• 戦略目標は「かっこいいFMV」、デザイン思考で企業変革を狙うFCCLの取り組み

富士通クライアントコンピューティング(FCCL)は、PCおよび関連製品に関わるマーケティング戦略強化の一環として、マーケティング本部の新たな組織目標に「新しいFCCLをデザインする」ことを掲げ、「商品価値を高めること」など、3つのポイントに注力する方針を打ち出した。これにより、FMVのブランド価値の訴求を加速する。マーケティング本部の陣頭指揮を執るのは、藤田博之氏。マーケティング本部長就任前は、チーフデザインプロデューサーを務め、長年渡り、FMVシリーズ本体のデザインを担当したデザイナーとしても知られる。デザイナーからのマーケティング本部長への就任は異例だ。「FCCLとFMVをかっこよくする」と宣言するFCCLの藤田本部長に、新たなマーケティング施策について聞いた。

  • FCCL マーケティング本部 藤田博之本部長

FCCLのマーケティング本部では、「新しいFCCLをデザインする」ことを目指している。

FCCL マーケティング本部の藤田博之本部長は、「FCCLが展開するFMVは、安心感や信頼感、性能に対する高い評価があるものの、オシャレではないという言い方もされてきた。また、Z世代の認知度が低く、これらの世代でのシェアが低いという実態もある。新たなFCCL、新たなFMVのイメージをデザインする必要がある」と語る。

薄軽なLIFEBOOK UHが、全部入りPCを上回りはじめた

FCCLは、2023年の国内コンシューマPC市場において、トップシェアを獲得した。MM総研の調べによると、国内コンシューマPC市場のブランド別シェアにおいて、15.3%のシェアを獲得。2022年に続き、2年連続でのトップシェアとなっている。実は、このトップシェア獲得の背景には、FMVの変化がはじまっていることが見逃せない。

  • FCCLの最新のノートPC製品群

FMVシリーズで、長年に渡り、最も売れ筋となっていたのは、「全部入り」と称される大画面ノートPCである。光学ドライブやテンキー付きキーボードを搭載。様々なインターフェースポートを備えたPCで、現行モデルでは、LIFEBOOK AHがそれにあたる。

地方都市の量販店でも展示販売されている主力機種で、どのPCを購入していいかわからないといったユーザーや、自宅に設置して様々な用途での利用を想定しているといったケース、長く使いたい、あるいは壊れにくいPCを購入したいというユーザーに最適なPCとして、人気を博している。富士通やFMVのブランドに対する信頼感が、初めてPCを購入するとユーザーにとっても、「これを買えば安心」という安心へとつながっていた機種ともいえる。

だが、昨年度から、LIFEBOOK AHの販売台数を、LIFEBOOK UHが上回りはじめている。

LIFEBOOK UHは、世界最軽量ノートPCをラインアップするなど、FCCLが誇る軽量ノートPCの製品シリーズだ。

  • 14型液晶パネルを搭載しながらも634gを達成した世界最軽量モバイルパソコン「FMV Zero」も発表

ハイブリッドワークの広がりとともに、軽量ノートPCに対するニーズが高まり、UHの軽さ、性能、価格のバランスが評価された点が、販売台数の増加につながっていると同社では自己分析する。

コロナ過では、BYODが進展し、会社が費用を補填する形でノートPCを整備するケースが増加。軽量ノートPCであるLIFEBOOK UHを購入するケースが増えたことも、販売増加の理由のひとつだ。この結果、シェアが上昇するとともに、平均単価も上昇。AHに加えて、UHという新たな柱が生まれたことで、国内コンシューマPC市場でのトップシェア獲得につながっている。

  • 2024年10月に発売した最新のUHシリーズ

こうした変化をさらに一段加速することが、新たなマーケティング本部が掲げる「新しいFCCLをデザインする」ことにつながる。

藤田博之氏がマーケティング本部の本部長に就任したのは、2024年4月だ。そこから約半年を経過した。富士通に入社して以降、デザイナー一筋で仕事をしてきた藤田本部長は、富士通製の携帯電話、PC、エンタープライズサーバーなどのデザインを担当。さらに、FCCLでは、新本社をはじめとしたオフィスのデザインも担当してきた。

その藤田本部長が、マーケティング戦略の柱に据えているのは、「商品価値を高めること」、「FMVファンを増やすこと」、「社員が前向きに働けること」の3点である。その取り組みに向けて、現在、同社マーケティング本部では、商品企画統括部、ブランディング部門のほか、デザイン部門であるクリエイティブセンター、広報機能を持つコーポレートコミュニケーション部で構成している。

