パナソニックグループは、2024年度に、中期戦略の最終年度を迎えている。パナソニック ホールディングスの楠見雄規グループCEOは、「キャッシュフロー重視の経営が定着したものの、各事業においては、当初の想定通りの収益力がついていない」と課題を指摘。「危機的状況と認識している」という強い言葉で現状を表現した。
同社では、2022年度から2024年度までの累積営業キャッシュフローが2兆円、同じく累積営業利益が1兆5000億円、ROE10%以上という目標を掲げていたが、2024年度見通しから逆算すると、累積営業キャッシュフローは達成するものの、累積営業利益とROEは未達となる。3つの経営指標は、1勝2敗の負け越しだ。
成長領域と位置づけていた車載電池とA2W(Air to Water)において、想定外の市況変化があり、目標を大幅未達。さらに、収益を支えることを期待した事業でも、市況影響に加えて、一部の事業では目指していた競争力の獲得に至れなかったことを理由にあげた。
車載電池の市場環境激変も、将来の成長期待は変わらず
今回、グループ戦略に関して説明会を開き、「最終年度が終わるのを待って動くのではなく、いまから動き出す」として、実行する施策を明らかにした。
「投資領域の事業基盤強化」、「事業ポートフォリオマネジメント・財務戦略」、「グループの体質強化」の3点への取り組みを掲げ、収益を支えるべき事業は ROIC(投下資本利益率)による規律を徹底し、2026年度までに課題事業をゼロにする一方、車載電池事業では2027年度以降に2桁の ROICを維持できる体質に転換することなどを示した。
楠見グループCEOは、「資本市場からの厳しい評価を重く受け止めている。中長期の成長に向け、グループ全体で覚悟をもって、収益性改善を断行する」と決意を述べた。
ひとつめの「投資領域の事業基盤強化」では、成長投資領域とする「車載電池」、「A2W」、「SCMソフトウェア」の3つの事業の強化を進める。
楠見グループCEOは、「車載電池と空質空調は、市場成長の速度は想定より遅れるが、将来的に成長が見込めることに変わりない。投資時期や投資金額は、市場や顧客の動向に合わせて柔軟に判断するが、競争力強化の取り組みは加速することになる」とする。
車載電池の市場環境の変化については次のように見ている。
「この1年でバッテリーEV市場は大きく変化し、バッテリーEVに大きく舵を切った米国自動車メーカーも、お客様のニーズに基づいた車両の拡充戦略に転換し、HEVやPHEVの投入を発表している。長期的にはモビリティの電動化は進行するが、2030年ではバッテリーEVの比率は想定よりも下がり、バッテリーEV化への加速度は小さくなっていると理解している」
バッテリーEVの需要が減速している背景には、車両コストの大きな割合を占めるバッテリーのコストが、普及価格帯に見合うレベルで実現できていないこと、充電ステーションの整備が追いついていないこと、米国環境保護庁が2032年までの段階的な温室効果ガス排出基準値を緩和しており、PHEVなど多様な技術でもCO2削減を達成するシナリオが発表されたことが影響している点をあげる。
「日本で生産し、米国の戦略パートナーに輸出している車載電池の需要が想定以上に急減している。戦略パートナーの社長に確認したところ、特定の車種を売りたくない状況にあることを聞いた。これは予想外だった。お客様の真意が聞けていなかったことが反省点である。日本の生産拠点で生まれた余力の活用をしっかりと考えていく必要がある」と述べた。
また、今後のバッテリータイプのトレンドとして、リン酸鉄系角型電池が、安全性とコスト優先を志向するEVでの採用が進む一方で、パナソニックグループが得意としているニッケル系円筒形電池は、航続距離の長さが求められるEVでの採用が進むと予測している。 パナソニックグループでは、2023年に、ルシッドの高級EV向けや、ヘキサゴンプルスの商用車への供給を発表。2024年3月には、スバルおよびマツダと車載電池の供給に関する提携を発表している。
楠見グループCEOは、「ニッケル系円筒形電池を採用するお客様への供給基盤の拡充を継続して進めるとともに、収益性の改善に向けて、各工場の生産性の向上にも取り組む」と述べた。
米ネバダ工場では、2030年度の生産能力を2023年比で15%以上向上し、想定以上の速度で生産性向上が進展。建設中の米カンザス工場は、人生産性で30%以上の改善(ネバダ工場比)を見込む。現在は、設備の搬入が始まる段階にあり、今年度の量産開始に向けて着実に進行しているとした。
