秋田県湯沢市の秋田エプソンは、インクジェットプリンタのヘッド生産や、ORIENT STARブランドの時計の生産などを行う拠点だ。2023年12月には、PrecisionCoreプリンドヘッドの後工程を行う10号棟を竣工。2024年1月から稼働させる。このほど、秋田エプソンを取材する機会を得た。秋田エプソンの様子をレポートする。
プリントヘッド生産能力を現在の3倍に
秋田エプソンの最寄駅は、JR奥羽本線の十文字駅だ。ここから車で約10分の湯沢工業団地のなかに秋田エプソンがある。
1986年6月に、オリエント時計の生産拠点である秋田オリエント精密として創業。現在の社員数は1002人。インクジェットプリンタヘッド部品の製造や、ドットプリントのヘッド生産、ORIENT STARブランドの時計完成品および時計の心臓部となるムーブメントといったウエアラブル機器の加工および組立に加え、精密金型および金冶工具の製造加工、合理化ラインや装置開発などの生産技術も持つ。
現在は、セイコーエプソンの100%子会社として、プリンタヘッド生産と時計のムーブメント生産が2大生産品目となっている。
敷地面積は8万7,620平方メートルで、東京ドームの1.9個分にあたる。
1号棟では、プリントヘッドの一部を生産しているほか、MONOZUKURI MUSEUMなどの展示室を設置している。その後、1991年に2号棟、2007年に3号棟、2014年には5号棟、2015年には6号棟を竣工。2016年10月にはインクジェットプリンタ用ヘッドの専門工場として7号棟を竣工し、同年11月に稼働。2022年7月からフル稼働している。2020年3月には、ウオッチ製造とともに保税倉庫の機能を持つ8号棟を竣工。このほど10号棟を竣工し、2024年1月から稼働。順次生産設備を増強することになる。2030年を目標にしている10号棟のフル稼働時には、秋田エプソンにおけるプリントヘッドの生産能力は、現在の3倍に拡大することになる。
なお、縁起を担いで4号棟と9号棟はない。
はじまりは機械式腕時計の生産
1986年6月に、秋田県湯沢市柳田で、腕時計用部品の生産を開始。1988年10月に、現在の湯沢市岩崎の湯沢工業団地内に本社工場を竣工。1989年4月からオリエント腕時計用向けムーブメント部品の生産、組立を開始。1990年にはセイコーエプソン腕時計用ムーブメントの生産、組立を開始した。現在もセイコーエプソンが生産している中価格帯腕時計の完成品や、ムーブメントの生産も行っている。
プリンタ部品の生産は、1994年3月から、エプソンのインパクトドットプリンタ(SIDM)用コイルの生産を開始したのが最初だ。1995年11月には、エプソンのインクジェットプリンタ用ヘッドの生産を開始。2002年からは、マイクロピエゾプリンタヘッドの生産を開始し、2008年6月には、独自に開発したプリンタヘッド向けのベルトレス合理化ライン完成して生産性を高めた。2014年にはμ-TFPヘッドの生産を開始。第2世代のマイクロピエゾの振動子は秋田エプソンが100%供給しているという。2016年11月に稼働した7号棟においては、インクジェットプリンタ用ヘッドの増産を開始し、PrecisionCore の後工程も担当。2017年3月からは、複合機に搭載するラインヘッド方式のPrecisionCoreインクジェットヘッドも生産している。
そのほか、2001年1月からは、エプソンの水晶振動子の生産を開始。2007年3月からはジャイロセンサー、2011年9月からはリスト装着型脈拍計、2012年8月には、GPSウオッチといったように、エプソン製品の生産を広げていった。2014年5月には、医療分野向けの電界攪拌装置「ヒスト・テックR-IHC」を独自に開発、生産、販売を開始した。セイコーエプソングループで医療分野におけるモノづくりをしているのは秋田エプソンだけであり、同製品は秋田県産業技術センター、秋田大学医学部との連携により開発。第8回ものづくり日本大賞 経済産業大臣賞を受賞している。
なお、2009年4月のセイコーエプソンによるオリエント時計の完全子会社化に伴い、社名を秋田エプソンに変更している。
技能五輪全国大会には、2015年から、秋田エプソンとして単独出場を開始。時計修理職種において金賞を受賞した実績などがあり、ここ数年は毎年入賞を続けているという。
モノを形にできるのは人の技能
秋田エプソンの平田潤社長は、製造拠点としての存在意義を次のように説明する。
「製造拠点では、モノを作ることで存在意義が表現できる。自動化や効率化の追求は当然だが、モノを形にできるのは人の技能である。ロボットやAIが発展しても、すべてをとってかわることはない。技能は生命線であり、自己研鑽を続けていくことになる」
先に触れたように、秋田エプソンの歴史は、時計のムーブメントからスタートしている。
