富士通ゼネラルが、空調機の技術者育成に積極的に取り組んでいる。

その中心となるのが、2019年8月に、空調機部門のなかに設置した技術アカデミーだ。広い視野をもった技術者を育成するとともに、すべての技術者のレベルアップを図ることを目的に、体系化した教育手法を確立。若手、中堅、管理者までを対象にした独自のカリキュラムを用意している。そして2020年9月からは、新人を対象に、リバースエンジニアリングの手法によって、自ら考える力を養うといった新たな取り組みも開始した。同社がこの教育制度にかける本気ぶりは、この技術アカデミーを、空調機部門の本部レベルの組織として位置づけていることからも伝わってくる。

今回、設置から約1年が経過した富士通ゼネラルの技術アカデミーの取り組みを追った。

  • 富士通ゼネラルが若手技術者の育成に独自の取り組みを始めている

    富士通ゼネラルが若手技術者の育成に独自の取り組みを始めている

組織の拡大、感じた課題と抱いた危機感

富士通ゼネラルが取り組んでいる技術アカデミーは、新人の早期戦力化を目指した教育カリキュラムと、プロジェクトマネジメントや原価管理、コスト意識、商品企画などの講座のほか、外部資格や検定などを利用した専門知識の取得を行う中堅や若手クラスなどを対象にした教育カリキュラム、そして、人間力を高めるための「人間塾」を中心とした管理職向けカリキュラムで構成され、階層ごとに教育テーマを設けて、すべての技術者のレベルアップを図ることになる。

技術アカデミー長を務めるのが、富士通ゼネラルエグゼクティブフェローの川島秀司氏である。1980年に富士通ゼネラルに、エンジニアとして入社。今年63歳を迎える。

  • 富士通ゼネラル エグゼクティブフェローの川島秀司氏

川島フェローは数年前から、エンジニアの教育に対して、課題を感じていたという。

「かつてはOJTによる教育が中心であったが、結果として、現場に丸投げしていた部分が多く、教育の成果にもばらつきがあった。その一方で、若い人たちの特性も変わり、『エンジニアの背中を見て覚えろ』というやり方が通用しなくなってきた。学習するきっかけを与えたい、入社してからの教育をサポートしたい、体系的に教育を行いたいという思いが強くなってきた」と川島フェローは語る。

そして、川島フェローには、もうひとつの懸念材料があった。

それは分業化の進展だ。

川島フェローが入社した当時の空調機のエンジニアは20人ほどであり、まだまだ空調機事業の規模が小さかった頃である、1人のエンジニアが空調機開発のあらゆる部分に関わることが普通だった。

だが、現在の富士通ゼネラルで、空調機の開発などに関わるエンジニアは、約800人の規模に達している。

「組織が大きくなり、エンジニアの役割が細分化し、電子制御、構造設計、品質保証など、作業が分担されたことで、一人ひとりが関わる範囲が限られ、エンジニアの視野が狭くなるという問題が発生する」

川島フェローの危機感はここにあった。

「たとえば、電子制御のエンジニアは、冷凍サイクル設計や筐体設計には直接かかわりがないため、興味がない、ひいては、責任感がなくなるという事態に陥る。これが、あらゆるエンジニアの間で発生すると、自分以外のところには責任を持たないという流れが、さらに加速する。結果として、問題が発生する温床が生まれ、なにか問題が発生したときにも解決に時間がかかる。そして、長期的視点に立てば、全体を見渡せるリーダーが育たないということにもつながってしまう。いまこそ、広い視野を持ったエンジニアを育てたい」

実際、富士通ゼネラルでも、品質問題が発生したことで、発売ぎりぎりまで修正を加え、なんとか間に合わせたという経験が何度かあったという。

「振り返れば、20年ぐらい前からそうしたことが増えてきた。電子制御部門に配属される新入社員にも、電子制御の勉強だけでなく、機械の勉強や品質管理の勉強もさせている。だが、それだけでは追いつかなくなった。エアコンも複雑になり、AIを活用している製品も増えた。技術の幅が広がっているからこそ、むしろ、全体を見ることが、これまで以上に大切になる」