また、国内向け供給体制の強化では、現在、大阪工場(住之江および貝塚)で行っている車載電池の99%が北米向けだが、2030年には全体の生産規模を拡大しながら、80%以上が国内向けになる予定だ。ここでは、ライン全体のフロア構成を見直し、省人化を進めることで、2028年度の人生産性は、2022年度比で35%以上の向上を目指すことになる。「日本の自動車メーカーとの協議のなかで、想定している供給体制を超えるようになれば、どこで生産するのかを話し合うことになる」とも述べた。
さらに、技術基盤の進化として、2023年に発表した大阪・門真と住之江のR&D棟および生産技術棟も順次稼働させ、次世代電池の開発や生産性向上、生産拡大への対応を図ることになる。
なお、4680の開発については、「予定通り進捗している。2024年度第2四半期には、和歌山工場において量産を開始する予定である。4680によって強固な競争基盤を構築していく」と語った。
車載電池で新たな方針として掲げたのが、2027年度以降、2桁のROICを維持できる体質へと転換する方針だ。米国IRA(Inflation Reduction Act=インフレ抑制法)のプラス影響を含んだものとなる。「米カンザス工場の立ち上げなどがあり、投下資本の分母が大きく、ROICが低いのが現状である。2024年度末にカンザス工場での量産を開始し、2026年度からの収益化を目指す。2027年度以降に2桁のROICを維持できるようにする。まずは、IRAを含めて、10%以上ということになるが、IRAなしでも早期に達成していく」と、新たな指標の達成に意欲をみせた。
空質空調事業においては、欧州A2W事業を取り巻く環境がこの1年で大きく変化したことに触れ、ここでの改善施策を打ち出す。
楠見グループCEOは、「ガス価格の高騰が落ち着き、欧州での補助金施策の見直しや景気の悪化を受けて、業界全体で市況は低迷している。そのため、当初想定したほどの成長はない。足元の停滞を踏まえると、当初計画は変更せざるを得ない状況にある」とする。
だが、マクロ動向では金利の引き下げによる消費マインドの回復や、各国におけるボイラー使用規制の強化による追い風に加え、気候変動を含む地球環境問題の解決は避けては通れないことを指摘し、「再び成長軌道に乗ると想定しており、中長期的には需要拡大へ転換すると見込んでいる。引き続き投資領域として、成長に向けた投資を着実に進めていく」とコメント。「市場が低迷しているいまこそ、シェア拡大に向けて、着実に手を打ち、圧倒的なプレーヤーが存在していないこの領域で、ポジションを優位なものにしていく」と述べた。
シェア拡大策としては、エネルギープロバイダーやユーティリティ企業と共同でインストーラーとの取り引き機会を増やし、インストーラーの業務効率向上のための故障予知検知サービスの提供を行っていくという。
「お客様に認められる商品であることは当然ながら、この分野では、インストーラーがお勧めしたい商品であることが重要である。また、販売機会を逃さないために、販売の際の資金面での負担を軽減させるローン販売スキームや、サブスクリプションモデルも提供していく。ダイキンはその点に力を入れている。それに負けない施策にしていく」とした。
さらに、集合住宅やライトコマーシャル向けの小型モデルを開発し、従来比で70%のサイズに抑えながらも、高効率、高出力を実現した商品を投入。INNOVAとの提携によって、冷房や換気、除湿も含めた最適な室内空気質の提供を加速する。加えて、Tadoのスマートサーモスタットとの連携により、30%以上のエネルギーコストを削減できるメリットを訴求する。
SCMソフトウェアについては、現在推進しているBlueYonderの「ダンカン改革」を着実に遂行し、2024年度までに革新と飛躍に向けた仕込みを完遂するという。
ダンカン改革とは、Blue Yonderのダンカン・アンゴーヴCEOによる改革であり、具体的な成果のひとつとして、2023年に、ネイティブSaaSプロダクトの第一弾をリリースしたほか、Snowflakeとの顧客基盤の相互活用や、アクセンチュアとの共同マーケティング、BlueYonderのフロントラインの営業人員の50%増員や、DoddleとFlexisの買収などに取り組んできたことをあげた。
2024年3月には、One Networkとの買収契約を締結し、サプライチェーン全体の最適化ソリューションをリアルタイムで提供することができるようになる。
「One Networkとのシナジーを発揮して、リアルタイムで、マルチティア連携が可能なSCMプラットフォームを提供するプレーヤーとして、成長を果たしていく」と述べた。
