ブラザーが、2021年1月から発売する家庭用ミシン最上位フラッグシップモデル「LUMINAIRE (ルミナイアー)XP1」は、希望小売価格が200万円(税別)という超高級モデルだ。年間販売目標は20台。
「イメージのなかにあるミシンにはない機能を多数搭載した、エンターテメイント性に富んだ製品になっている。こんなこともできるのかと思ってもらえる、最新、最上のミシンだからこそのワクワク感と驚きを届ける」と、ブラザー販売の安井宏一取締役は語る。
LUMINAIRE XP1は、業界で初めてプロジェクターを搭載し、布地に刺しゅうや実用縫いの模様を布などに映す出すことで、縫製前の位置の確認や完成イメージをシミュレーションできたり、操作画面を布地に投影することで、付属のタッチペンを使った簡単な操作も可能になったりする。
また、カメラ機能を搭載しており、パソコンを使わずにミシン本体だけで手書きのイラストをスキャンし、オリジナルの刺しゅうデータを作成することもできる。業界最大サイズとなる40.8×27.2mmでの刺繍も可能だ。
そして、10.1型という大型の液晶タッチパネルを搭載。スワイプやスクロールなど、タブレットと同じような使い勝手で、細かい操作ができる点も新鮮だ。
これまでの最上位モデルの価格は約70万円。これを大幅に上回る価格設定は、まさに同社の意気込みが感じられる。
安井取締役は、「家庭用ミシン、プリンター、スキャナー、ラベルライターなど、在宅勤務や巣ごもり需要でブラザー商品が注目された1年である」と前置きし、「なかでも、家庭用ミシンの販売台数は市場全体で1.8倍になっている。コロナ禍では、マスク不足による手作りマスクへの需要が高まり、また巣ごもり需要によりマスク以外の手つくり関連商品の売り上げも大きく伸びた。想定以上の需要でお客様をお待たせすることもあり、この1年に渡って家庭用ミシンに関心を寄せてもらっていることを実感した」と語る。
時代が変わっても、変わらぬ「ミシンのブラザー」
ブラザーは、1908年にミシンの修理業で創業した企業だ。
安井取締役は、「若い人たちにはプリンターメーカーという印象が強いかもしれない」とするが、現在でも「ミシンのブラザー」は世界のトップブランドである。
同社の2019年度の売上高6,373億円のうち、プリンティング&ソリューション事業が61.3%を占める。このなかにはプリンターのほか、カラオケのジョイサウンドも含まれる。これに対して、家庭用ミシンを含むパーソナル&ホーム事業は6.4%、工業用ミシンは4.3%の構成比に留まる。
だが、「ミシンは、ブラザーの技術力を支える根幹である創業事業である」とし、「ミシンで培った技術を応用してタイプライターや、プリンティング事業に乗り出し、いまではあらゆる技術を持つ複合事業企業に成長している。ミシン開発で得た様々な技術が、現在に至るまで受け継がれている」と語る。
ミシンの修理業でスタートした同社は、1928年には、ブラザーの名を掲げた麦わら帽子製造用環縫ミシン「昭三式ミシン」を発売した。安井家の長男である正義氏と、四男の実一氏の兄弟は、力をあわせて、製造装置までつくりながら完成させたこの「昭三式ミシン」は、壊れにくいことが特徴で、ミシンの修理依頼が激減するほどだったという。
ブラザーの創業当時、家庭用ミシンは輸入でしか入手できなかったが、輸入産業を輸出産業にするという創業者兄弟の熱い思いで、麦藁帽子製造用ミシンに続き、家庭用ミシンの国産化に向けた開発をスタート。1932年には家庭用ミシンの国産化に成功。戦後復興のなか、海外への輸出を開始し、大きな成長を遂げた。
国産化の鍵となったのが「シャトルフック」だ。シャトルフックとは、ミシンの心臓部にあたる部品で、上糸と下糸を使って、縫い目を形成する部品である。精巧さと強靭さが同時に必要とされ、国産化は不可能と言われていたものだ。
だが、安井実一氏は、開発をスタートしてから半年で、輸入品以上の品質と耐久性を持つシャトルフックを完成させた。これが国産ミシン第1号の誕生につながった。稼働中の音が大きいといった点を除くと、現在のミシンと比べても機能は変わらないという完成度だったという。
当時、ブラザーの社内では「優れた品質、無言の奉仕」という言葉が使われていた。
「ひたすら技術の練磨を図り、品質のよい製品を提供することが、お客様に対する最大のサービスであり、企業も永続する」という意味であり、ブラザーの品質へのこだわりを示す姿勢の原点だ。現在では、この言葉をベースに、「ブラザーグループでは、あらゆる場面でお客様を第一に考え、モノ創りを通して優れた価値を創造し、迅速に提供することを使命とする」ことをグローバル憲章で謳っている。
