富士通は、「Ontenna(オンテナ)」のプログラミング教育環境を、無償公開を開始すると発表した。
Ontennaは、音をからだで感じるユーザインタフェースであり、音の大きさをリアルタイムに、振動と光の強さに変換して、伝達することができる。
開発者である本多達也氏が、大学1年生のときに、ろう者と出会い、デザインやテクノロジーを用いて、ろう者に音を届ける研究を開始。2012年からスタートした音知覚装置の研究が、2014年に情報処理推進機構の未踏IT人材発掘・育成事業プロジェクトに採択。本多氏が2016年に富士通に入社後、プロのデザイナーやエンジニアとともに富士通社内にOntennaプロジェクトを立ち上げ、2019年8月からは製品として提供を開始している。
音圧60dBから90dBまでの音を256段階の振動と光の強さにリアルタイムに変換し、音の特徴を伝達する。デバイス本体はクリップ型となっているため、ヘアピンのように髪の毛に装着したり、耳たぶやえり元、そで口などに取り付ければ、リズムやパターン、大きさといった音の特徴を知覚することができる。
これまでに、ろう学校の教育現場をはじめ、スポーツ観戦やコンサート、タップダンス鑑賞など、様々な環境で実証実験を行うなど、ろう者との共同研究に取り組んできた経緯があったことから、現在、全国7割強のろう学校でOntennaが利用されているという。富士通の直販サイトであるWEB MARTや、Amazonでも販売している。価格は27,280円(税込)。
いつも使っているOntennaでプログラミングが学べる
今回の新たな取り組みは、Ontennaに関するプログラミング機能と指導教材を教育現場に無償で提供するもので、プログラミングを通じてユーザーが感じたい音の大きさや高さに対して、Ontennaの振動や光のパターンをカスタマイズすることが可能になる。
また、教育指導者へは、教育指導案や授業用スライド、ワークシートなどを提供することで授業での活用を支援。全国のろう学校や普通学校に対してプログラミング教育の普及を目指すという。
Ontennaの開発者である、富士通 グローバルサービスビジネスグループ ビジネスマネジメント本部戦略企画統括部事業企画部 Ontennaプロジェクトリーダーの本多達也氏は、「Ontennaを使って社会課題を解決しようと思ってもらえるきっかけを作りたい」としている。
具体的には、ビジュアルプログラミングランゲージツール「Scratch」を使って、Ontennaのプログラミング機能を提供。ユーザーが感じたい音の大きさや高さに対して、Ontennaの振動の強さや、光の色をプログラムすることで、「大きな音が鳴った時、Ontenna が3回振動する」、「小さな音をキャッチすると、Ontennaが赤く光る」といったカスタマイズができる。
プログラミング機能の指導教材は、教育指導者向けプログラミング授業指導案、プログラミング授業の投影資料、プログラミング学習用プリントであるワークシート、プログラミング機能の基本操作をまとめたユーザーズマニュアルで構成している。ろう学校の先生と協力して作成したものであり、全国のろう学校や教育機関での活用を目指している。
なお、これら指導教材は、Ontennaのサイトで公開している。
対象学年は小学部4年生を基準としており、対象授業は「総合的な学習の時間」。だが、3~6年生への指導も可能な内容にしているという。
本多氏は、「動物の鳴き声に反応するようにプログラミングしたり、目覚ましが鳴ったら振動で起こしてくれたりといったように、自分の生活を豊かにするアイデアの創造を支援できる。ユーザー自身が自由にカスタマイズすることで、自分だけのOntennaを作ることができる。ろう学校で、いつも使っているOntennaを使ってプログラミング学習ができる。生活を豊かにするためにICTを上手に活用する経験ができる」など利点を説明する。
東京都立葛飾ろう学校 教務主任の杉岡伸作氏は、「先行して授業で活用してみたところ、子供たちが自分で、こういう音に気がつきたいということを考え、聴覚障害で困っていることを自ら解決するという主体性が高まることがかわった。企業が持つ力を学校のなかに取り入れることができたことも大きな成果。ろう学校の多くにはOntennaが導入されており、パソコンも設置されている。今回の指導案を使えば、すぐに授業に活用できる。中学部、高校部が一緒になっている学校もあるので、情報を学んでいる高校生が小学生にプログラミングを教えるためのツールになる、といった活用も期待したい」とした。
また、葛飾ろう学校の高等部専攻科では調理師免許を取得できる課程を唯一持っている。