  • 「商品価値を高めること」「FMVファンを増やすこと」「社員が前向きに働けること」という3本の柱

大好きになれる新しい「FMV」をつくるために

ひとつめの「商品価値を高めること」では、戦略や戦術、フィードバックをわかりやすくすること、製品UXの向上を図ること、既定プラットフォームに閉じない価値提案を行うことに取り組む。

FCCLは、2018年からレノボグループ傘下で経営を進めているが、振り返ってみると、その直前の富士通時代の最後には、開発投資が縮小され、ユニークな製品が生まれにくくなっていた時期があったのも事実だ。

藤田本部長は、「筋肉質化とともに、無駄の改善を推進してきた時期を経たことで、その裏返しとし、挑戦する風土が失われた時代があった。だが、経営改革の結果、現時点では収益性は大きく改善している。いまこそ、FCCLを、よりクリエイティブな風土にすることが重要である。一度、挑戦したが、売れ行きが悪かったり、収益が厳しかったりといった場合も、それが次の可能性につながるのではあれば継続するといった判断を行うことも大切である。いまは、それができる体力が整い、そこにレノボの力を使えるようになってきた」とする。

2つめの「FMVファンを増やすこと」では、既存の顧客を大事にする一方、新たな顧客に気にいってもらうモノづくりを目標に掲げる。

2024年8月に、FCCLの大隈健史社長にインタビューした際、いまのFMVに足りない点について大隈社長は、「Z世代に価値が届けられていない」と指摘。「世界最軽量をはじめとしたFMVが得意とするこれまでの提供価値とは異なる視点で、Z世代に刺さるPCとは何か、ということを真剣に考えていく必要がある」と述べていた。こうした市場が、FMVシリーズにとっての新たな顧客層ということになるのだろう。

藤田本部長も、「若者世代へのFMVの認知度は4%に留まっている。富士通時代から継承しているモノづくりの強みを生かすだけでなく、若者世代が求めるシンプルな購入体験や使用体験も捉えながら、時代にあった価値観を提供したい」と述べる。また、「FCCLが提供するのは、PCという製品ではなく、PCを活用した快適なICT生活である。そのために、お客様が快適に体験できるインターフェースを提供し続けたい。そのひとつのインターフェースが、AIアシスタントのふくまろである。FCCLは、お客様に一番近いところでビジネスを行っている企業であり、新たなテクノロジーをお客様に体験してもらえる環境の実現を通じて、FMVのファンを増やしていきたい。人に寄り添うことほ中心にしたモノづくりはこれからもブレない。時代の最新の商品やサービスにより、コンピューティングを社会に実装し、FMVのブランド価値を高めていきたい」と述べた。

  • FCCLが提供するのは、PCという製品ではなく、PCを活用した快適なICT生活

そして、3つめの「社員が前向きに働けること」では、会社を全員参加で盛り上げること、価値創出の風土づくりに取り組むことを掲げる。

FCCLは、2018年にレノボグループとなったが、それから約5年を経過しても、まだ富士通の文化が根強く残っている。社員のほとんどが富士通出身であることが最大の理由ともいえ、レノボの文化との融合が、まだ進展しきれていないのは明らかだ。

藤田本部長は、「大切なのは、レノボから人を連れてきて、レノボの文化と融合させるのではなく、FCCLの社員によって変えていくということである。そのためには、従業員エンゲージメントも、もっと強化していく必要がある」と語る。

FCCLでは、2023年度から「KIZUNA」という社内プロジェクトを立ち上げ、従業員エンゲージメント活動を強化している。これも、マーケティング本部が掲げる「社員が前向きに働けること」につながる活動のひとつであり、藤田本部長がブロジェクトの牽引役となっている。

社員が前向きに働ける環境によって、実現する世界を、藤田本部長は、ユニークな例え話で示す。

「PCを構成する中核パーツは、各社とも基本的には同じである。しかし、野菜がそうであるように、生産されるモノは、生産者によって、できあがりが大きく違ってくる。最先端技術を有するPCのモノづくりも同様で、開発者によって違うモノができあがる。PC事業においても、開発者や生産者の顔が見える状態しておくことは大切だと考えている。そして、FMVは、前向きに働いているFCCLの社員が、モノづくりをしているからこそ、優れたPCが作れることを知ってもらいたい」

また、こうも語る。

「FCCLの開発者自らがPCのユーザーであり、日本国内のユーザーとして、自分たちが使いやすいもの、いいと思うものを反映したモノづくりをしている。開発者は一歩先のテクノロジーを理解し、それを自らが使い、お客様にとって使いやすい形に改良して提供することが可能になっている。FMVは、ここに強みを発揮できると考えている」