現在、ブラザーでは家庭用ミシンとして、縫製のみの一般用ミシンと、縫製および刺繍に対応した刺繍ミシンを用意。それぞれに上級者向け、中級者向け、初心者向けをラインアップしている。
厳しい家庭用ミシン市場、コロナ禍で風向きに変化
だが、国内の家庭用ミシン市場は、10年間で市場規模は25%も減少していた。
ブラザー販売の安井取締役は、「高度経済成長期には、洋服は自分でつくるものであり、ミシンは必需品であったが、ファストファッションの登場で、衣服や小物が既製品化し、低価格で入手できるようになったことで、手作り需要が大きく減少。家庭用ミシンの立ち位置が生活必需品から、趣味嗜好品に変化した。その結果、別の趣味嗜好品と競合する環境が生まれた。さらに、少子化の影響で、国内におけるミシンのメイン需要である、子供のために手づくりするという用途が減っている」とする。
ここ数年、業界のリーディングカンパニーであるブラザーは厳しい市場環境下で、新たな需要を創出するための努力をしてきたが、状況は決してよくはなかった。
しかし、コロナ禍においては、マスク不足による手作りマスクへの需要が高まり、ミシンをはじめとする手芸用品市場は、2020年2月から急伸長。業界にとっては、想定外の事態が起こった。
ブラザーの家庭用ミシンの製品サイトへのアクセス数は2.5倍となり、手作りマスクの型紙、作り方レシピは、前年比1,000倍以上の閲覧数になったという。
「製品本体だけでなく、ミシンによる手作りの楽しさを伝えるために、近年、SNSでの情報発信やコンテンツサイトの整備を進めていた。手作りマスクの型紙や作り方レシピのサイトは、コロナ禍以前のアクセス数が少なかったこともあるが、1,000倍以上という驚くべきアクセス数になっている。多くの人に必要とされるコンテンツになっている」とする。
また、「初期段階はマスクの型紙に対する需要が多かったが、巣ごもり需要により、マスクだけでなく、手作り全体に対する関心が高まっている。型紙レシピサイト全体へのアクセス数は前年比1.8倍、ハンドメイドに関する情報発信をしているLINEアカウントの登録者数は前年比5.4倍、刺繍データを販売している『ハートステッチズ』へのサイト登録者数は1.7倍になった。マスクづくりのためにミシンを購入した人たちが、引き続きミシンを楽しんでもらえるような環境づくりをさらにバックアップしていく必要を感じている」とする。
ブームで終わらせず、新たな価値として定着を目指す
ミシンの需要期は大きく2つある。
ひとつめは、子供の入園、入学などにあわせて、子供のために手づくりをする際に、初めてミシンを購入するタイミングだ。いわば初心者層の需要期だ。
そして2つめが、初めてミシンを使った人が、数年~数10年後、子育てや仕事が落ち着き、自分の時間が生まれたタイミングで、改めて高機能のミシンを購入し、趣味とする人だ。こちらは、上級者の需要期ともいえる。
「新型コロナウイルスの影響によって、初めてミシンを購入する人がいたり、手持ちのミシンを久しぶりに使う人、ミシンが趣味だった人が、周りの家族や友人のためにマスクづくりをするなど、様々な世代の人がミシンを使うようになっている。需要が全体的に底上げされたともいえる。この底上げされた需要を、一時のブームで終わらせることなく、手作りの楽しさを伝え続けていくことが、ブラザーのこれからの課題である」とする。
今回の最上級ミシンの投入は、手作りの楽しさを伝え続けていくための提案のひとつだとする。
「これだけ多くの人にミシンや手作りに興味を持っていただいた今年だからこそ、従来の最上位機種をさらに上回るハイクラスモデルを投入することで、家庭用ミシンに対するイメージを大幅に刷新したい」とする。
そして、「ブラザーのミシンは、暮らしを豊かにし、時代の要請に応える道具として成長してきた。ミシンを使うときには、常に誰かのことを思いながら、縫い上げていく。それは子供や孫、親、あるいは愛する誰かである。コロナ禍では、人の心を豊かにするというミシンの使命がさらに強く求められ、ミシンの新たな時代が始まったとブラザーは認識している。こういう時代だからこそ、暮らしや心を豊かにする様々な製品やサービスを、今後も強化していく」と語る。
そうした思いを込めて送り出したのが、今回の新製品ということになる。
コロナ禍のピンチをチャンスに変えるとともに、「優れた品質、無言の奉仕」の集大成ともいえるミシンが誕生したといえそうだ。