シャープが開発した適温蓄冷材「TEKION」を、青果の物流に利用するという新たな取り組みが発表された。

パルシステム生活協同組合連合会は、配送時における産地直送青果の品質を保持するため、適温蓄冷材を用いた青果専用の新配送システムを構築。2020年3月から試験運用を開始。7月20日から本格運用を開始している。青果専用の蓄冷材を、青果配送に利用するのは今回が初めてだという。

  • シャープの適温蓄冷材「TEKION」が、青果の物流に採用された

    シャープの適温蓄冷材「TEKION」が、青果の物流に採用された

パルシステム生活協同組合連合会 物流部長の茂木洋介氏は、「配達箱内を一定した適温で管理することで、冷え過ぎによる低温障害を防止するとともに、温度変化を防ぎ、鮮度を維持できる。青果品質の向上だけでなく、環境負荷低減とコスト抑制、働き方改革の実現および人手不足解消にもつながる」と期待を寄せる。

  • パルシステム生活協同組合連合会 物流部長の茂木洋介氏

応用が拡がり発展するシャープの「TEKION」

シャープの適温蓄冷材は、2017年3月に発足した社内ベンチャー「TEKION LAB (テキオンラボ)」が開発したものだ。液晶材料の研究で培った技術をベースにした蓄熱技術を活用。-24℃~+28℃の温度領域において、1~3℃刻みで、特定の温度を維持できるようにすることで、それぞれの用途に応じて、保冷などができるのが特徴だ。

  • 実際の適温蓄冷材

これまでにも、保冷バックを製品化しているほか、「日本酒を適温で呑める」ようにする製品を日本酒の蔵元との協業により、クラウドファンディングで発売。ほかにもランニング・ウォーキング時の深部体温の上昇を抑制するために、適温で手を冷やす暑熱対策グローブや、プロスポーツなどで利用さる身体冷却用のシャーベット状飲料の冷却維持をするためのアイスBOXなどで利用されている。

  • こちらはワインボトルを適温に保つ保冷ケース「WINE SUIT」

  • 手のひらを冷やして体温上昇を抑えるグローブ「CORE COOLER」

さらに8月上旬からは、デサントジャパンが、シャープの適温蓄冷材を利用した「適温クーリングフェイスガード」を2,000個限定で発売する。口や鼻を覆い、12℃で頬を冷やすことで、クーリングできるという。

  • デサントジャパンの「適温クーリングフェイスガード」

シャープ 研究開発事業本部 材料・エネルギー技術研究所 課長の内海夕香氏は、そもそもの適温蓄冷材のはじまりについて、「"液晶"は、真冬のスキー場でも固体化せず、真夏の海岸でも液体化しないようにする技術であり、固体と液体の中間の状態としている。この液晶のノウハウを活かして、さまざまな温度で融け始める氷を作ったのが、適温蓄冷材である。まずは、5℃で凍り、10℃まで融けない氷を開発し、2014年7月に発売したインドネシア向け冷蔵庫で、停電時に冷蔵庫や冷凍庫の食材を守る用途で利用したところから実用化している」と語る。

  • 液晶の技術を活かして、さまざまな温度で融け始める氷を作った

  • 適温蓄冷材を採用した冷蔵庫をインドネシア向けに商品化。例えば電気供給が不安定なことで時々停電が起こるというようなシチュエーションでも、停電中に庫内の温度変化を一定に保つことで、食材を守ることができる

また、適度な温度の美食体験で楽しさを提供する「Cheer」、適切な温度で快適さを実現する「Comfort」、最適温度管理の物流によって信頼を高める「Confidence」の3点から、適温の価値を提供できるとし、このうち、「今回の取り組みは、Confidenceによる取り組みになる」と位置づけた。

  • シャープ 研究開発事業本部 材料・エネルギー技術研究所 課長の内海夕香氏

従来の蓄冷材による青果配送の課題を解決

今回のパルシステムでの導入では、12℃の温度を維持する適温蓄冷材を開発。青果配送時の温度を調整し、品質が維持できるようにした。

パルシステムは、関東、甲信越を中心に、1都11県を対象に、162万6,000人の組合員数を誇り、会員生協総事業高(売上高)は2,210億円となっている。今はまさに新型コロナウイルスの感染拡大とともに宅配需要が増加しており、2020年3月以降は、前年比130%以上の受注実績で推移している。直近では、物流センターのキャパシティの問題や一部製品の品切れなどの影響があるものの、前年比120%弱の受注実績になっているという。

