三菱電機は、サステナビリティ経営について説明した。2024年~2030年度までの7年間で約9000億円のグリーン関連研究開発投資を計画していることを発表。グリーン関連領域における将来の事業機会を見据えた投資を行う。さらに、2024年4月には、サステナビリティ・イノベーション本部を新設し、社会課題を解決する新たな事業創出をはじめとしたサステナビリティの実現に向けた体制強化を図る。
また、社会課題解決と事業成長を同時に成し遂げる「トレードオン」に挑むことで、サステナビリティの実現を追求する姿勢も強調した。
すでに同社では、2030年度までに、工場およびオフィスにおける使用電力を100%クリーンエネルギー化し、温室効果ガス排出量実質ゼロの実現を目指すほか、2050年度には、バリューチェーン全体で温室効果ガス排出量実質ゼロを目指す計画を打ち出しているが、サステナビリティ経営について説明するのは今回が初めての機会となった。
三菱電機 執行役社長 CEOの漆間啓氏は、「三菱電機グループのパーパスのなかで示した『活力とゆとりある社会の実現』が、目指すべきサステナブルの姿である。創業以来、100年以上に渡って、高い技術と創造力を持って、製品やサービスを提供してきた三菱電機が、年々深刻さを増す気候変動や労働力不足などの社会課題に対して、総力を結集し、解決に取り組むことになる」と切り出し、「社会や環境への貢献はコストだけがかかり、収益性確保が難しいと考えがちであったが、三菱電機では、約2年前から事業を通じて社会課題を解決することを掲げてきた。これまでのトレードオフの関係ではなく、社会および環境と、事業を両立するトレードオンを実現したいと考え、社員一人ひとりとその方法を検討しているところである」と述べた。
また、「デジタルを活用して、幅広い分野の顧客につながり、データを得て、新たな価値を創出し、循環を生み出す『循環型デジタル・エンジニアリング企業』に変貌することを目指している。データを活用したイノベーションを通じて、社会および環境を豊かにしながら、事業を発展させていく」と述べた。
トレードオンの土台づくりとして、ESGへの取り組みに加えて、デジタル基盤や生産基盤など、あらゆる経営基盤を強化する一方、循環型デジタル・エンジニアリングにより、データを活用した価値創出を実現。統合ソリューション、システム、コンポーネントを進化させ、新たな価値を生むことで、社会課題の解決につなげるとの方針を示した。
カーボンリサイクルや再生可能エネルギー、次世代パワー半導体を重点開発
7年間で約9000億円のグリーン関連研究開発投資では、カーボンリサイクルや材料、製品の循環利用実現に向けた研究開発、再生可能エネルギーの導入拡大に貢献するエネルギーマネジメント、機器の省エネルギー化や電動化、次世代パワー半導体の研究開発を重点的に行うという。
「2021年~2025年までに、約1兆6200億円の投資を考えている。そのうち、研究開発投資は1兆1000億円であり、グリーン関連研究開発投資は58%を占めている。また、三菱電機では、2021年~2023年の3年間で3700億円のグリーン関連研究開発投資を行ってきた経緯がある。トレードオンを実現する事業領域については、これから定める。どこまで、どれぐらいの投資し、売上げを獲得するのかはまだ決め切れていない」とした。
三菱電機では、2030年度までに、工場およびオフィスにおける温室効果ガス排出量実質ゼロの実現を目指しており、循環型デジタル・エンジニアリングによるエネルギーマネジメントの高度化や、ヒートポンプなどの自社技術の導入のほか、クリーンエネルギーの導入が、実現の鍵になるとしている。ここでは、使用電力の100%クリーンエネルギー化を目指しており、設備の省エネルギー化や電化、製造プロセスの見直しなどのカーボンニュートラルに向けた技術開発と設備投資を行うという。すでに国内9拠点、海外10拠点で100%再生可能エネルギー化を達成している。
