シャープが、エッジAIと定義する「CE-LLM(Communication Edge-Large Language Model)」を発表した。シャープ 常務執行役員 CTO兼R&D担当の種谷元隆氏は、「エッジAIが、シャープが取り組む生成AIになる」と位置づけ、「日本発のエッジAIのプラットフォームとして、多くのスタートアップ企業などに活用してもらえる環境を作る。シャープはエッジAIの分野においてリーダーの存在を目指す」と意気込む。CE-LLM では、すでに5社のスタートアップ企業との協業も発表した。CE-LLMによるシャープのエッジAI戦略を追った。

  • シャープの生成AI戦略、「エッジAI」フォーカスで狙う優位

    シャープ 常務執行役員 CTO兼R&D担当の種谷元隆氏

シャープは、これまでにAIoT家電を推進し、家電のAI化を進めてきた経緯がある。

家電がクラウドに接続して、使う人の暮らしを学習し、外部のデータとも組み合わせて自動的に制御するほか、最適な利用方法を提案。それらを音声によって通知するといった機能を搭載している。

たとえば、エアコンは、起床時間や帰宅時間を学習して、生活パターンをもとにちょうどいい時間に快適な室温に制御。運転履歴をもとに、節電につながる情報を提案することができる。ウォーターオーブンのヘルシオでは、調理履歴をもとに、家族の好みを理解しながら、夕飯の献立相談に乗ってくれる。空気清浄機では住んでいる地域の花粉情報などをもとに、AIが分析して、風量を強くした花粉運転に自動的に切り替えるといったことを行っている。

2012年にAIoT家電のルーツとなるAI「ココロエンジン」を搭載したロボット掃除機を発売。2016年にはAIoT機能を搭載した冷蔵庫を発売し、これまでに、12カテゴリーにおいて、877機種のAIoT家電が販売されており、数100万台がネットワークに接続されている。

購入したあとも進化する家電としてシャープのAIoT家電は高く評価されており、国内で最もネットワーク接続率が高い家電メーカーだといえる。

今回発表した「CE-LLM」は、生成AIで用いられる大規模言語モデルを、エッジで活用することを目指したAIであり、プラットフォームとして利用する環境も構築することになる。

シャープ 常務執行役員 CTO兼R&D担当の種谷元隆氏は、「CE-LLMは、ネットワークを介すことなく、それぞれの端末のなかで、様々な処理を行うため、リアルタイム性が高まり、より自然なコミュニケーションを実現する」と語る。

たとえば、これまでの家電の音声でのコントロールは、エアコンに対して、「温度を1℃上げて」といった具体的な指示を出す必要があったが、CE-LLMでは、「ちょっと寒い」というだけで、その人の好みを学習して、最適な温度に変更してくれるようになるという。

生成AIが、その場で、リアルタイムで判断して回答をしてくれるのが最大の特徴であり、ネットワークを介さないため、質問に対して、高速で、安全に回答することができる。また、エッジAIでは回答できない内容は、クラウドAIに問い合わせて、最適な情報を得ることもできる。

シャープは、2023年11月10日~12日まで、同社初の技術展示会「SHARP Tech-Day」を開催するが、ここで、CE-LLMを初めて一般公開する予定だ。

  • 2023年11月10日~12日まで、技術展示会「SHARP Tech-Day」を開催。展示では、首にかけて、音楽を聴いたり、音声で操作できたりする「サウンドパートナー」を用いて、ヘルシオホットクックのコントロールを実現する様子をデモストレーションする予定だ

展示では、首にかけて、音楽を聴いたり、音声で操作できたりする「サウンドパートナー」を用いて、ヘルシオホットクックのコントロールを実現する様子をデモストレーションする予定で、ホットクックの電源が入らないというシーンを想定して、サウンドパートナーから問いかけると、電源が入らない理由をあげてくれる。「開発の状況を聞くと、昨日よりも今日の方が改善されており、日々進化している」と自信をみせる。展示では「AIパートナー」の名称を使用することになるという。

  • ホットクックの電源が入らないというシーンを想定して、サウンドパートナーから問いかけると、電源が入らない理由をあげてくれる

シャープでは、AIoTの商標を登録していたように、CE-LLMもすでに商標を登録している。その点でも、同社がCE-LLMを、AIoTと並ぶような重要な取り組みのひとつに位置づけていることがわかる。

