(前編から続く)
日本HPは、PCを中心としたパーソナルシステムズ事業とともに、もうひとつの事業の柱として、プリンタなどを主軸にしたプリンティング事業を展開している。産業印刷分野におけるデジタル化を推進する一方、個人向けには大容量インクタンクモデルを国内市場に投入。さらには、3Dプリンタでは、商品そのものの造形に活用するケースが日本でも増えており、2024年は、最終製品の製造を支援するソリューション提供に注力する考えを示す。そして、社長就任以来、2年半の変化については、「多様性が進展したことが最大の成果」だと明言する。後編では、プリンティング事業への取り組みとともに、日本HPが取り組む日本の社会への貢献活動、サステナビリティへの取り組み、社内変革などにフォーカスした。
―― 産業プリンティング分野では、日本HPが、日本の印刷業界におけるデジタル化の推進役を担っています。その手応えはどうですか。
岡戸:産業プリンティング市場の需要は、コロナ禍で一度落ち込みましたが、昨今の外向け需要の増加により、回復しつつあります。屋外広告が増加したり、チラシやのぼりを印刷したりといったニーズが拡大しています。世の中の変化が激しくなり、環境意識も高まるなかで、大量印刷をして、それを在庫し、余ったものは廃棄するという方法は、いまの時代にはあいません。必要なものを、必要な量で、必要なタイミングで印刷できるデジタル印刷の強みが評価されるだけでなく、環境への貢献という点でも注目が集まっています。多品種少量印刷やオンデマンド印刷などを特徴とするデジタル印刷によって実現する適量、適時、適地での印刷ニーズは、これからますます需要が増加すると考えています。
―― 2024年5月には、4年に一度開催される世界最大の印刷メディア分野の総合展示会「drupa」が開催されますね。ドイツ・デュッセルドルフで、8年ぶりのリアル開催となり、世界中から注目を集めています。HPはどんな製品を発表することになりますか。
岡戸:drupa2024のHPブースでは、これから先20年間の印刷業界を定義する発表を行います。なかでも、AIとロボティクスを活用し、受注から出荷までの生産現場の自動化や、効率化のソリューションをお見せすることになります。独自の湿式電子写真(LEP)技術をさらに進化させて、印刷品質を向上するとともに、汎用性や生産性、持続可能性、経済性のすべての面で進化したデジタル印刷機を発表する予定です。また、40年に渡って業界をリードしてきたインクジェット技術への投資も継続していくことになります。drupa2024のHPブースにおいては、日本のお客様をはじめ、世界中の人たちに、最新イノベーションを搭載した様々な自動生産ラインを、実際に見ていただきたいと思っています。
―― 3Dプリンタでは、最終製品に利用する造形の活用が進んでいますね。
岡戸:日本でも、トヨタ自動車が、LEXUS LC500のオートマチックトランスミッション(AT)オイルクーラーのダクトに、HP Jet Fusionシリーズで製造したした3Dプリント製品を採用していています。国内自動車メーカーが、純正部品に3Dプリンタを採用したのは、初めてのケースです。また、海外では、GMやフォルクスワーゲン、ロレアルなどが、3Dプリンタの造形物を利用しており、米スポーツシューズブランドの「Brooks」では、3Dプリンタで造形したソールによる高機能ランニングシューズを商品化しています。そのほかに、眼鏡のフレームづくりに活用するといった事例もあります。2024年は、日本においても、最終製品の製造を支援することに注力します。
―― ただ、3Dプリンタで作ったものを最終製品に利用する際に、堅牢性や耐久性などの点で、大丈夫なのかといった見方もあるのではないでしょうか。
岡戸:確かに、その点での理解を深める活動は大切だと思っています。とくに、日本の企業は品質や安心、安全を重要視しますから、品質面においても安心であるということを啓蒙していくことが、より大切になります。ただ、製造業には、これまでのモノづくり手法が根強く残っていますが、それを否定するのではなく、新たな付加価値が生まれることを訴求したいと考えています。3Dプリンタは、いままでできなかった造形が実現できたり、金型を作る必要が無くなったりといったように、大きな転換を促す技術です。3Dプリンタができることはなにか、そのメリットはなにかということをしっかりと訴求することは大切であり、安全面と、付加価値面の双方のメリットを伝えていきます。また、これまではコスト面や量産面での課題がありましたが、それも解決できる段階に入ってきました。新たなHP Jet Fusion 5600シリーズでは、パラメータの設定などにより、品質のばらつきを低減でき、作業者がいなくても次の造形を自動で開始する機能を搭載し、生産性を大幅に向上しています。3Dプリンタによる最終製品の製造を検討しているお客様に対して、製造ノウハウを提供するプロフェッショナルサービスのメニューも拡充する予定で、日本HPに相談をしていただければ、お客様のこれまでのやり方や保有する資産などを前提に、どこから3Dプリンタを活用すれば効果が高いのかといったことをご提案できます。日本の企業が安心して3Dプリンタを活用できる環境を実現していきます。
―― 金属3DプリンタであるHP Metal Jetの日本市場への投入時期はいつになりますか。
岡戸:現時点では、欧州で検証をしながら、導入を行っている段階であり、日本ではもう少し時間がかかりそうです。金属加工は、樹脂に比べると、後工程におけるノウハウの蓄積が必要であり、そこではパートナー企業との連携も重要になります。日本のお客様からも高い関心をいただいている製品なので、検証を重ね、安心して導入していただける状況にいち早く持って行きたいと考えています。
―― 個人向けプリンタでは、大容量インクタンクモデルである「Smart Tank」シリーズの投入を開始しました。手応えはどうですか。
