近年、悪しき習慣と言われることも多い「飲みニケーション」。でも、お酒を飲みながら社内外の人と仲を深めることって、本当に良くないこと? ここでは、コミュニケーションに関する研究や執筆で知られる明治大学教授・堀田秀吾さんに、そのメリットやデメリットの解説をはじめ、新しい飲みのカタチ『飲みニケーション2.0』を提案してもらいます。三回目のテーマは「あなたは『神飲み』を経験したことがあるか?」。
『神飲み』を求め、酒宴がひらかれる
最高に楽しい、最高に美味しい、最高の出会い、あるいは最高の収穫などがあった酒宴を『神飲み』と呼ぶことにしましょう。あなたはそんな神飲みを経験したことがありますか? 特に職場の飲みでそういった経験はありますか?
何を至高の喜びと感じるかについては個人差があるものなので、万人に共通する『神飲み』というものはないのかもしれません。しかし、「飲みの席には這ってでも行け!」という信条の人たちは、飲みのおかげで職場の人間関係が劇的に改善した、大きな仕事や憧れの仕事・役職につながった、最高に楽しい夜を過ごせた、最高のパートナーに出会えたなどなど、これまでに何らかの形で『神飲み』を経験したことがある人たちでしょう。
神飲みとまでは言えなくても、飲み会に誘ってくるオジサンたちは、ハッピーになれた飲み会を経験したことがある人たちが多いようです。マイナビが独自に行ったアンケート結果を見ても、「職場の飲み会に行きたい」と答えた78.7%のオジサンたちが「飲み会に行ってよかったと思える経験がある」と答えています。また、職場の飲みの誘いに対して行きたいと言っている若者たちも、75%が「飲み会に行ってよかったと思える経験がある」と答えています。
若者もオジサンも、共に約半数の人は職場の飲みに行きたがっていない、ということがアンケートの結果で判明したことを前回までの記事でお伝えしました。約2人に1人が行きたくないのならば、飲み会なんかしなければ良いのではないかという意見もわからなくはありません。しかし、「職場の飲み会に行きたくない」と答えている人たちでも34%、つまり3人に1人は、「飲み会に行ってよかったと思える経験がある」とも答えています。
飲み会が人間関係を深める理由
普段の飲み会でも、行くメリットはいくらでもありますし、正直なところ、行かないデメリットよりも行くメリットの方が多いのです。飲み会で得られるメリットの中でもっとも重要なのが、人間関係が深まることです。仕事は人。人同士がどうつながるかで大きく結果が変わります。飲み会は人をつなぐ重要なツールとなることは間違いありません。では、どうして飲み会で人間関係が深まるのでしょうか?
人間関係を深めるのに飲みの席が良いのは、人とつながるには、表面的・形式的な会話を超えた話をする、つまり、少し大げさに言えば、ある程度腹を割って話すのが重要で、またそういう話をしやすい場所が飲みの席だからです。
そういった自分の内面に関わる話しをすることを「自己開示」と言いますが、自己開示は人間関係を深めるのに有効です。心理学者・ジュラード(1959年)の研究によると、自分の内面的な話をする人は、表面的な話をする人よりも好まれ、自己開示の量と好感度の高さは比例する傾向があるそうです。実際、アンケート結果を見てみると、飲み会に行ってよかったという方に、その理由として、「本音が聞けた」という声が多く見られました。
また、「自己開示」には「返報性」があるので、自己開示をする相手には自分も自己開示をしたくなるという傾向があります。したがって、お互いに自己開示をすることで好意が増し、どんどん関係が深まって行くわけです。
そして、筑波大学の堀(1988年)が行った、大学生を対象にした調査によると、居酒屋は自宅の次に自己開示的な話、すなわち、より自分の個人的な話がしやすい場所であるようです。これは、男性を対象にした調査結果ではありますが、女性にもほぼ同じことが言えるでしょう。
とはいえ、内面的な話といっても、自慢や自虐ばかり、あるいは重たい身の上話などをするのは、場の雰囲気をネガティブにしたり、壊したりしてしまうので、もちろん論外です。自己開示をするにも話題には気を遣いたいものです。人間関係が深まると、仕事上のコミュニケーションも取りやすくなりますし、相手の思わぬ一面が知れたり、お互いの信頼が増したり、新たな仕事につながったり、いろいろな恩恵が生まれます。
人生も飲み会も『NO PAIN NO GAIN』
人間関係の深まり以外にも飲み会に行くメリットはあります。他者とつながることで、自分ひとりでは思いつかなかった考えに辿り着いたり、できなかったことができたりします。人との関わりを断つことは、自ら自分の可能性に蓋をしてしまうことにもなります。
このように、「神飲み」とは言わないまでも、職場の飲み会に行くことで得られるメリットはいろいろあるわけですし、そもそも飲みに行かなければ、神飲みを経験する可能性すらないでしょうし、他のメリットも一切享受できません。宝くじは買わなければ当たらないのと一緒です。
もちろん飲み会に行きたくないという理由も様々でしょう。行きたい飲み会と行きたくない飲み会もあるでしょう。しかし、NO PAIN NO GAIN(苦労なくして利益なし)とも言いますし、職場の飲み会という飲み会を全て避けて通るのではなく、選んで顔を出してみましょう。行ったことで、自分の一生の財産になる何かが得られ、結果、望外の素晴らしい『神飲み』となるかもしれませんよ。
イラスト:佐藤ワカナ
筆者プロフィール: 堀田秀吾
明治大学法学部教授。専門は『司法コミュニケーション』。法というコンテキストにおけるコミュニケーションに関して、言語学、心理学、法学の知見を融合したアプローチで研究を展開している。研究活動において得られた知見を活かして、一般書・ビジネス書・語学書を刊行している。主な著書に『科学的に元気になる方法集めました』(文響社)、『言葉通りすぎる男 深読みしすぎる女』(大和書房)など。