シャープ 常務執行役員 CTO兼R&D担当の種谷元隆氏は、「CE-LLMは、シャープのあらゆる事業に関係するコア技術であり、シャープが持つ事業を進化させたり、さらに成長させたりするためには必要不可欠な技術だと認識している。シャープの様々なところに、息を吹き込んでいける技術」と語る。

種谷CTOは、CE-LLMによって実現するエッジAIを、人の身体に例えて説明する。

人の脳は、記憶などをつかさどる知能としての役割を果たす大脳と、本能に近い役割を果たす大脳辺縁系で構成する。それらが神経でつながり、目で見たり、鼻でにおいをかんだり、手足を動かしたりする。

AIの構造もこれと同じで、大脳の部分は、GPT-4をはじめとするLLMのように、クラウドで提供される生成AIが当てはまり、ネットワークでつながり、人に答えを返したり、クルマやドローン、ロボットなどをコントロールしたりする。

これに対して、本能をつかさどり、リアルタイムで危険を回避するといった大脳辺縁系のような動きをするのが、エッジAIだ。ネットワークを介すことなく、それぞれの端末の中で様々な処理を行い、リアルタイム性が高まり、より自然なコミュニケーションが実現する。クラウドAIに比べて、消費電力が圧倒的に少ないという点も見逃せない要素のひとつになる。

「エッジAIは、利用者の身近にあり、瞬時に回答し、一人ひとりに寄り添うことができるAIになる」とする。

  • CE-LLMによって実現するエッジAIを、人の身体に例えて説明

エッジAIのポイントとして、さらに3つの特徴をあげる。

ひとつめは、人間の大脳と大脳辺縁系はどちらも個人のものであるが、AIになった場合には、その点が同じとはいえない点に起因するものだ。

「人間の大脳と、クラウドで提供されるAIとの大きな違いは、個人のものであるのか、パブリックで利用されるものであるのかという点。生成AIでは、学習に活用するデータが、個人情報であったり、企業の機密情報に関わるものであったりする場合、これが漏洩するリスクが指摘されている」としながら、「エッジAIは、ネットワークに接続されていないため、大脳や大脳辺縁系と同じく、個人が所有する状況がつくれる。たとえば、エッジAIは、個人の話し方の特徴なども学習して、それに最適な反応ができるようになるが、そのデータが外部に流出することがない」と説明する。

2つめは、エッジAIが処理できる能力は、クラウドAIに比べると格段に小さいが、個人や企業が利用する上で、必要最小限の機能はしっかりと押さえている点だ。

ここでも種谷CTOは、たとえ話をする。

「生物の脳にたとえた場合、クラウドAIは人の脳ぐらいの能力があるとすれば、エッジAIの脳は、蛇ぐらいの知能に留まる。だが、蛇の脳は、蛇として生きるためには十分な知恵を持っているように、エッジAIは、そこに必要な知能を持つことができるだろう。また、テクノロジーの世界はダウンサイジングが進展していくことが前提となっており、これまで以上に早いスビードで、蛇の脳からカエルの脳になり、サルの脳になるといった進化ができるようになる」

今回のSHARP Tech-Dayで行われるデモストレーションでは、サウンドパートナーやヘルシオホットクックに搭載されているCPU性能には限界があるため、まさに蛇のような脳の役割しか果たさないといえそうだ。だが、個人が所有しているスマホやPCなど、高性能CPUを搭載しているデバイスの力を借りたり、CPUの進化によって処理能力が高まったりすることで、エッジAIの能力は高まることになる。現在を起点に、エッジAIの高性能化がより図られるようになるのは明らかだ。

また、ここでは、クラウドAIとの連携も行うことも強調する。

「エッジAIでわからないことやできないことがあれば、その部分はクラウドAIを利用することができる。クラウドAIとエッジAIを切り替えて利用できるほか、将来的には、エッジAIが、最適なクラウドAIを探して、どこにつなげて、なにを聞けばいいのかということを制御するエージェントの役割を果たすこともできるだろう。エッジAIからクラウドAIをコントロールするといった関係性が生まれる可能がある」と語る。

3つめは、エッジAIは、LLMの入れ替えが可能であり、ニーズにあわせた変更が容易であるという点だ。変化に適用しやすく、ユーザーのマインド変化にあわせたり、パートナーの業態によって、エッジAIを変更したりといったことが可能になる。