岡戸:オフィス向けプリンタは、コロナ禍で需要は大きく落ち込みましたが、ここにきて安定化してきたと感じています。一方で、個人向けプリンタは、コロナ禍においては、ワークフロムホームにより、一度需要が増加しましたが、いまは落ち着いています。しかし、2023年に国内指示用に投入した大容量インクタンクモデルについては、一定の手応えがあります。印刷単価が低いことや、通常の利用環境であれば購入後2~3年はインクを購入しなくて済みといった利便性に対して評価が集まっており、今後、成長していく領域だとみています。いまは、Amazon.co.jpを通じた個人ユーザー向けの販売が中心で、反応を見ているところですが、今後は、量販店ルートへの拡大も検討します。
個人向けプリンタについては、日本における中長期プランを立てており、事業を徐々に拡大したいと考えています。日本の市場は、印刷品質などへの要求レベルが高いですから、そうしたニーズにしっかりと応えられる製品を投入していきます。また、オフィス向けプリンタでは、レーザープリンタも継続的に提供していきますし、インクジェットではモバイル用途でも利用できる製品をはじめ、ハイブリッドワークに適した製品を品揃えしています。さらに、日本においては、使用中のインクジェットプリンタにトラブルが発生した際に、最短で翌日に代替品をお届けするというサービスも開始しており、安心、安全の観点にも力を注いでいます。着実にひとつひとつステップアップし、今後も、日本のお客様のニーズに合致したラインアップやサービスを揃えていく予定です。
―― HPでは、Workforce Services & Solutionsの組織を通じたサービス事業の加速に取り組んでいますが、なかなかその成果が見えないのですが。
岡戸:サービス事業では、HP Protect and Trace with Wolf Connectなどのサービスを提供したり、ノートPCのバッテリーの不具合を事前に検知するサービスを用意したりしています。また、産業用プリンタでは、HP xR Servicesにより、MRなどを活用した次世代型サポートを実現しており、日本のお客様にも導入が進み、高い評価を得ています。さらに、PCリユースプログラムも開始しました。これはサステナブルの取り組みにもつながるものですが、日本で独自に開始したプログラムで、企業内で使われていたPCを引き取り、これを再利用することで、持続可能な循環型経済の実現に貢献するとともに、PCのライフサイクル全体に渡ってサービスを提供することになります。PC1台あたりのサービスのアタッチは、着実に伸びています。組織を独立させ、ミッションを明確にしたことでサービス事業が成長しています、2023年は、新たな組織を作って、サービスに力を注ぐ「サービス元年」だったとすれば、2024年は、ライフサイクル全体にサービスを提供するところに注力する1年になり、PCの買い替え需要にあわせて、サービスのアタッチ率も高めていきたいと考えています。
―― サステナブルへの取り組みでは、どんな点に取り組んでいきますか。
岡戸:HPは、2030年に、世界で最も持続可能で、公正なテクノロジー企業になることを目指し、その実現に向け、気候変動対策や人権、デジタルエクイティ(公平性)の推進において意欲的な目標を掲げています。また、2040年には、HPのバリューチェーン全体で、炭素排出量ネットゼロを目指す計画です。HPのPCを利用すれば、それだけで環境貢献ができるという仕組みを作り、それをメッセージとして伝えていきたいですね。
―― 2021年11月に、社長に就任してから約2年半を経過しました。この間、どんなことにこだわって経営を行ってきましたか。
岡戸:事業成長は当然のことですが(笑)、こだわってきた取り組みのひとつにDE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)があります。たとえば、リーダーシップチームは、私が就任した時点での女性比率は約10%だったのですが、いまは42%を占めています。女性管理職比率も2023年度実績で13.6%となり、2025年度の目標に掲げていた12%を達成してしまったため、新たに15%という目標を設定しました。さらに、2023年度は、男性の育休取得率100%も達成しました。そして、今年度からは新卒採用も開始します。これは、日本HPとして分社してから初めてのことになります。
また、「コーヒートーク」の名称で、社員と対話する場を設け、働きやすい環境づくりなどをテーマに声を聞き、改善を進めています。この5年間で、社員エンゲージメントスコアは23ポイント上昇しましたし、今年初めて、働きがいのある会社(Great Place to Work)にも選ばれました。社員エンゲージメントスコアは、もう少しで世界平均に達しますので、もうひとがんばりしたいですね。さらに、社内では、BRG(ビジネスリソースグループ)を設置し、女性が働きやすい環境へと改善したり、障がい者に向けたサポート活動を積極化したりといったことにも取り組んでいます。2024年2月から、デジタル障害者手帳「ミライロID」を所有している方々に対して、HP Directplusで購入する際に、特別割引の適用を開始しました。また、それにあわせて、視覚障がい者がボタンひとつで購入サイトを見やすくできるようにしました。PCは、障がい者が自己実現するために、とても大切なツールです。障がい者がPCを購入しやすく、使いやすく、サポートする環境を実現することも日本HPの重要な役割のひとつです。このように、DE&Iの活動を社内に留めず、社外も巻き込んだ形に広げているところです。
さらに、BRGでは、新たな文化を創出し、自分たちで次世代を担っていくための取り組みも開始しています。若い人だけが参加するというチームではなく、新たな発想や柔軟な発想をもとに、マインドを変えていく活動を進めています。このチームからは、ジョブトライアルという制度の提案があり、他部門を経験する機会を得て、自分のキャリア醸成のヒントを得ることができるようにしました。
日本HPが成長し、大きく飛躍するには、社員一人一人が活躍できる環境を整える必要があります。この2年半での変化をあげるとすれば、日本HPの多様性が広がったことだといえます。それによって、社内が活性化し、エンゲージメントが高まり、多様な意見がビジネスにプラス効果を及ぼしています。多様性が、これからの日本HPの成長を支えていくことは間違いありません。