IBMは、テクノロジーカンパニーとしてのポジションを、強固なものにしている。
重要なテクノロジートレンドに位置づけられるAIや量子コンピューティング、マルチクラウドコンピューティングでは、すでに商用化のレベルで実績を積み上げる一方、2nmの最先端半導体技術の開発を推進。この取り組みは、政府主導で進めている日本の半導体産業の復興にも大きな影響を与えることなる。
そして、テクノロジーカンパニーとしてのIBMを牽引する役を担っているのが、IBMリサーチである。
IBM シニアバイスプレジデントであり、IBMリサーチのディレクターであるダリオ・ギル(Dario Gil)氏は、「今後10年で大きな進化を遂げる半導体技術によるビット、AIの世界を具現化するニューロン、黎明期にある量子コンピューティングの量子ビットといったテクノロジーが、コンピューティングの未来を実現する。半導体やAI、量子などのテクノロジーは、それぞれが別のものとして語られることが多いが、いま展開されている真のイノベーションは、これらすべてが、ハイブリッドクラウドアーキテクチャに統合することで実現されることになる」と断言する。
また、ギルディレクターは、「私たちは、コンピューティングにおいて最もエキサイティングな時代に生きている。1940年代にブレッチリーパークで、最初のデジタルコンピュータが誕生したとき、あるいは、1957年にトランジスタが出現して以来の出来事が訪れている」とも語る。
大きな節目を迎えているいまの時代において、IBMリサーチは、どんな「未来のコンピューティング」を実現しようとしているのだろうか。
未来のテクノロジーを迅速に市場投入
IBMリサーチは、ニューヨーク市の北部にあり、「IBMの有機的な成長のエンジンになること」、「コンピューティングの未来を創ることこと」の2つをミッションに掲げているという。
その上で、IBMリサーチのギルディレクターは、「大切なのは、研究開発の成果を商用化し、それを製品に取り入れる速度を高めることである。それによって、コンピューティングの未来を生み出すことができる。IBMリサーチはそこに情熱を注いでいる」と語る。
その一例としてあげたのが、watsonxである。
IBMは、2023年5月に、エンタープライズでの利用を前提とした生成AIとして、watsonxを発表。2023年7月には、watsonxを構成する3つのコンポーネントのうち、watsonx.aiと、watsonx.dataの2つのコンポーネントの一般提供を開始。2023年10月には、watsonx Code Assistant for Red Hat Ansible Lightspeedおよびwatsonx Code Assistant for Zの提供を開始。2023年12月には、最後のコンポーネントであるwatsonx. governanceの提供を開始した。
こうした迅速な市場投入の姿勢は、watsonxを軸とした「AIプラットフォーム」の領域だけでなく、IBMリサーチが取り組むマルチクラウドコンピュータのための「ハイブリッドクラウドプラットフォーム」、量子技術による「次世代コンピューティングプラットフォーム」、そして、IBMのハードウェアを支える「半導体技術プラットフォーム」といった別のプラットフォームでも同様だ。
こうしてみると、IBMリサーチが、基礎研究を技術開発だけを行う組織ではなく、市場への迅速な技術投入を前提とした組織であることがわかる。
半導体技術は最も重要な分野
IBMリサーチにとって、半導体技術は、最も多くの投資を行っている重要な分野になる。
ギルギルディレクターは、「IBMは、半導体分野において、長年に渡り、誇り高い歴史を築いてきた。そして、次世代トランジスタであるナノシートとチップレットを通じて、パッケージングの未来を実現し、半導体プラットフォームの限界を押し広げていくことになる」と切り出した。
IBMでは、世界初となる2nmノードのチップ開発技術を2021年に発表。7nmチップに比べると、性能は45%向上でき、性能が同じ場合には、75%のエネルギー効率向上が達成できるという。ここには、次世代トランジスタ技術であるナノシートを活用することになる。
さらに、IBMは、この半導体技術の開発を促進し、さらに量産するために、日本のRapidusと戦略的パートナーシップを発表している。このパートナーシップに基づき、現在、ニューヨーク州のIBMの施設には、100人以上のRapidusのエンジニアが勤務し、400人を超えるIBMのエンジニアと肩を並べて、作業を行っているという。