これは、現在でも主力生産品目のひとつだが、メカ時計のムーブメント組立の場合、その精巧さから、依然として作業のロボット化ができず、人手で行っているのが現状だ。また、時計の時刻を正確に刻むための調整や修理も人手で行っている。そうした人手によるモノづくり文化が定着している秋田エプソンだからこそ、単に、自動化や効率化だけではなく、人の技量によるモノづくりを大切にする文化があるといえそうだ。
また、時計製造で培った精密部品の加工技術、組立技術のノウハウを、プリントヘッドの製造に生かしているという点も秋田エプソンの特徴のひとつだ。
平田社長は、2023年10月に、秋田エプソンの社長に就任したばかりだが、1988年10月に秋田オリエント精密(現・秋田エプソン)に入社し、それ以来、要素製造部長や生産技術部長など経て、秋田エプソン一筋で務めあげてきたプロパーである。秋田エプソンの強みを最もよく知る人物だといえる。
また、平田社長は、「秋田エプソンは、前身の秋田オリエント精密時代に、オリエント時計が経営難に陥ったことがあった。その危機を乗り切った経験からも、『5年後、10年後は大丈夫なのか』という危機感を持ち、経営をしていきたい」と述べる。強みとともに、弱みや課題も知り尽くしている人物であり、その経験が経営にも表れることになる。
秋田エプソンの強みは、いくつかに集約される。
ひとつめは、FAロボット技術を駆使した完全自動化組立ラインの構築である。
エプソン製ロボットなどを採用することで、プリントヘッド生産ライン、時計製造ラインに自動化組立ラインを構築。海外の生産拠点に比べると、生産性は4.3倍に達しており、同時に、高いレベルの品質維持と管理能力を誇る。さらに、設備保全管理や高効率稼働においても実績を持つ。
2つめは、技術面での強みだ。ロボット組立技術では、1軸から6軸までのアームロボットや、ロボットによる搬送システムを導入。生産性を高めている。組立ラインでは、エプソン製アームロボットの可搬性の高さを生かして、ロボット本体が移動して、作業を行う仕組みも導入。それにより、ベルトで部品を移動させるよりも塵埃が少なくて済むという。最新の10号棟でもこの仕組みを導入する予定であり、改善によって、7号棟のロボットよりも、移動距離が短くて済むようにしているという。また、アライメント技術にも優れており、高い精度で、PrecisionCoreプリントチップ、固定プレート、基板などを組み合わせることができる。さらに、画像技術を活用することにより、接着剤塗布軌跡や熱カシメ、印字検査なども行い、生産ラインのなかで品質を作り込んでいる。
金型製造技術も特徴のひとつだ。秋田エプソン社内で金型の設計から製造までを行っており、高い精度の金型が、部品製造の品質を高めている。精度の高い金型、治具、ロボットの組み合わせは、秋田エプソンの大きな強みのひとつだといえる。
そして、3つめが、部品製造から組立までの一貫生産によるグループトップのQCDを実現している点だ。品質では先行品質確認による品質異常の早期検出や改善を実施。コストでは事業部と連携したコストダウン活動を展開。デリバリーでは、国内一貫生産化による輸送リードタイムの短縮を実現している。
これらの強みが、平田社長の手腕によって維持され、次の成長へとつなげることができるかが注目される。
平田社長は、「秋田エプソンは、高い技術力を持つ生産拠点として国内の研究開発拠点と密接に連携し、基幹部品の生産を通じて得られる先端の生産技術およびノウハウを、エプソンの海外生産拠点にも展開し、エプソングループの総合的なものづくり力の向上を極める」と意気込みを語る。
プリントヘッド生産の後工程を担う7号棟の深部
今回の取材では、7号棟を見学することができた。
7号棟は、インクジェットプリンタ用ヘッド生産の後工程などを行っている。
PrecisionCoreの前工程では、アクチュエータプレートやインクチャネルプレート、ノズルプレートの3枚のチップを生産し、これらを張り合わせる作業であり、半導体生産のMEMS技術が使用されている。現在、広丘事業所9号館および諏訪南事業所で行われている。この前工程で完成したプリントチップに、基板や部品、ケースを組み合わせてプリントヘッドとして完成させるのが後工程となる。この工程は秋田エプソンと、山形県酒田市の東北エプソンで行われている。後工程によってプリンタヘッドが完成すると、海外の製造拠点でプリンタ本体や複合機などに搭載し、最終製品の組立が行われる。
秋田エプソンの7号棟の総面積は約3,466平方メートルで、クリームルームエリアが2,631平方メートル、それ以外のエリアが835平方メートルとなっている。
1階では、プリントヘッドに使用する部品の生産を行っており、プラスチック成型工程や金属部品ラップ工程、大型プレス加工エリア、金型保全エリアなどがある。
成形部品製造部門では、射出成型機が28台、50tプレス機が18台、80tプレス機が10台設置され、プラスチック成型により40部品を生産。樹脂成形、寸法測定、外観検査、流路部の洗浄の工程を経て、組立工程に供給する。
