セイコーエプソンは、2024年度上期連結業績を発表。そのなかで、2024年9月に発表した米Fieryの完全子会社化の狙いなどについて説明した。
セイコーエプソンの小川恭範社長は、「エプソンは、成長戦略を加速するために、プリンターやプリントヘッドといったハードウェアを中心としたインクジェット技術を磨いてきた。だが、印刷データのインプットからアウトプットまでのプロセス全体のデジタル化を実現するシステムソリューションが、エプソンには不足していた。Fieryは、商業・産業分野のデジタル印刷に欠かせないソフトウェアソリューションを提供している。エプソンのインクジェット技術と、Fieryのデジタルワークフロー技術を組み合わせることで、商業・産業印刷領域全体のデジタル化を加速し、ビジネスチャンスが生まれる」と、買収の狙いを語った。
2024年9月19日に契約を締結し、2024年中に完全子会社する予定だ。買収金額は約845億円。エプソンにとっては過去最大の買収となる。
Fiery のCEOであるToby Weiss氏が、そのまま続投するほか、Fieryはエプソンによる買収後も独立した体制を維持し、既存顧客に対する事業も継続する。
エプソンは、長期ビジョン「Epson 25 Renewed」において、成長領域や環境関連、デジタル基盤整備などに対して、M&Aを含めた積極投資を行う姿勢を打ち出しており、今回の買収は、成長領域のひとつである商業・産業プリンティングイノベーション分野への投資と位置づけている。
デジタル化へ、買収でハードウェアとソフトウェアが揃う
Fieryは、1991年にElectronics for Imaging (EFI)のFiery事業として創業。2021年に会社を分割して独立。本社は米シリコンバレーにある。
デジタルフロントエンド(DFE)や、印刷ワークフロー制御および管理などのデジタル印刷ソフトウェアソリューションを開発、販売している。従業員数は788人で、米国およびインドに大規模な開発拠点を持つ。
これまでは、カタログやパンフレット、ハガキ、伝票などのカットシート印刷分野を中心に事業を進めてきた企業であり、この分野のマーケットリーダーとして、今後も安定的な収益が見込めるのに加えて、依然としてアナログ印刷が主流となっている産業印刷分野に対して、デジタル化の進展にあわせて大きな成長が見込めると期待している。
Fieryでは、商業印刷や工業印刷、パッケージング、サイン・ディスプレイグラフィック、セラミック、建材、テキスタイルなどの分野にソリューションを提供しており、これらの市場での貢献が見込まれる。
セイコーエプソンの小川社長は、「印刷イメージを作成するRIP(Raster Image Processing)のほか、受注から印刷に関わる処理、印刷機やプリンターへの出力、納品までワークフロー制御を、トータルで提供できるようになる。産業印刷領域におけるアナログ印刷プロセスのデジタル化の加速によって、デジタルプリンティング市場を拡大するとともに、新たな価値の提供による市場機会の創出と、顧客接点の獲得によるドメインの拡大、競争力強化による成長を実現できる」と述べた。
これまでのエプソンのプリンター事業は、マイクロピエゾ方式による独創のインクジェット技術をコアに、プリントヘッドやインクのほか、独自の制御システムや画像処理、精密加工、生産技術を組み合わせて、インクジッェトプラットフォームを構築。ホームやオフィス、商業・産業領域まで、プリンター本体のラインアップを拡充するとともに、プリントヘッドの外販を行い、パートナー拡大にも取り組んできた。
一方で、ソフトウェアソリューションは、自社プリンターへの対応を中心に揃えつつあるが、ソフトウェアプラットフォームを構築するところまでは至っていなかった。
Fieryの買収により、カラーコントロールテクノロジーやワークフロー領域を補完。プリンター完成品やプリントヘッドと組み合わせることで、顧客への提案力を強化できるという。