商品は4つの温度帯別に7カ所の物流センターに納品。そこからエリア内の62カ所の配送センターを通じて、組合員の自宅に届ける仕組みだ。

約3,000種類の取り扱い商品のうち、冷蔵品が250種類、青果などの農産品が250種類を占めている。冷蔵品は、神奈川県の相模センターと、埼玉県の岩槻センターで取り扱っており、適温蓄冷材は、まずは相模センターで運用。今年秋から岩槻センターでも導入する計画だ。2020年度中に100万枚の適温蓄冷材を導入し、2021年度に20万枚を追加。宅配需要の動向を見ながら追加をしていくことになるという。

  • 適温蓄冷材を導入するパルシステム 相模センター (パルシステム提供)

パルシステムの保冷配送は、乳製品や総菜、精肉などの冷蔵品では年間を通じて、青果は4月~11月の間に行っており、その際には、冷蔵品および青果ともに、これまでは0℃の蓄冷材を使用していた。だが、青果の場合には、蓄冷材が直接触れてしまうと低温障害が発生し、凍結や変色などによって傷んでしまうという課題があり、蓄冷材と青果の間に緩衝材(マット)を入れることで品質劣化防止の対策を行っていた。

今回は、配送センターからの会員の自宅への配送に、温度を調整できるシャープの適温蓄冷材を使用することで、こうした課題を解決。さらに、梱包資材などを取り扱うタニックスが提供する保冷容器のシッパー(発泡スチロール)を、底が厚い断熱性が高いものにリニューアルした。「生産者が丹精込めて育てた、安心、安全な産地直送青果を、フレッシュな状態で組合員に届けることができるようになった」(パルシステム 茂木部長)という。

  • 「適温蓄冷材」の上に青果を投入できるようになった (パルシステム提供)

これが効率化にも貢献しており、「とくに、大葉などの青果は、これまで別に配送するなどの工夫をしていたが、今後は、これも一緒に配送できる。夏場のチョコレートの配送などにも活用することを検討したい」とも述べる。

注文商品を個別に仕分けする岩槻および相模のセットセンターでは、シッパーに適温蓄冷材を入れ、その上に野菜や果物などの青果を投入。セットしたものは保冷車で配送センターに運び込む。そののち、各家庭に一般の配送トラックで届けられる。

コスト抑制と人手不足の解消にも効果が波及

パルシステムの茂木部長は今回の取り組みによるコストや環境配慮のメリットにも言及し、「冷え過ぎによる低温障害を防止し、温度変化を防ぎ、鮮度を維持できること、凍結時間が18時間から12時間に短縮することで、4割の電力削減ができる。これは、一般家庭に換算すると、約950世帯分の電力削減が可能になり、CO2排出量換算では約2,000トンの削減ができる」と説明する。

さらに働き方改革のメリットも大きいとし、「保冷性能が向上したことで、仕分け作業を前日朝から行えるようになった。いまは夜の時間帯からセットをしているが、夕方から夜の時間帯に働くよりも、子供を学校に送り出したあとの午前中に働きたいという人が多い。蓄冷材を820gから1,200gに増やせば、前日朝からセットできるが、それでは、センター内の凍結庫の能力を超えてしまう。適温蓄冷材を使用することで、前日朝からセットが可能になり、人手不足の解消、セット時間の余力の確保といったメリットがある。今回、適温蓄冷材を採用した最大のメリットはここにある」とした。

一方、タニックス 常務取締役 営業本部長の大井淳氏は、「当社は、約3,000社の取引先があり、パルシステムには、約15年前から、商品配送の際に使用する発泡スチロールケース、野菜自動包装機、自動送入機用ポリエチレンを納入している。また、シャープとは、コンビニ向けのシャーピットを開発、販売で協業した経緯がある。今回の適温蓄冷材の採用は、テレビ番組で適温蓄冷材が紹介されたことがきっかけで、シャープに提案したのが始まり」とし、今後も発展させ、「適切な温度で冷やすことができる特徴を生かして、異なる温度帯の食品を2室、3室の車両で1度に配送できるソリューションや、温度管理を必要とする医薬品分野への提案を行いたい」と述べた。

  • タニックス 常務取締役 営業本部長の大井淳氏

シャープが開発した適温蓄冷材は、これまでは小規模の商談が中心だったが、今回の導入は、120万枚という大規模なものになる。2017年3月からスタートした社内ベンチャー「TEKION LAB」が、いよいよ事業拡大フェーズに入ったともいえそうだ。