「この戦略的パートナーシップの目的は、2nm技術による最先端ロジックを製造する能力を、日本に持ち帰ることである。2022年12月に発表したこのパートナーシップのスピードと進展には大変満足している」とギルディレクターは語る。
2023年5月には、Rapidusの小池淳義社長などとともに、北海道千歳市を訪問。バンに乗って鼓舞を超えながら、まだ野原である場所に立ち、そこにRapidus のInnovative Integration for Manufacturing(IIM)が建設されることを思い描いたエピソードにも触れる。 「(撤退から)20年を経過してしまった高度なロジック製造をここで再開させ、復活させることは非常に難しいことである。だが、このコラボレーションは信じられないほど強力であり、建設のスピードとペース、コラボレーションの方法に刺激を受けている」と述べた。
一方で、Rapidus以外のパートナーシップについても触れる。
IBMでは、ニューヨーク州アルバニーを拠点に、20年以上にわたって、半導体分野における協業エコシステムを構築。ロジックとパッケージングを進化させるだけでなく、数年前にAIハードウェアセンターを設置。AIの未来に向けたアーキテクチャーを開発するための新しい方法を研究しているという。そのひとつが、エンタープライズAIの深層学習モデルの実行に特化して設計し、AIワークロードへの最適化を実現するSoCとなるAIU(Artificial Intelligence Unit)だ。GPUが持つ深層学習モデルのトレーニングや実装などには適していないという課題を解決するものになると位置づけている。また、これとは別に、エネルギー効率を大幅に向上させるためのテクノロジーも研究しているという。
量子コンピューティングも実用段階へ
量子技術については、具体的なロードマップを示しながら、すでに実用段階の量子コンピュータの提供を開始していることを改めて強調する。
2023年12月に、ニューヨークで開催したIBM Quantum Summit 2023では、世界最高性能の量子プロセッサとなるIBM Quantum Heronプロセッサを発表したほか、IBM初のモジュール式量子コンピュータ「IBM Quantum System Two」を発表。さらに、IBM Quantumの開発ロードマップを2033年まで拡張した。また、Qiskit 1.0およびQiskit Patternsを発表したことにも触れ、量子コンピュータ開発の民主化が進むことを示してみせた。
ギルディレクターは、「2016年5月以降、プログラミングのための新たな環境として量子が出現した。これを可能にしたのは、Qiskitであり、量子システムをクラウド上で利用できるようになった。いまは、世界中に開発コミュニティが存在し、量子コンピュータを科学的に活用するための第2段階に入ってきた。さらに、誤り訂正の軽減を可能にすることで、量子コンピューティングの可能性を最大限に発揮できるようになる」と発言。「過去5、6年は、量子コンピュータを使用して行われた実験の大部分は、20量子ビット未満のものであり、古典コンピュータでも行えるシミュレーションばかりであった。だが、127量子ビットのマシンとエラーを軽減する新しい技術を使用することで、従来のコンピュータでは効率的に実行できない計算を実行することを実証した。量子中心のスーパーコンピューティングを実現するための基盤となり、実用性の新時代に入ったことを象徴している」と述べた。
2033年までの量子ロードマップでは、世代を追うごとに、生成、実行できるゲート数が増加。より多くのエラー訂正を徐々に組み込み、2033年には、Blue Jayシステムとして、10億ゲートを実現。最終的には完全なエラー訂正を組み込んだ一連のシステムを構築することになるという。また、「完全にフォールトトレラントなマシンを大規模に構築するには2000万量子ビットのシステムが必要だったが、IBMはわずか10万量子ビッドで実現できる。これは、これまでのすべてのテクノロジーと比較して大きな違いになる」と位置づけた。
実は、今回発表した2033年までの量子ロードマップは、業界に大きなインパクトをもたらすものになるという。それは、ひとことでいえば、2033年には、量子コンピュータが完成形といえる段階に到達することを明示したものになっているからだ。IBMでは、「量子コンピュータであれば、こんな計算ができるのではないかといわれてきたことが、ロードマップ上では、2033年に実現する見通しであることが、初めて示された」と自信をみせる。
