シャープが、健康や医療、介護といったHealth(ヘルス)事業への取り組みを本格化させる。目標とする具体的な事業規模については明らかにはしなかったが、2021年度以降の新たな中期経営計画のなかで事業の拡大を図る考えが示された。当面は国内市場を対象にする。
手術カンファレンスや手術映像記録、内視鏡モニターなどを対象にした「スマート医療ソリューション」、スマートフォンやタブレット端末のビデオ通話機能などを活用した「オンライン診療ソリューション」、自動搬送やデジタルピッキング、スマートグラス応用、コールベルシステム、暑熱対策などの「医療/介護従事者サポートソリューション」の3つの観点から取り組むという。
医療分野のDX化に、シャープならではの貢献を見出す
シャープ 専務執行役員 ICTグループ長の津末陽一氏は、「8Kや5G、AI、IoT、ロボットといったシャープが持つコアテクノロジーに加えて、IGZOなどの高画質技術、非接触バイタルセンシング技術、プラズマクラスター技術、X線センサー技術、適温材料技術などを活用した各種デバイスを利用することで、医療現場に新たな商品を提供したい。人々が、より健康に、より豊かに暮らせる社会の実現を目指す」と述べるなど、この取り組みに、同社の技術を総動員して挑む姿勢を示した。
同社では、これまでも医療事業者に対して、医療用超音波洗浄機を約1,800台の規模で販売した実績がある。また、プラズマクラスター機器やPCを、様々な医療事業者、介護事業者に販売している実績もある。医療市場や介護市場に向けては、空気清浄機や、国内生産している不織布マスク、ロボホンによるヘルスケアアプリ、見守りサービスなども提供している。こうした実績をもとに販売網などを活用し、事業拡大の足掛かりにつなげる考えだ。
シャープには、スマートライフ、8Kエコシステム、ICTの3つの事業グループがあるが、Health事業は、ICTグループに置くことになる。ICTグループには、通信事業やPC事業、子会社であるAIoTクラウドがあり、「それぞれの商材を組み合わせたソリューションとして提供するには最適なグループである。様々なグループの商品を横串で活用する事業体とし、将来、事業が拡大すれば、新たなグループとして独立した事業になる可能性もある」と説明する。
また、シャープ 常務執行役員 研究開発事業本部長の種谷元隆氏は、「10年前には、センサーなどのハードウェア中心の医療システムであったが、ここにきて、DX化の波が医療分野にも訪れており、AIなどの活用が促進されていることで、様々な技術によって、シャープが医療現場に貢献できる領域が生まれてきたことが背景にある。シャープの技術を結集して、健康、医療、介護の領域で喜んでもらえるものをソリューションとして提供しきたい」と述べる。
保有するICT技術をフル活用したソリューション群
今回の計画を明かした会見では、先に述べた3つ観点から取り組むソリューションにおける、具体的な取り組みについても説明があった。
「スマート医療ソリューション」では、8Kモニターや8Kカメラ、8K PCなどによる8K映像活用ソリューションを活用。「8K内視鏡モニターは、すでに、あるメーカー向けにシャープの技術が採用されている実績がある。ナースセンターでの手術室監視利用や遠隔医療、医学生への映像提供を行う医療教育、病理スライドによる診断にも活用できる。限られたスペースである手術室には多くの学生が入室できないが、遠隔地から手術室の様子を学生が学ぶことができたり、顕微鏡による病理検査では、デジタル化によって、病理医が遠隔地から病理スライドを使用した診断が行えるようになる」(シャープの津末専務執行役員)とした。
「オンライン診療ソリューション」では、遠隔応対ソリューションを提案。スマートフォンやタブレット端末を活用したビデオ通話機能で、診察室と病室を結び、リアルタイムで会話。顔色や体調を確認できるようにする。また、利用者が自ら操作できない場合は、ビデオ通話自動開始やプライバシーに配慮し、カメラをOFFにするといった使い方も可能だという。
「新型コロナウイルスの感染拡大によって、病院内でも、診察室と病室を結んだ診療が可能になる。医師と患者それぞれがタブレットを持ち、Wi-Fiや5Gで接続。非接触で会話ができる。診療の履歴は、AIoTクラウドのなかに格納することができる。また、5G回線網を利用して、患者の自宅や地方の病院を結んだ診療も可能となる。この際に、患者の顔色が悪いのに、医師のタブレットやPCには顔色がよく映っていてはいけない。シャープが持つ正しい色を再現するカラーマネジメントシステムにより、クラウド上においたデータを使って色をリアルタイムに補正。患者の顔色を正しく診断できるようにする」という。