これは多くの大企業が抱える課題だと川島フェローは指摘する。

「私自身、あらゆる開発領域に関わってきたり、視野を広くもっていたからこそ、理解できたこと、気がついたことがある。広い視野を持つことはエンジニアにとって極めて重要な要素である。様々なことに挑戦できる中小企業のエンジニアの方が視野が広く、大手企業のエンジニアの方が狭い」と指摘しながら、「私自身、エンジニアのリーダーとして仕事をしてきたが、教育がおろそかになっていた反省がある。それが技術アカデミーの開設のきっかけになっている」と語る。

目指したのは「憧れのエンジニア」

川島フェローは、現役のエンジニア時代に、「技術部門の人はいろいろなことを知っているよね」と言われることがうれしかったという。

「これが、私が憧れていたエンジニア像でもある」とも語る。

多くのことに関心を持ち、多くのことを学び、それを新たな技術の開発やモノづくりに生かすのが、エンジニアの仕事だと言い切る。

「例えば新型コロナウイルス対策にアルコール消毒をしたり、石鹸で手洗いしたりといったことが効果的だと言われているが、エンジニアであれば、一般知識として、なぜアルコール消毒がいいのか、という仕組みから知っておくべきである。エンジニアは物知りであったほうがいい。視野を広げていたほうがいい。それが、いい設計につながる」

製造現場で使用されているアームロボットはハードウェアであるが、それを動かしているのはソフトウェアだ。ソフトウェアを開発するエンジニアが、アームの特性を知っているのか、知っていないのかで、いいものが作れるのか、作れないのかの差につながる。また、ハードウェアの設計者も、ソフトウェアの限界を知っていれば、どんなアームを作らなくてはいけないかがわかる。

「知っているのと知らないのでは、出来栄えが違う」というわけだ。

  • 富士通ゼネラルで実施されている実習の様子。エンジニアは「知っている」ことが差につながるという

2019年8月に技術アカデミーを開設する約2年前から、富士通ゼネラルでは、部長や課長などの幹部社員を対象にした「人間塾」をスタートしていた。

人間塾は、その名称からも推察できるように、いわゆる「人間力」を養う場である。

「私の経験からいえば、先輩からは仕事を教えてもらうだけでなく、仕事以外のことも学び、それが成長につながっていた。だが、いまでは、先輩から怒られながら教わるといった機会がない。先輩から後輩へ、上司から部下へという形で、仕事に関わらないような部分まで、伝えたり、教えたりできない。エンジニアが管理職やリーダーになっても、仕事には熱心だが、世の中の社会的な部分に関心が少なく、人間力としても十分育っていないということを感じていた」と、人間塾の開設前夜の様子を振り返る。

まずは、川島フェローの経験をもとにした資料を作成し、それをもとに討議をし、考え、レポートにまとめるところから始めた。最初に参加したのは、40代の40人の幹部社員。先輩から後輩に伝え、人間力を高めることが狙いであるため、レポートに対して意見はいうが、成績をつけることはない、という仕組みだ。

現在、人間塾は、技術アカデミーのひとつの取り組みとして、空調技術に関わる幹部社員40人(延べ3期120人)を5人のチームに分けて、月に8回の塾を継続的に実施している。

実は、この人間塾の成果が、技術アカデミーとして、幅広い階層のエンジニアを対象とした教育カリキュラムの確立につながっている。

技術アカデミーでは、新人、若手、中堅、リーダー、課長、部長といった階層ごとに、それぞれに求められるスキルを習得するために、様々な講座を用意している。

このなかでも新人向けの教育カリキュラムは、2年間に渡る内容としており、技術アカデミーの重要な柱のひとつだ。

ここでは、座学、製品組立、分解などの「導入講座」、サービス実習や試験実技、海外の生産拠点での製造実習といった「実習」のほか、エンジニア基礎講座、製図入門講座、品質講座、設計実習などが行われる。

新人向け教育カリキュラムのなかで、特筆されるのが、「設計実習」において実施されるリバースエンジニアリングである。

実際に、同社製エアコンの現行モデルを使用して、それを分解するという学習だ。

設計実習という講座のなかで行われるように、ここでは、分解することが目的ではない。ポイントは、設計の意図を探るということだ。受講者には、現行モデルの設計図が渡され、それを見ながら分解を進めていくことになる。