事業ポートフォリオ、成長性と収益性で厳格に管理する
2つめの「事業ポートフォリオマネジメント・財務戦略」は、2022年度から本格的に取り組んでいるもので、各事業の競争力を、成長性と投下資本収益性で厳格管理する規律を設け、課題事業を一掃することを目指している。
ここでは、3つ観点から判断していることを示す。
ひとつめは、「グループ共通戦略との適合性」である。各事業が、パナソニックグループが掲げている「地球環境への貢献」と「くらし(一人ひとりの生涯の健康・安全・快適)への貢献」にフォーカスし、貢献し続けられるかどうかを判断基準にしているという。2つめは、「事業の立地・競争力」である。将来に向けた市場の成長性に加えて、事業のポジションや収益性について、定量および定性の両面で見極めることになる。3つめは、「ベストオーナーの視点」である。事業の最大課題に対してホールディングスが手を打てるか、事業で稼げる以上の資金が、次の成長に必要な場合にはホールディングスが投資できるか、ホールディングスが事業経営の良し悪しを判断できるかという視点を持ち、ベストオーナーとしての判断を徹底するという。
「事業構造によって劣後になるものは、迅速に非連続な手を打たなくてはならない。それ以外の状況で業績が伸びないのは、経営が悪いということであり、なにに起因しているのかを明確にし、手を打っていく。事業ポートフォリオの見直しや入れ替えはあくまで手段であり、目的は株主やお客様、取引先、従業員を含む、すべてのステークホルダーの幸せを実現し続けることである。期待に応える強固な収益基盤の構築を目指す」と述べた。
事業ポートフォリオマネジメントの成果としてあげたのが、オートモーティブ事業である。パナソニック オートモーティブシステムズの株式の100%を、米Apollo が間接的に保有する新会社に譲渡。パナソニックホールディングスは、新会社の持株会社の株式を 20%取得し、協働でオートモーティブ事業の経営にあたる。パナソニックホールディングスとは、親子関係から、自立的な共存関係に移行し、将来の株式上場の可能性も視野に入れるという。だが、パナソニックブランドの維持や経営方針の堅持、顧客との関係維持の理解も得ており、パナソニックグループの一員に位置づけるという。
「主力であるコックピットHPCやEVパワエレ領域で生き残るためには、電動化とソフトウェアデファインドビークル(SDV)への変化に対応しなくてはならない。だが、そのためには大規模な開発投資が必要になる。ベストオーナーの視点からみると、大規模投資をパナソニックグループだけでは十分に実行できず、外部の力を借りる必要があると判断した。Apolloの情報網やM&A能力、マネジメントに対する人的リソースが活用でき、グローバルトッププレーヤーとして、躍進するための大きなチャンスを掴むことができ、お客様へのお役立ちや、従業員の幸せにもつながると判断した」と説明した。
「事業ポートフォリオマネジメント・財務戦略」におけるもうひとつのポイントが、キャッシュとROICによる規律の徹底である。
中期戦略では、キャッシュフローを重視するために、Net Debt/EBITDA倍率に基づいて、各事業会社の財務健全性を評価し、キャッシュフロー経営を定着させてきたが、2024年度からは、各事業が強固な収益体質を構築するために、事業部単位でのROICによる管理を追加。事業がマイナス成長で、ROICが事業別WACC(加重平均資本コスト)に満たない場合に「課題事業」と位置づけ、自主再建でROICを改善するか、事業譲渡や撤退も視野に入れた抜本的な対策を打つことになる。
楠見グループCEOは、「この2年間の私の最大の反省は、営業キャッシュフローとROICを指標としながらも、営業キャッシュフロー経営を浸透させるのに時間がかかり、ROIC経営を徹底できなかった点である」としながら、「課題として位置づけた事業を、2026年度までにはゼロにする。また、全事業において、事業別WACC+3%を超えるROIC水準を目指していく」と述べた。
WACCは事業ごとに設定しており、WACC割れ、あるいはWACC+3%を下回る事業は、1年目は事業会社で対策を打ち、2年続いた場合には、ホールディングスが積極的に関与することになる。