「ハードウェアとソフトウェアの2つのプラットフォームを構築でき、パートナーとともに、新たな価値を創出できる環境が整う」と述べた。
具体的な統合の効果、実現する3つのポイント
セイコーエプソンの小川社長は、具体的な統合の効果を3つの観点から説明した。
ひとつめは、エプソンのプリントヘッドと、高画質および高生産DFEの組み合わせによる効果だ。産業印刷市場向けに最適化した高い色再現性と、使いやすいソリューションを実現することで、パートナーに対して、プリントヘッドとソフトウェアをセットにした提案が可能になる。他のプリンターメーカーや印刷会社などが、デジタル印刷を導入しやすい環境を実現できるとしている。
2つめは、Fieryが持つ優れたワークフローに、エプソンの商業・産業プリンターを適合させることで、生産性向上をはじめとした高度な顧客価値を実現できる点だ。
デジタル化を検討する顧客に対して、Fieryのワークフローを組み合わせたソリューション提案が可能になるほか、すでにFieryを導入済みの印刷業などの顧客に対しても、エプソンプリンターの導入ハードルを下がることができ、クロスセルの機会を拡大して、多くの顧客に対して価値が届けられるとした。エプソンプリンターの顧客に対しても、Fieryのソリューション提案を推進していくことになる。
3つめが、Fieryがソフトウェア開発で蓄積した知見や、優れた人材ポートフォリオを活用し、プリンティングの新たな価値を創出できるという点だ。Fieryのソフトウェアサービスやプラットフォームを活用した新たな価値の提案のほか、Fieryが持つ最先端のソフトウェア開発能力や、ソフトウェア製品の開発体制の知見や能力を活用することで、エプソン全体の開発基盤を強化できるという。
「Fieryの事業の大半がカットシートのビジネスであり、この領域は電子写真方式となる。今後は、産業印刷領域では、インクジェットのよるデジタル化を推進していく予定であり、ここにFieryのデジタル技術を活用する。リターンの10%程度をシナジー効果によって生み出したい」と述べた。
現在、セイコーエプソン社内にPMI専任チームを設置し、統合計画を推進。小川社長自らも、Fieryの米国本社を訪れ、現地の経営層や従業員とエンゲージメントするためのタウンホールミーティングを実施したという。
エプソン最大の買収の成果が生まれるのは2025年度以降になるが、デジタル化の流れが進む商業・産業印刷分野において、エプソンの付加価値が高まるのは事実だ。プリントヘッドの大幅な増産を進めるエプソンにとって、商業・産業印刷分野でのシェア拡大は重要な戦略となる。そのためにも、今回のFieryの完全子会社化は大きな意味を持つことになる。
一方で2024年度の業績は下方修正、為替の急変動が影響
一方、セイコーエプソンが発表した2024年度上期(2024年4月~9月)の連結業績は、売上収益が前年同期比5.6%増の6741億円、事業利益が108.9%増の510億円、営業利益が25.1%増の349億円、当期利益が15.3%減の232億円となった。
また、第2四半期(2024年7月~9月)の連結業績は、売上収益が前年同期比4.3%増の3375億円、事業利益が211.9%増の275億円、営業利益が51.7%増の124億円、当期利益が43.5%減の41億円となった。
セイコーエプソンの小川社長は、「第2四半期は、プリンティングソリューションズの販売が伸長して増収となった。また、前年同期には在庫変動に伴う利益へのマイナス影響があったが、今期はそれがなくなり、大幅な増益となった。社内計画に対しては、売上収益は計画並みであったが、事業利益は各事業での費用抑制が進んだことで計画を大幅に上回っている」という。
プロジェクターの販売が低調だったが、オフィス・ホームプリンティングのインク販売が好調に推移。大容量インクタンクモデルの本体の販売価格が、北米を除く多くの地域で想定よりも高値で推移したこともプラスになった。