「今日は蛇の脳だが、明日はカエルの脳に変えられる」と、種谷CTOは比喩する。

これは、シャープ自らが、CE-LLMのAPIを公開するなど、プラットフォームとして展開する方針を示しているからこそ実現するものだといえる。

シャープでは、開発したCE-LLMの仕様を公開し、組み合わせ可能な技術を持つスタートアップ企業各社との連携も進めていく考えであり、様々なアプリケーションを支えるためのエッジLLMが、様々な企業から数多く登場したり、機能やUIを追加したりといったことが可能になり、これらをCE-LLMのプラットフォーム上から選択できる仕組みを提案するという。

  • 組み合わせ可能な技術を持つスタートアップ企業各社との連携も進めていく考え

実際、シャープでは、すでに、miibo、デジタルヒューマン、a42x、Gatebox、ICOMAのスタートアップ企業5社との連携を発表。これらの成果は、SHARP Tech-Dayで一般公開されることになる。

Miiboでは、同社が手掛ける会話型AI構築プラットフォーム「miibo」と、CE-LLMを連携。人に寄り添う会話型AIの構築を目指す。また、デジタルヒューマンでは、この会話型AI構築プラットフォームのフロントエンドにリアルAIアバターを提供。人間とAIの自然なコミュニケーションを実現するという。展示会場ではAIアバターとして、CE-LLM技術を搭載したバーチャル説明員が会場の展示内容を紹介するデモストレーションを行う。

  • AIアバターのイメージ

a42xは、マイナウォレットの認証認可基盤技術を用いた利用者識別システムの共同開発を進め、CE-LLMと連携して、本人確認やユーザーが保有するNFTに基づいた操作許可などを行うという。

また、Gateboxとは、AIoT家電と連携し、キャラクターを使用したコミュニケーションを実現。キャラクターに話しかけて、家電や住宅設備の制御を可能にするという。

ICOMAとは、同社が発売しているカメラ搭載バイク「タタメルバイク」で、CE-LLMと連携。走行中の映像を自宅で表示したり、サウンドパートナーを介して近くのお店の情報や、役立つ情報を音声で知らせたりするという。

シャープの種谷CTOは、「エッジAIは1社でやるには限界がある。様々な企業とタッグを組み、様々な出口を模索していきたい」と語る。

まずは、家電の領域でエッジAIを利用することが中心になりそうだが、スタートアップ企業との連携では、家電には留まらない範囲にも展開していくことは明らかだ。

「CE-LLMのようなプラットフォームが家庭内にあったときに、シャープの家電や他社の家電、あるいは家電以外のハードウェアが、これを利用して、どんなことができるのか、CE-LLMが業界横断で活用されると、どんなことが起こるのか。こうした可能性を、多くの企業と一緒になって模索していく」とする。

CE-LLMは、現時点では、概念ができ、ようやくプロトタイプが完成した段階にある。だが、それにも関わらず、エッジAIの方針を明確化し、CE-LLMの概要とともに、スタートアップ企業との連携を発表したのは、シャープが、この分野のスピードの速さを捉えていることに加え、オープンイノベーションが重要であることを理解していることの証左ともいえる。その上での判断だといえるだろう。そして、白物家電やテレビ、スマホといった顧客との接点を持ち、AIoT家電を通じて家電のネットワーク化では先行しているシャープの優位性を生かすことができる領域がエッジAIと判断した点も見逃せない。

種谷CTOは、「技術変化が激しく、多くの投資が必要となり、ターゲットが刻々と変わる生成AIの分野において、シャープが持つリソースでどう戦うべきか、どう協業を広げるか、どうお客様に提案していくのか、といったことを考えた場合、エッジAIにフォーカスすることがいいと判断した」とし、「シャープは、プラットフォームの番人としての役割を果たしながら、様々な業界の人たちが、CE-LLMを使ってビジネスができるような仕組みを提供していきたい。それによって、シャープは、エッジAIにおいて、リーダーとしての存在を目指す」と語る。

エッジAIにフォーカスを定めたシャープの生成AI戦略が、本格的にスタートしたといえる。AIoTで実績を持つシャープにとって、そこにフォーカスしたことは最適な判断だといえるだろう。

Sharp Tech-Dayが、シャープのエッジAI戦略の起点であったと、あとから振り返ることができるような事業成長を遂げることを期待したい。