「課題事業に関しては、事業会社において、事業部単位やビジネスユニット単位、商材の単位でも検討しているものがあり、2024年度には、その結果の一部を話すことができるものがあるだろう。ホールディングスとしても厳しい目で判断していくことになる。事業別に見ると、市況の影響を受けているもの、コスト力の改革が遅れているもの、構造そのものが厳しいものなどがある。中国市況の影響を受けているものとしてはファクトリーオートメーション、コスト力の改革の遅れではくらしアプライアンスの一部事業や、空質空調のA2A関連、市場全体が厳しいものではテレビ事業がある」と述べた。
テレビ事業については、「家電のフルラインアップ戦略を進めるという点では、例外的に見なくてはならない。白字(ブレイクイーブン)でも事業を続け、家電全体のなかで、どうROICを達成するかを考えることになる。他の事業とは別の再建ストーリーと締め切りを設定している」と位置づけた。
なお、キャピタルアロケーションについては、これまでの方針を踏襲。営業キャッシュフローの累積2兆円に対しては、2年を経過した時点で約3分の2と順調に進捗しており、戦略投資として6000億円を車載電池事業の投資に充てる予定だ。「EV市場の動向を見極めて、投資実行を判断していく」とした。
「物をつくる前に人をつくる」長期的な視点の体質強化
最後の「グループの体質強化」では、各事業の競争力の基礎体力を強化し、単年ごとの取り組みではなく、長期的な視点で体質強化を継続していくという。
人的資本経営の観点では、、2023年4月に、経営基本方針を日々の行動の中で実践するためのグローバル共通行動指針「Panasonic Leadership Principles(PLP)」を策定し、これを人財マネジメント施策に紐づけるとともに、経営陣の評価にPLPをベースにした360度評価を導入。社員のウェルビーイングの実現に向けては、「やりがい」 「個性」 「安全・安心・健康」の観点から取り組みを加速させているほか、「個性を活かしあう」事例として、組織の多様性を高めるため、経営チームにおいて、多様性比率目標を導入しているという。
「パナソニックグループでは、『物をつくる前に人をつくる』との創業者の言葉が基本となっている。グループの使命である『物と心が共に豊かな理想の社会の実現』にあたっては、社員のウェルビーイングの実現が、一人ひとりの経営基本方針の実践を確実なものにする。これが、当社における人的資本経営と考えている」と述べた。
具体的な取り組み事例として、パナソニックインダストリーでは、「役割・人財要件定義書」を明確にしたジョブ型人事制度へと移行。2022年11月には、公募型移動制度を開始し、責任者クラスの公募を含めて、1000人以上の公募異動を実現したという。社員一人ひとりの意識改革が進み、行動変容につながっているという。
現場革新の観点では、2022年から、ムダと滞留の徹底的な排除に取り組んでおり、多くの現場で、理論限界に挑戦する風土が定着し、キャッシュ創出にもつながっているという。
全世界220拠点を対象に取り組みを実施しており、現場の一人ひとりの発意によって改善を重ねる拠点が、この2年で124拠点と、半分以上に拡大。サプライチェーン全体の整流化によって、リードタイムが削減でき、230億円のキャッシュを創出したほか、エンジニアリングチェーンでは原価低減によって、287億円の利益貢献があったという。現在、画像認識やAIを活用することで、現場のムダや滞留を可視化し、改善や整流化を誘導するツールを開発しており、各拠点への展開を進めているところだ。
パナソニックグループでは、独自のDXとして、2021年から「PX(Panasonic Transformation)」プロジェクトを推進しており、このなかで、開発、製造、販売における取り組みについても説明した。
開発については、パナソニックインダストリーのスマートラボにおいて、材料開発の実験室を完全自動化し、2024年からは、AIによる実験計画の生成や、マテリアルインフォマティクスとの組み合わせによって、技術者の経験や労働時間に頼った開発プロセスの高度化と大幅な短縮を実現しているという。製造・販売では、中国において、製販一体の標準ERPを15拠点に導入し、人が介在しない正確な情報をもとにした在庫削減やリードタイム短縮を実現した。また、2023年7月には、パナソニック版生成AIである「PX-AI」を導入。守秘性の高い情報の入力にも対応させたことで、高度な使い方が増えているという。
楠見グループCEOは、「従業員の意識も変わりつつあり、単純作業は生成AIで効率化し、自らは、お客様価値を生む仕事に集中する形へと働き方の転換が進んでいる」とし、「このような変革がグループの中で常態化していることがPXのゴールである。パナソニックグループの変革に向け、引き続き活動を推進していく」と述べた。