「エアコンの外側には、ポリスチレン(PS)を使用している。だが、単に分解をするだけでは、ここにはPSを使っているという現実しか理解ができない。なぜ、エアコンの外側にPSという樹脂を使っているのか。あるいは、電気部品であれば、なぜここにセラミックコンデンサーという部品を使うのか。そこを追求、理解することに意味がある。なぜ、その設計をしているのか。図面を調べて、図面を読み解き、設計の根拠を考えながら学んでいくのが、この講座の目的になる」と川島フェローは語る。

川島フェローが、大手製造業に在籍する同じような立場のエンジニア出身者と話すと、同様の課題があることがわかったという。

「設計の根拠や意図を知らないで設計しているエンジニアが多い。やり方を先に覚えてしまって、それで理解したつもりになっている。その結果、環境が変わったときに、応用がきかないエンジニアばかりになってしまう」

新型コロナウイルス感染症が世界中に広がったことで、サプライチェーンの分断が、製造業にとって大きな課題となった。部品が入手できなくなったり、調達先を変更したり、代替部品を採用することになった企業も少なくない。こうした変化に柔軟に対応するためにも、エンジニアはその設計の意図をしっかりと理解しておくことが必要だという。新人のエンジニアにも、最初からそうした意識を持って、設計に取り組んでもらうといわけだ。

動き出した技術アカデミーの成果

リバースエンジニアリングによる手法は、2020年9月から導入。およそ20人の新人が参加している。

「リバースエンジニアリングは、設計の根拠を考えながら勉強をしていくことになり、これから取り組む仕事に最も関係が近いところから勉強をすることにもなる。学んだことがすぐに活かせる、即戦型の学習方法。新人教育にリバースエンシジニアリングを用いているのは、富士通ゼネラルぐらいだろう」と胸を張る。

ここで川島フェローは、ひとつのエピソードを披露してくれた。

それは、「このリバースエンジニアリングの手法は、私が約40年前に、上司からやらされた勉強法でもあった」ということだ。

「当時のエンジニアは、なんでもかんでもやっていた……なんて言うと、年寄りは、昔の話ばかりをいうと若い人に嫌われるが」と笑いながら、「具体的な知識を短期間に身につけることができたという経験がある。この学習法はいける。いや、いまの若いエンジニアにこそ体験してほしい学習法だ」

川島フェローのそうした思いが、リバースエンジニアリングを、技術アカデミーのカリキュラムの目玉として組み込むことになった背景だ。

そして、リバースエンジニアリングの講師には、60歳を超えたベテランを起用。「専門知識を持っているというだけではない。私と同じ思いをもったエンジニアが講師として参加している」という。

リバースエンジニアリングの実施に向けて、テクニカルコーチがテキストを整備したが、その活動を通じて、知識が整理され、それぞれの技術の見える化ができた。このように、シニアエンジニアをテクニカルコーチとすることで、活躍の場を拡げるなど、新人の育成に向けて、多くの社員を巻き込んだプロジェクトへと発展させようとしている。

新人向けカリキュラムでは、リバースエンジニアリングによる学習を開始する前に、落下試験機を使用した実習も行っていた。

これは実際の業務の一環として、新人が参加し、実習を行う形であったが、技術アカデミーとして求めたのは、落下試験機の使い方ではなく、なぜ、この試験を行っているのかという根拠を理解することだった。

落下試験では、いくつかの高さから実際の製品を落とし、しかも、角度をつけて落下させている。

それには意味がある。運搬途中にトラックから落下したり、海外では倉庫で投げ込まれたりといったことも想定している。しかも、その多くが斜めから落ちることが多いという。驚くような話だが、国によっては、エアコンの室外機や室内機をラクダに載せて運搬するため、ラクダの背中から落下した場合を想定した試験も行っているという。

こうした体験をし、顧客を理解するからこそ、輸送や設置の現場における不具合や不良を減らす設計につながるというわけだ。

  • 落下試験の実習で求められるのは、落下試験の手法を学ぶことではなく、「なぜ、この試験を行っているのか」ということへの理解だ

新人向けカリキュラムは、2年間に渡るが、これを卒業するために、最後の4カ月間は、自ら設計を行うことになる。

「最初の設計は失敗するかもしれない。だが、それでもいい。今は、設計工数がひっ迫していて、失敗から学ぶ機会を与えたくても、与えられない。むしろ、失敗から学ぶ経験を積んで欲しい」