開発者をはじめとした社員が前向きに働ける環境づくりが、FMVのモノづくりの強みにつながるというわけだ。

「夢を語り、その夢を形にできる社員が活躍できるようにしたい」と、藤田本部長は意気込む。

  • FCCLは、「お客様にとって使いやすい」という価値に、FMVは強みを発揮できるはずだと考えている

「デザイン思考」を会社経営の中核に

FCCLのマーケティング本部には、2つの新たな挑戦がある。

ひとつは、デザイナー出身である藤田氏をマーケティング本部長に据えたことだ。

そして、もうひとつは、社員の働き方や風土づくりを、マーケティング本部がリードする役割を担っていることである。いずれも珍しい取り組みだといえる。

FCCLの大隈社長は、「FCCLは、もともとは富士通という大企業の一部門であり、従業員エンゲージメントなどは、富士通全社として取り組んできた経緯がある。このテーマに、部門として個別に取り組む経験がなく、分社化以降も、そうした機能は持っていなかった」と前置きし、「FCCLの従業員エンゲージメントや社内コミュニケーションを、どうデザインするのかといったことを考えた場合、デザイン的な思考は必要であると考えている」と語り、マーケティング本部長に藤田氏を抜擢した理由と、そこに従業員エンゲージメントの機能を持たせた理由を語る。

2021年4月に、FCCLの社長に就任した大隈社長が、3年を経過し、新たに打った大胆な人事施策ともいえる。

  • FCCLの大隈健史社長

一方で、藤田氏は、「富士通のPC事業部門のときから、デザイン思考が定着していた組織である。開発部門にはデザイン部門が張り付き、アジャイル開発を行い、顧客視点で考える仕組みを採用していた。PCは、富士通のなかでは、数少ない最終顧客と接点がある製品のひとつであり、パーソナライズ化することが求められる製品という特徴も、デザイン思考の仕組みをいち早く採用した理由のひとつだ。富士通のほかの部門ではなかった仕組みが構築されていた」と語り、FCCLとデザイン思考の親和性を強調。さらに、「マーケティングの仕事は、知ってもらう、興味をもってもらう、買ってもらうということに集約されるが、デザイナーの役割も一緒であると考えている。また、デザイナーは、単にモノをデザインするだけでなく、会社のデザインや、社会のデザインといったところまで役割が広がり、目に見えないものまでデザインをしはじめている。社員が前向きに働ける環境づくりも、デザイナーの仕事になっている」とする。

デザイナー出身の藤田氏が率いるマーケティング本部に、「社員が前向きに働けること」というテーマが盛り込まれているのも、そこに理由がありそうだ。

デザイン部門の位置づけは、各社によって異なる。

ソニーや自動車メーカーのようにデザイン部門が中核的な役割を果たす場合もあれば、技術部門の傘下に置いたり、事業部門ごとにデザイナーを配置したりといったケースもある。

昨今、注目を集めているのが、経営層の考えを伝えるポジションにデザイナーを配置する仕組みだ。

FCCLのマーケティング本部の役割も、これに近いものがある。

藤田本部長は、「デザイナーは、数字で会話をしない。だが、デザイナーは、人間起点となる右脳思考を取り入れて、わかりやすく伝えることができる。経営トップの考えや思いを現場に浸透させるためのデザイン経営の実践により、FCCLが目指すありたい姿へと近づくことができる」とする。

一時期、コンサルティングファームが、デザインエージェンシーの買収を加速したことがあった。企業経営にデザイン思考が求められ、経営者との対話においても、そのノウハウが必要とされたことが背景にある。

もしかしたら、コンサルティングファームでの経験を持つ大隈社長の考え方を、FCCL社内に浸透させるには、デザイナーを通じた発信が効果的であるとの判断が、新たなマーケティング本部の体制確立に影響した可能性があるのかもしれない。

新たなマーケティング本部の目標は、「新しいFCCLをデザインする」ことであり、「FCCLをクリエイティブな風土」にすることで、商品価値を高め、FMVのファンを増やし、社員が前向きに働ける環境を作ることを目指すというものだ。そして、「FCCLとFMVをかっこよくする」という目標も掲げる。

また、国内個人向けPC市場においてシェア1位という実績を維持しながら、新たな市場開拓にも挑むことも大きなテーマだ。

藤田本部長は、「今後3年以内に、FCCLとFMVがかっこいいと言われるための土壌を作りたい」と、自らの目標を打ち出す。

「かっこいい」という評価指標では、「スタバでFMVが数多く利用されている状況も含まれる」と笑う。

FCCLの新たなマーケティング本部から、どんな手が打たれることになるのか。これからの動きが楽しみである。