また、金属部品製造部門では、2台の100tプレス機や、150t、200tのプレス機を用いて、プレス鍛造加工を行っている。金属プレス加工は全部で16部品を製造しているという。加工した部品は洗浄後、組立工程に供給される。
いずれも、長年の時計製造で培った加工技術をベースに、自社製造の金型を使用した金属部品加工や樹脂部品の成型が可能である点が特徴だ。
金型保全については、2021年4月に、生産技術部門から、成型部品製造部門に業務を移管。製造現場と一体になったスピード感を持った生産を実現し、改善活動を加速しているという。24時間体制で、59台のプラスチック成型金型と、75台の金属プレス金型および鍛造金型を修理できる体制を整えており、これが止まらない工程と、高い品質の維持の両立につながっている。
2階および3階の組立ラインでは、大容量エコタンクインク向け、ラベルプリンタ向け、ラインヘッド方式プリンタヘッドを生産。それぞれに専用の組立ラインが用意されており、製品のライフサイクルや生産量に応じてオートラインとセミオートラインを使い分けている。装置設計は、生産量の増加にあわせてオートラインとして稼働できるようにしている点も特徴だ。
組立ラインは、前工程で生産されたアクチュエータとICなどをCoF(Chip On Film)実装する「アクチュエータの実装」、アクチュエータユニットとプレートを接着し、ホルダヘッドと基板を接着する「ホルダ組立」、サブパーツやフィルタと、流路中間、針カートリッジを接着する「フィルタ組立」、ホルダとフィルタを組み立てる「ヘッド組立」、すべてのノズルを全量チェックし、電気特性を検査する「印字検査」の5つの工程を経て、シリアルヘッドおよびラインヘッドを完成させる。
ここでは、秋田エプソンが自社開発した完全自動化ロボットによるヘッド組立ラインが稼働。エプソン製のスカラロボット、天吊りロボット、6軸ロボットを最適な場所に配置して高効率化を実現しているほか、Vision Guideなどにより、ロボットと画像検査装置を組み合わせて、アライメント組立や検査工程を自動化。ロボットの配置や動きを見直すことで改善を続けており、スペースのコンパクト化やサイクルを向上させ、生産性を高めているという。省人化することで安定的な稼働を実現しており、海外生産拠点における需給にも柔軟に対応できるようにしている。
生産されたプリントへッドは、海外の組立拠点に配送され、家庭用プリンタやビジネス用プリンタ、商業用プリンタにそれぞれ搭載されることになる。
竣工したばかりの10号棟の現在、フル稼働は2030年
一方、2023年12月に竣工した10号棟は、現時点では、生産設備はひとつも入っていないが、今後、大容量インクタンク搭載プリンタおよびビジネスインクジェットプリンタ用ヘッドの後工程を行うことになり、順次生産設備を増強。同じくプリントヘッドの生産を行う7号棟と比較して30%以上の生産性向上を実現する計画だ。
10号棟の建築面積は約3,664平方メートルで、延床面積は約1万602平方メートル。鉄骨造3階建てとなっている。
1階では組立に使用する部品を樹脂成形し、クリーンルームのなかで組立ラインに供給することになる。組立工程で使用する樹脂成形部品はすべてここで生産するという。3つのエリアに分割し、それぞれにホイストクレーンを設置。金型の交換を手早く実施することができるようにした。従来の7号棟では、門型クレーンとしていたため、大型クレーンを移動させるために手間がかかっていたものが解消されたり、クレーンを移動させる床スペースが不要になるため、射出成型機を効率的に設置できたりといったメリットがある。
2階と3階は、組立を行うエリアとなっている。エリア全体としては、クラス10000レベルのクリーンルームの規格としているが、実力値ではクラス1000以下の水準にあり、とくに作業エリアでは局所的にレベル100以下の高い水準を実現することになるという。このエリアで勤務する社員はすべて、2階の更衣室でクリーンウェアに着替えて、エアーシャワーを通って入室。3階で勤務する社員も、2階から入り、クリームルーム内の階段で3階にあがる仕組みだ。7号棟では、各フロアに更衣室やエアーシャワーを用意していたが、これを1カ所に集中することで、効率化と管理性を向上させることができるとしている。
2階と3階では異なるヘッドを組み立てることになり、3階の場合には、最終的には4ラインを稼働させる計画だ。1フロアあたり、10数人でオペレーションし、ロボットを活用した自動化を進めることになる。ここでは、7号棟で行っていた手作業を、自動化によってインライン化。さらに架台による作業などによって、効率を高めることができるという。
これらの組立設備のフル稼働は、2030年頃を目指しており、秋田エプソンのプリントヘッド生産能力は、現在の3倍になる予定だ。
また秋田エプソンでは、構内に2つの展示室を設置している。
ひとつは、秋田エプソンの歴史を振り返ることができる展示室であり、もうひとつは、オリエント時計の歴史を振り返る「MONOZUKURI MUSEUM」だ。この2つの展示室の様子を写真で紹介する。