「医療/介護従事者サポートソリューション」では、DXサポートとして、病院内搬送業務をマルチファンクション搬送ロボットが代替する「院内ロジスティックソリューション」、薬剤の取り間違いなどのミスを低減する「調剤薬局向けDPS(デジタルピッキングソリューション)」などを提案。感染防止対策として、待合室の感染防止にも活用できる「コールベルシステム」、医療スタッフや患者、医療機器の位置情報を見える化する「病院向けビーコンソリューション」などを提供するという。
「マルチファンクション搬送ロボットでは、搬送プラットフォームを共通化。配膳、リネン、手術器具、薬剤など、ファンクションごとに台車を付け替えることで、様々な業務に対応できる。また、調剤薬局向けデジタルピッキングソリューションでは、棚札のLEDが点滅して、ピッキングすべき薬の場所を明示。ハンディターミナルとの連動により、ピッキング数量や状況を表示する。バーコードを読み取ることで、取り間違いを防止することができ、薬剤師以外の人による薬剤ピッキング業務も可能になる」とした。
また、コールベルシステムは、「フードコートなどで利用している仕組みを応用したもので、待合室での感染防止のため、病院や薬局で使用する事例が増加しているのに対応したものだ」とし、「病院の待合室ではなく、駐車場の車の中で待機している場合にも呼び出すことができる」という。中継器により最大740mまでの通信が可能であることや、音が鳴るため視聴覚障害者にも判りやすいこと、本体ごとアルコール消毒が可能なこと、さらに病院で使用する際に、ほかの機器と干渉しない周波数帯を使用しているというメリットもあるとしている。
病院向けビーコンソリューションでは、シャープの研究開発本部が開発した電池レスビーコンを使用。人とモノの位置情報を検知して、時間軸で移動を管理できるという。「医療機器や患者、車いすなどにビーコンを取り付け、どこに、誰が、いついたかがわかる。仮に、新型コロナウイルスに感染していることが後からわかった場合にも、病院のなかでの患者の移動履歴がわかる」とした。
戴会長の強い意志で進む健康・医療・介護への参入
シャープの津末専務執行役員は、「シャープはコロナ禍において、新たな領域であるマスクの国内生産に、いち早く挑戦し、短期間で量産を開始することで、市場から評価を得た。今後も、8K、5G、AIoT、ロボティクスなどの独自技術を活用し、8重点事業分野のひとつであるHealth事業(健康・医療・介護)を立ち上げ、高齢化などの社会課題の解決に貢献する。シャープが得意とする一般のお客様向けの健康機器やサービスなどの提供だけでなく、医療の高度化や医療、介護従事者の安全、効率化をサポートする機器やサービス、ソリューションを手がけていく」と、改めて本格参入への積極的な姿勢を述べる。
振り返れば、シャープの戴正呉会長兼CEOは、かねてから健康、医療、介護分野への参入に強い意思を示していた。今年の6月29日に行われた株主総会でも「社会貢献としてスタートしたマスクをはじめとして、健康関係の新規事業への取り組みをずっと考えている」と発言。さらに直近、9月1日に発表したCEOステートメントにおいても、「これまで当社が得意としてきた事業分野である『Smart Home』『Entertainment』『Smart Office』はもとより、『Health』『Education』『Security』『Industry』『Automotive』への取り組みを、より一層強化し、各分野において、新たなサービスやソリューションの構築を進める」としており、Health事業を8つの柱の人とひとつに掲げる姿勢を強調。「特に足元のコロナ禍や、日本をはじめとした先進国が直面する高齢化などの社会課題の解決に寄与すべく、健康や医療、介護の分野における取り組みを、より重点的に展開していく考えである」と述べていた。
医療分野への取り組みとしては、今年春に、マスクの生産、販売をゼロから短期間に立ち上げた実績が、話題としても大きく取り上げられたシャープ。自らが持つ技術を活用して、健康、医療、介護市場において、今後、どんな存在感を発揮するのかが注目される。