に甘えて店の中に入って荷物をおかせてもらう。そばにはすでに、他のお遍路さんのものと思われる大きなリュックが置かれていた。ここを通るお遍路さんみんなに声をかけているのだろうな。リュックを置かせてもらうと身軽になったのはいいけど、しばらく行くと「是より333段」と書かれた石段が見えて来た。階段は嫌い! またしても、はぁはぁ言いながら上る。途中で「是より234段」と書かかれているのが目に入った。ということは333 - 234でまだ99段しか上っていないということ!? 疲れた。荷物を預けて来て本当によかったと思いつつ、上る。
そうしてやっと10番札所切幡寺の山門にたどり着く。2008年作りかえられたばかりという新しい山門だ。山門をくぐるとまた本堂まで階段がある。辛いが上るしかない。本堂からまた階段を上ると大塔がある。この大塔は県の文化財に指定されている。なんでもこの大塔は、徳川2代将軍秀忠が大阪の住吉大社神宮寺に再建寄進したものを、明治維新の時代に神宮寺が廃寺となったため、東西両塔あったうち残っていた西塔を買い取り、明治6(1873)年から15年かけて移築したものだという。二重の塔は三間四面のものが多いが、この塔は五間四面と大きい。明治42(1909)年の火災の際も、この塔のみ焼け残った。そのため補修はされているもの、元和4(1618)年の再興時のままの姿がほぼそのまま残っている。
切幡寺は、寺伝によれば弘仁6(815)年に空海(弘法大師)が開創したという。弘法大師がこの地に巡ってきた際、ある貧しい家の乙女に「布を頂きたい」と頼むと、娘は気持よく織りかけの布を鋏で切って大師に差し出した。大師はそのお礼に娘の願いを尋ねたところ「父母の菩提を弔うために観音様が欲しい」と娘が言うのを聞き、その家に留まって千手観音像を刻んだ。それが今の切幡寺のご本尊の千手観音菩薩だ。そして娘を得度(仏門に入ること)させて、この地にお堂を建てて観音様を安置した。やがて娘は即身成仏(その身のまま仏となること)し、観音様の化身となったと伝えられている。境内にはその伝説による、鋏と布を持った"はたきり観音"の像がに建てられている。大師はこの地に堂宇を建立して、「得度山 切幡寺」と号して第10 番の札所と定めた。本堂には南向きに大師が刻んだという本尊の千手観音像と北向きに女人即身成仏の観音像と2体安置されていて、両方秘仏だそうだ。
切幡寺でのお参りと御朱印をすませ、上って来た階段を今度は下る。途中で先ほど接待所でいっしょになったお遍路さんとすれ違う。坂の途中の荷物を預けた店に立ち寄ると、私の前に荷物を預けていたらしい中年男性のお遍路さんがお茶を飲んでいた。お店の人が私にも「座って休憩して行きなさい」とすすめてくれ、お茶と飴を出してくれた。お店の人に「今日はどちらに御泊まり? 」と聞かれ、「11番札所の近くのふじやさんに泊まるつもりです」と答えると、同じく休んでいたお遍路さんが「あそこは、シーズンオフで閉まっているみたいですよ。私もそこに泊まろうと思って電話したんですけどつながらないんですよ」が教えてくれた。するとお店の人が「11番札所の近くに新しく"吉野"っていう宿が出来たのでそこに泊まりはったら? 」と教えてくれた。「今電話してあげましょうか? 」と親切に電話をしてくれた。「空きあり」ということだったので、もう1人のお遍路さんと私は、宿泊を予約した。お接待づくしでありがたい。
お腹もすいて来たのでついでにおすすめの飲食店を聞いたら「やまじゅう」という定食屋さんのランチが660円で、天ぷら定食にうどんとコーヒーがついて安くておいしいと奨めてくれた。早速、そこへ行くことにする。お礼を行って店を出ようとすると、お店の人にそのお店のパンフレットを渡される。お寺で御朱印のときにいただける御影(ご本尊が描かれた絵)を表装して掛け軸にしているお店のようだ。とにかくお腹がすいたのでいそいそと教えられた定食屋さんに行って、たらふく食べた。本当に安くておいしかった。店を後にしたのが14時。ここから11番札所までは、まだ2時間30分くらいかかりそうなので急がなければならない。途中、お遍路さんが通ると「絶対感動する!」と言われている川量が増えると橋が潜るという「潜水橋」も通るというので、楽しみだ。