「調理の現場では音に気がつくことが大事だが、タイマーの音が聞こえないといったハンデがある。学校ではパトライトを付けて時間がわかるようにしているが、調理の現場で、Ontennaによってタイマーの音に気がつくことができれば相当な力になる」と杉岡教務主任はコメント。富士通の本多氏は、「料理と音は親和性が高い。揚げ物もちょうどいいタイミングの音をOntennaに学習させておき、振動してくれれば、用途の可能性が広がる」などとした。
富士通では、今回のプログラミング教育環境の無償公開にあわせて、Ontennaを用いたプログラミング教育に興味のある学校、教育機関を対象に、Ontennaを10台、1か月間の無償貸し出しも行う制度も用意する。
また、ろう学校でのプログラミング教育の活用を進めるほか、普通学校向けにも、Ontennaを利用したプログラミング学習を広く普及させる考えであり、機械学習を用いて、チャイムの音や赤ちゃんの泣き声といった、特定の音に反応するOntennaのプログラミング機能の開発を目指し、聴覚障害者だけでなく、健常者の日常でのあらゆるシーンでも活用できるようにしたいという。
自ら克服していく力を得るためのプログラミング教育へ
なお、今回の取り組みは、文部科学省所管の国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)における戦略的創造研究推進事業(CREST)研究領域「イノベーション創発に資する人工知能基盤技術の創出と統合化」による研究課題「計算機によって多様性を実現する社会に向けた超AI基盤に基づく空間視聴触覚技術の社会実装」の支援を受けて実施する。研究代表は、落合陽一氏が務める。なお、CREST研究課題の活動体を「xDiversity(クロスダイバーシティ)」と名づけている。
xDiversityの研究代表者である筑波大学准教授の落合陽一氏は、「目が見にくい、耳が聞こえにくいといった能力多様性に関わる困難の解決に、AIを活用することに力を入れている。Ontennaを使って、機械学習により、能力の拡張や可能性の拡張に取り組んでいる。対話のためにOntennaのようなデバイスをどう使うかは、重要な着眼点である。これまでは障害者のための技術と、高齢化のための技術は違ったものとして扱われてきたが、この違いに対して、どうやって計算機技術を寄り添わせるかが重要なテーマとなる」などとし、「Ontennaも、パソコンもあるという環境で、ソフトウェアをどう活用していくか。子供たちがOntennaを使って、リモートで開発するといったように、ラストワンマイルの部分に生かしたい」とした。
また、xDiversityに参加している東京大学准教授の菅野裕介氏は、「xDiversityでは、アクセスビリティ支援や、技術を人々に開かれたものにするために、機械学習やAI技術をどう使っていくのかにフォーカスしている。子供たちに機械学習などを活用してもらうための環境づくりが課題となっている。子供たちがやりたいと思っていることは、AIに近いことを議論しているのと同じであり、データドリブンの機械学習ベースのAIの体験を簡単に体験してもらうためのプラットフォームを提供したい。今回の取り組みはその入口になる」と述べた。
同じくxDiversityに参加しているソニーコンピュータサイエンス研究所の遠藤謙氏は、「主に義足の研究をしており、身体の動きの解析や、それを実現すたるのロボット技術がどう世の中に広がっていくかにも取り組んでいる。研究室のなかに閉じた取り組みではない。義足のユーザーも歩いた音を拾うことができるなど、Ontennaの機能を活用できるだろう。義足やOntenna、教科学習を活用できるグランドデサインを進めたい」とした。
文部科学省初等中等教育局プログラミング教育戦略マネージャーの中川哲氏は、「文部科学省、総務省、経済産業省では、未来の学びコンソーシアムを設置し、2020年度から、小学校で始まったプログラミング教育が円滑に行われるように様々な取り組みを行っている。同コンソーシアムが行っている『未来の学び プログラミング教育推進(みらプロ)』において、富士通からの提案を受けて、ろう学校で児童自らがプログラミングをして、自分のOntennaを作るという取り組みを応援することになった。子供たちが勉強するのは、生きる力を育むためであり、今回のコンテンツは、子供たちが生きていくために、プログラミングを学び、聞こえないという障害を、デバイスなどを使って克服していくものになる」とした。
今回の富士通の取り組みは、ろう学校の教育現場におけるプログラミング学習を促進するツールになるとともに、健常者のプログラミング学習にも応用することが可能だ。そして、音を知って、活動に生かすという点でも、聴覚障害者だけでなく、健常者にとっても日常の生活に活用できそうだ。この取り組みをきっかけに用途提案の広がりにもつながりそうだ。