第2四半期業績のセグメント別業績では、プリンティングソリューションズの売上収益が前年同期比8.3%増の2406億円、セグメント利益が125.5%増の339億円。そのうち、オフィス・ホームプリンティングは、売上収益が前年同期比6.9%増の1677億円、事業利益が146.9%増の154億円となった。さらに、その内訳として、SOHO・ホームIJP(インクジェットプリンタ)の売上収益が同7.3%増の1310億円、オフィス共有IJPが同17.8%増の201億円となった。オフィス共有IJPインクと大容量インクボトルは、本体の市場稼働台数の増加や、一部チャネルへのまとまった納入もあり、前年同期比7%増になっているという。
商業・産業プリンティングの売上収益は前年同期比11.7%増の729億円、事業利益は同110.2%増184億円となった。プリンター本体は、金利上昇によって、顧客の投資抑制の影響を受けたものの、インクの販売は堅調に推移。小型プリンターなどは、小売業界や飲食業界などでの投資意欲が改善したことがプラス効果となった。さらに、プリントヘッドの外販では、輸出を手掛けている中国メーカーへの販売が好調だったことが貢献した。
ビジュアルコミュニケーションの売上収益は前年同期比8.6%減の523億円、セグメント利益が3.7%増の81億円。北米をはじめとした教育需要の停滞や、中国の景気停滞の影響などにより、プロジェクターの販売数量が減少した。
マニュファクチャリング関連・ウエアラブルの売上収益は前年同期比1.4%減の446億円、セグメント利益は12億円悪化し、マイナス2億円の赤字となった。なお、PC事業は前年同期比10.5%増の56億円となっている。マニュファクチャリングソリューションズは、民生機器などの搬送および組み立てに用いるスカラロボットが、中国での景気停滞や、欧米での金利高による投資抑制の影響を受けた一方で、ウエアラブル機器は、インバウンド需要などにより増収。マイクロデバイスは、水晶デバイスで、スマホやPCなどの民生向けの需要回復が見られたものの、半導体で産業向けを中心に需要が低調だったという。
なお、2024年度通期業績見通しは、売上収益が前回公表値から300億円減少の前年比2.0%増の1兆3400億円と下方修正、事業利益は据え置き、同31.3%増の850億円。営業利益は90億円減少の同18.2%増の680億円、当期利益が70億円減少の同10.7%減の470億円とした。
「プロジェクターの需要悪化のほか、厳しい経済環境を継続するという前提に立ち、SOHO・ホームIJPインクジェットプリンタ本体の販売価格対応などのリスクを織り込んだ」という。
オフィス・ホームIJP本体は、通期販売台数計画は、前年比3%増の1600万台とし、目標値は据え置いた。そのうち、SOHO・ホーム向け大容量インクタンクモデルは1265万台(前年度実績は1200万台)、SOHO・ホーム向けインクカートリッジモデルは300万台(同325万台)、オフィス共有IJPは35万台(同30万台)を計画している。日本では、インクカートリッジモデルの販売比率が高いが、同社のIJP事業をグローバルで捉えると、すでに79%を大容量インクタンクモデルが占めている。
なお、今回の通期業績見通しのなかには、Fieryの買収影響は含んでいないが、現時点での想定では、2024年度から売上収益、事業利益にプラスで寄与すると見ている。
2024年4月に発表した収益性改善の取り組みの進捗状況についても触れ、「当面は厳しい外部環境が続くことを前提にグローバルでのコスト削減活動を継続している。とくに、海外販売会社を中心に人員削減を進め、より効率的な運営体制を整えている。マニュファクチャリングソリューションズ事業は、将来的な成長が期待される分野だが、現在は厳しい状況にある。オペレーション改革に着手し、開発、生産、販売体制を見直し、効率化および費用削減を図っている。今後は、ターゲットを絞り込み、お客様に最適なソリューションを提供することで、顧客対応力、コスト対応力を高め、成長局面に備える。2025年度からはプラスに転じたい」と述べた。