また、2050年度に、バリューチェーン全体で温室効果ガス排出量実質ゼロを目指す計画を打ち出しており、この領域においては、電力システム分野におけるクリーンエネルギー供給への貢献拡大、製品の低消費電力化や、省エネおよび創エネソリューションの提供などによる製品からの排出抑制、カーボンリサイクルなどの新技術の開発に取り組むという。 「自社の技術を活用した排出削減の取り組みを加速するとともに、技術革新による社会全体の脱炭素化への貢献を果たす」と述べた。
2024年4月1日付で新設するサステナビリティ・イノベーション本部は、価値創出、基盤強化を包括的、戦略的に推進する組織と位置づけており、「社会課題を解決する新たな事業創出を進め、サステナビリティ経営によって三菱電機の変革を加速させたい」と語る。
2023年10月から、社会課題解決型の新事業創出を目指すGIST(Global Initiative for Sustainable Technology)プロジェクトを開始しており、社内の各事業部門から48人の社員が参加し、複数の未来社会を構想しながら、バックキャスティングによって取り組むべきテーマを探索し、ビジネスモデル化に向けた議論を行ってきた経緯がある。
4月以降は、サステナビリティ・イノベーション本部の体制のもとで、このGISTプロジェクトでの取り組みを本格化させるという。
また、持続的成長を支える経営基盤の強化を進め、「環境ビジョン2050」に基づく具体的計画を策定するほか、カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブの実現に向けたバリューチェーン全体での環境負荷低減を加速させるという。
産官学連携の取り組みにも注力する考えであり、個別の技術開発テーマに基づく共同研究だけではなく、包括的なテーマ設定を行う組織連携を強化。東京大学と設立した「三菱電機-東京大学・未来デザイン会議」では、将来を洞察し、ありたい未来社会を実現するための道筋を策定るための共同研究体として、サーキュラーエコノミーなどをテーマに活動を開始。2023年10月からは、社会連携講座の名称で、持続可能な循環経済型未来社会デザイン講座を開催し、三菱電機の様々な部門のエンジニアや研究者が参加し、未来社会デザインのボトルネックを探求したという。
「大学や研究機関の学術的知見、三菱電機が培ってきた現場の視点を組み合わせて、複雑で多様化する社会課題の解決に向けた取り組みを行う。サーキュラーエコノミーの実現に向けては、環境負荷低減と経済合理性が両立するエコシステムの設計と、課題解決策を検討している」と述べた。
事業を通じた社会課題解決の具体的な取り組み
三菱電機グループの事業を通じた社会課題解決への取り組みについても触れた。
同社では、注力する5つの社会課題として、「カーボンニュートラル」、「サーキュラーエコノミー」、「安心・安全」、「インクルージョン」、「ウェルビーイング」を掲げており、それらの観点から、「グリーンな社会への変革」と「安心・安全・快適な社会」にわけて取り組みを説明した。
カーボンニュートラルおよびサーキュラーエコノミーによる「グリーンな社会への変革」としては、省エネルギーや電化、再生可能エネルギーの有効活用、資源の循環性が高いビジネスモデルへの転換を進め、社会全体の環境負荷低減を加速するという。
これらを実現する具体的な事業のひとつにあげたのが、パワー半導体である。
機器の省エネ化、自動車の電動化、再生可能エネルギーの電力変換の効率向上に不可欠なデバイスであり、グループの技術シナジーを発揮しながら、パワー半導体の提供を通じて、様々な領域におけるカーボンニュートラルの実現に貢献する考えを示す。
とくに、xEV用パワー半導体モジュールは、1997年の量産開始以降、2022年までに全世界で2600万台以上のxEV向けパワートレインに搭載され、電動車の普及促進に貢献してきた実績を持つ。このほど、xEV用SiC/Siパワー半導体モジュールの新製品として、「J3シリーズ」のサンプル提供を開始。従来品に比べて、約40%のモジュールサイズを実現し、インバーターの小型化に貢献するという。