川島フェローは、どんな設計が完成するのかを、いまから楽しみにしているようだ。

一方、若手クラスは、通信教育の活用や、外部資格や検定を利用して、専門知識の習得を中心に行うことになる。プラスチックや金属材料に関する基礎知識などのほか、冷凍空調技術士や情報処理技術者試験の取得など、空調製品に関連する学びを進める。

「資格を取得することで、成果が見える化でき、エンジニアにとっても、キャリア形成につながり、自信にもつながる。まずは、機械系、エレクトロニクス系など、自分が挑戦できるところからやってもらう」とする。

また、中堅クラス、リーダークラス、課長クラスには、実務を想定したり、経営課題を捉えたりといったように、それぞれの立場に適した問題解決講座のほか、品質手法、原価管理、商品企画といったモノづくりに直結するテーマでの講座、ロジカルシンキングについて学ぶコンセプチュアルスキル講座、コミュニケーションやリーダーシップなどを学ぶヒューマンスキル講座など、人材育成型のカリキュラムも用意している。

このように、「技術アカデミー」という名称ではあるが、技術に限定した内容ではない。それは、先に触れた「人間塾」も、この「技術アカデミー」のなかに取り込んだことからも明白だ。

「たとえば、リーダークラスの社員には、自分が成長するだけでなく、部下を導いたり、育てたりといったことにも気がつき、そこにも努力をしてほしい」とする。実際、人間塾などの活動を通じて、「部下の成長に興味を持ってくれたリーダーが増えてきた」とする。

そして、「アカデミー」という名称にもこだわったことを明かす。

「自らが知識や技術を学ぶということであれば研修所という名称でもよかった。だが、エンジニア一人ひとりが常に学び続けること、その気持ちを理解してもらうことが大切である。自分自身で勉強をすることが大切であり、常に上を目指していくことが大切である。富士通ゼネラルのエンジニアたちが、そうした気持ちを持つ、学ぶ文化を醸成する場を目指したい」と説明する。

エンジニアの成長が、全社の変革に

富士通ゼネラルは、2018年に、同社の企業理念である「FUJITSU GENERAL Way」を再設定した。このなかでは、事業領域の拡大、深耕や新規ビジネスの創出を進めていくため、社内外の人材、技術、知恵を積極的に取り組み、これまで以上の成長を目指すことを示す一方、「Our Philosophy」として掲げた3つのうち、「自発的に取り組む」という方針を打ち出し、「自己成長のための努力を惜しまず、たゆまぬ創意工夫と先見力で、自ら新しいことに挑戦する」ことを盛り込んでいる。

「自発的という言葉は、エンジニアだけに対したものではないが、エンジニア自らが、言われたことだけをやるのではなくて、自ら危機意識や、問題意識を持って、自分で行動をしていくことができる、自発的なエンジニアになってほしいと思っている」

つまり、技術アカデミーは、同社の新たな企業理念を具現化する取り組みのひとつだといえるのだ。

川島フェローに、富士通ゼネラルのエンジニアに対する現在の評価点を聞いてみた。

「自発的という点では50点ぐらい。視野の広さでいえば40点ぐらい」と、採点は手厳しい。

自らもエンジニアだけに、あえて厳しい点数をつけてみせたのだろう。

「自発的であり、広い視野を持つことは、エンジニアにとってもプラスであり、会社にとってもプラスになる。広い視野を持って、事業や商品を語れるエンジニアを増やしたい」

  • 広い視野を備えたエンジニアを増やしたいと話す川島フェロー

「2年後には、いずれも80点といえるところにまで引き上げたい」というのが、技術アカデミーを通じた川島フェローの目標だ。

「若い人たちは、いい素質を持っている。ただ、あまり成長するきっかけに出会えなかったかもしれない。そこを反省している。きっかけさえあれば、どんどん自発的になっていき、視野も広がっていく。技術アカデミーの役割はそこにある」

技術アカデミーは、現時点では空調機部門に限定した取り組みだが、2021年度以降は、全社展開も検討されることになりそうだ。

実際、人間塾はすでに全社規模での展開を開始している。

技術アカデミーを通じて成長した富士通ゼネラルのエンジニアたちが、どんな次の商品を生み出すのかが、いまから楽しみだ。