これまでに、IBMが発表した量子ロードマップは、定通りに進化を遂げてきた。その実績をもとに、IBMが、2033年に、量子コンピュータの完成形が誕生させ、そこから新たな進化を遂げることが示された点は、まさに大きな意味を持つといえる。
watsonxを軸にAIテクノロジーも推し進める
そして、最後に言及したのが、AIへの取り組みだ。
先に触れたように、watsonxは、わずかなデータ、わずかな時間でAIアプリケーションを構築できるwatsonx.aiと、データガバナンスやAIワークフローに最適化したデータストアであるwatsonx.data、責任ある、透明性が高い、説明可能なAIワークフローを実現するwatsonx. governanceの3つの主要コンポーネントで設計されており、これらが相互に連携している。さらに、OpenShift AIによって実現されるオープンアーキテクチャーをベースにしており、複数のパブリッククラウドで機能し、オンプレミスでも、エッジでも動作するようになっている。
「企業は、IBMの生成AIのスタックを活用して、データを最大限に活用できるようになる」と述べた。
今回の説明では、Graniteについて触れた。
Graniteは、watsonx.aiで利用可能な基盤モデルの新しいファミリーであり、様々なシステムインテグレータとも協力。開発者やカスタマーケアスペシャリスト、ITスペシャリストの生産性を向上させることができるという。
IBMのGraniteシリーズでは、IBMファウンデーションモデルファミリーの一部として、granite.8b.japaneseを発表。日本でサポートするすべてのユースケースに対応する日本語モデルのトレーニングが完了したことを明らかにした。1兆6000億トークンの高品質な英語、日本語、コードデータを学習したという。そのうち、日本語では5000億トークンを占めているという。
「日本語を学習したgranite.8b.japaneseは、elyza-7bと比較しても、最先端のパフォーマンスを提供することができる。しかも、これは初期のプレビューであり、今後1か月でさらに進化する。たとえば、公開したばかりのIBMの量子コンピューティングのロードマップに対しても、日本語で高い精度で回答し、他のオープンソースモデルの一般的な回答と比較しても正確に回答していることがわかる。最良のパブリックモデルと比較しても満足できるパフォーマンスである」と評価した。
さらに、新たにAI Allianceが発足したことについても説明した。
AI Allianceは、IBMとMetaが中心となり、AMDやインテル、オラクル、カリフォルニア大学バークレー校、イエール大学、NASA、CERNなどのほか、日本からは、ソニーグループ、ソフトバンク、東京大学、慶應義塾大学など、全世界50以上の企業や団体が参加して構築したグローバルパートナーシップであり、安全で責任あるAIの進歩に向けて、クリエイターや開発者、利用者などが協力することを目的にしている。
参加している企業や団体では、合計で年間800億ドル以上の研究開発費をAIに投資しており、100万人以上の従業員を雇用し、年間40万人以上の学生を教育しているという。
「AIのスキル開発、大学への研究投資支援、基盤モデルのテストやベンチマーク、検証の推進など、6つの分野での取り組みを行うことになる。健全なAI産業に不可欠な要素として、オープンイノベーションの支援を提唱していくことになる」などと述べた。
ギルディレクターは、IBMに勤務して、20年目を迎えたという。
「IBMは、これまで以上に、より集中し、より速く、よりオープンになっている。そのスピードは、これまでに目撃したことのない方法で、技術を商用化するという点にも生かされている。いま迎えているエキサイティングな時期において、ビット、ニューロン、量子ビットの融合によって、推進されるコンピューティングの新しい革命を目の当たりにすることができるだろう」と断言する。
IBMというと、ソリューション企業への脱却ばかりが注目されるが、実は、半導体、AI、量子という複数の最先端テクノロジーにおいて、重要な役割を担っている企業だ。そして、それらの最先端テクノロジーが融合することによって、コンピューティングの未来を実現することになる。だからこそ、IBMは、テクノロジーカンパニーとして、重要なプレーヤーの1社に位置づけられているのだ。