また、ビルの省エネ化と快適性向上を両立し、カーボンニュートラルの実現に貢献するZEBソリューションについても説明。三菱電機では、ZEBプランナーとして、プランニングから設計、施工、保守までをワンストップで支援。空調や照明、換気、給湯、昇降機に関する保守および運用管理のフィールドナレッジや、デジタル技術を掛け合わせたソリューションを提供できるという。
三菱電機 常務執行役 CSOの武田聡氏は、「今後は都市部を中心に増加が見込まれる既存ビルの改修においても、改修計画のプランニングから行い、難易度の高い既存ビルのZEB化を支援できる」と述べた。
また、安心・安全、インクルージョン、ウェルビーイングによる「安心・安全・快適な社会」については、世界133カ国/地域における実績をもとに、防災・減災、交通の利便性向上、労働力不足の解消、快適な暮らしの実現において、三菱電機の強みが発揮できるとして、ここでも具体的な事業について、いくつか触れた。
3次元計測アプリ「Rulerless」は、スマホに搭載したLiDARセンサーで取得した3次元点群情報と撮影画像によって、目の前の空間やモノを3Dモデル化して計測。災害時における家屋の被害調査や設備点検などの計測業務の効率化を通じて、迅速な被災者支援にも貢献できるという。
自律走行ロボットによる商品配送サービスは、米国のスタートアップ企業であるCartkenが開発した配送ロボットを活用し、Uber Eats Japanとの連携により、2024年3月から、東京・日本橋エリアでの屋外走行によるオンラインデリバーサービスを開始。今後は、ビルの入退システムやエレベータとの連携によって、屋内施設にも商品を届けられるようにするという。社会実装により、輸送業界の人手不足解消の社会課題解決につなげるとしている。
安心・安全とカーボンニュートラルを組み合わせた取り組みとしては、Energy&Facility(E&F)ソリューションを紹介。顧客のデータを解析することで、エネルギー調達や管理の最適化から、設備の効率的運用および保守までの一連の統合ソリューションとして提供。複数拠点間で再生可能エネルギー由来の電力を融通させることができるマルチリージョンEMSの社内実証を2024年3月から開始していることに触れた。
同社が持つ広島県福山市、香川県丸亀市、兵庫県赤穂市、兵庫県神戸市の4拠点をつないで、再エネの自己託送や蓄電システムの最適運用、環境価値管理の機能評価を2年間に渡って行うという。「運用実績の蓄積を行うとともに、顧客のカーボンニュートラルの実現に貢献できるように、ソリューションの拡張に向けた技術や機能の高度化を進める」と述べた。
さらにオープンイノベーションにおいては、コンポーネントやシステムを中心に、三菱電機が持つ知見と、スタートアップや顧客が持つ技術やアイデアを掛け合わせることで、社会課題解決に向けたイノベーション領域においての取り組みを加速するという。また、コーポレートベンチャーキャピタルを活用した出資やM&Aも進めており、水質汚染問題解決や製造業のカーボンニュートラル実現に向けた活動を行っていると述べた。
ここでは三菱電機グループが特許を持つ技術資産を活用したパートナーとの取り組みとして、花王との共創事例を紹介。三菱電機の家電プラスチックリサイクル事業のノウハウを活用し、花王のシャンプーボトルの日用品プラスチックリサイクルの選別に採用。循環型社会の実現に貢献していくという。
サステナビリティ経営の実現に向けた人財戦略も進める
また、サステナビリティ経営の実現に向けた人財戦略についても説明。2024年度からジョブ型人材マネジメント制度を取り入れたた新人事処遇制度に刷新し、従業員の主体性やチャレンジを促進し、キャリアオーナーシップを強化するほか、DE&IではKPIを設けて、グローバル・サクセッションマネジメントによる経営層の多様化を推進するという。
経営層に占める女性および外国人の割合は2022年度末には3%、現在は11%となっているが、これを2030年度には30%に拡大。女性管理職比率は2022年度末の2.6%から、2030年度には12%に拡大する計画だ。漆間社長CEOは、「女性経営幹部候補者を選抜、育成していく。また、若年層から業務経験をさせたり、機会を与えたりといったことで女性管理職も増やしたい。もともと女性の母数が少ないのが実態であり、社外からの登用もしっかりと考えたい」と述べた。現在、キャリア採用の比率は48%にまで上昇しているという。
また、武田CSOは、「サステナビリティの取り組みの原動力は従業員。人財こそがすべての事業の基盤であり、競争力の源泉である。サステナビリティ経営を推進する原動力となる人財をグローバルで確保、育成し、経営戦略と連動した人財戦略を加速するとともに、DE&Iをはじめとした人的資本の価値最大化を推進する。デジタル系人材、ソフトウェア人材の採用強化にも取り組み、きめ細かい研修を行い、将来のキャリアについても話を聞きながら育成を進めていく」と述べた。
さらに、武田CSOは、「持続的な成長に向けて、企業としての社会的責任を果たし、経営基盤の強化に取り組む」とし、国際規範に沿った人権の尊重や、コーポレートガバナンス強化に向けた取締役会の実効性向上、サステナビリティを志向する企業風土の醸成に向けた社内コミュニケーションの活性化、積極的なIRやSR(Shareholder Relations)活動を推進することを示した。「トレードオンに必要な投資と取り組みの加速により、経営基盤を強化し、新たな価値を創出。幅広い分野で培った技術力と、従業員一人ひとりの創造力を結集し、サステナビリティ・イノベーションに挑戦する」と語った。
三菱電機が目指す「循環型 デジタル・エンジニアリング」企業とは?
説明会では、三菱電機が取り組んでいる「循環型 デジタル・エンジニアリング」企業についても改めて言及した。
循環型 デジタル・エンジニアリングとは、三菱電機が顧客に納めたコンポーネントやシステムが利用されることによって生まれるデータを、顧客から提供を受けて、デジタル空間に集約。これらのデータを分析することで、顧客が気づいていない潜在的な課題やニーズを把握するとともに、得られたデータをもとに、三菱電機グループ内が強くつながり、お互いに知恵を出し合って、コンポーネントやシステム、統合ソリューションを進化させることで、新たな価値を創出するというものだ。また、創出した価値を幅広い顧客に還元することで、顧客とともに社会課題の解決を図っていくことになる。
漆間社長CEOは、「データを活用して、うまくいっている事業のひとつが昇降機である。稼働状況を確認しており、地震が発生した際にもエレベータの停止状態をデータから確認し、緊急停止状態を自動的に回復させることもできる。また、鉄道分野では、電車に装備された電気品から走行状況を収集し、異常値があれば早く対処できるようになる。さらに、エネルギーの発電状況を見ながら、必要なところに必要な電力を送ることもできる」といった事例を紹介した上で、「取得できていないデータがまだ多い。お客様に納入している製品から、データを取れるようにし、デジタル空間に集めていくことが先決である。ここから新たな機器の開発や、ソリューションの開発にもつなげていくことができる」と述べた。
また、武田CSOは、「循環型 デジタル・エンジニアリングは、ハードウェアから収集したデータを分析して、それをハードウェアに返して、ハードウェアを進化させるものと、データを使って、大きなソリューションを提供するといった活用がある。これにより、三菱電機は、ハードウェア中心の事業から大きく変革しているが、デジタル人材が十分ではないという課題もある。デジタル人材の育成および新たな技術への挑戦のために、2023年4月から、横浜に、DXイノベーションセンターを設置した。ここでは、エンジニアのリスキリングも進めている。最新技術を活用できるデータ分析エンジニアの数が、データに対して少ないのが現状であるが、拠点をさらに拡充し、新たな人材の採用、育成も行い、ソフトウェア分野を強化していくことになる。データ分析エンジニアと、アプリケーションやドメインを熟知しているエンジニアが協働することで価値が高まる」とした。また、「最新技術やAPI連携によって異なるIoTプラットフォームが連携できる環境も生まれている。これからは、マルチドメインで展開している三菱電機の強みを活かすことができる」などと語った。