キヤノングループ最大のイベントである「Canon EXPO 2023」の開催に先立ち、10月17日午後3時から、キヤノン 代表取締役会長兼社長 CEOの御手洗冨士夫氏による基調講演が、東京・有楽町の東京国際フォーラムで行われた。
Canon EXPO 2023は、2000年から、5年に一度のペースで開催されており、当初は2020年に開催が予定されていた。だが、コロナ禍により開催を延期。今回が、2015年以来、実に8年ぶりの開催となった。
「キヤノンが拓く未来~イノベーションの飽くなき追求~」と題したキヤノンの御手洗会長兼社長CEOによる基調講演は、前半は、世界情勢や経済環境の変化について言及。「2023年は世界大転換の年になる」と前置きしながら、「世界平和の維持」、「グローバリゼーションの再構築」、「資本主義のあり方」、「ウェルビーイングの実現」の4点が、企業経営の観点から、重要なキーワードになると切り出した。
「想定しなかったパンデミックと、ロシアによるウクライナ侵攻という不測の事態が発生した。世界中がパンデミックとなったのは1918年のスペイン風邪以来である。また、ロシアによる侵攻は第2次世界大戦を彷彿とさせる。どちらも100年前の出来事の繰り返しであり、世界は100年前に戻ったと見る人もいる。だが、100年前はなぜスペイン風邪が流行したのかがわからなかったが、コロナ禍ではウイルスが速やかに特定され、ワクチンが作られた。ウクライナ侵攻では西側諸国が結束してウクライナを支援し、戦争を止めようとしている。歴史は繰り返しているように見えながらも、人類は確実に進歩している」と指摘した。
また、「日本のGDPは、着実に増大し、600兆円の大台に乗るだろう。企業収益は過去最大の水準にあり、株価も高い水準にある。2023年は、日本経済がデフレから完全脱却し、力強い成長を遂げるための正念場になる。Canon EXPOは3年遅れの開催となったが、そうしたタイミングで、生まれ変わったキヤノンを見せることができることは意義深い」などと語った。
ここでは、AIの動きについても触れた。
「キヤノンは86年前の創業以来、それぞれの時代で生まれた最先端の技術を取り入れて製品を作り、社会に新たな価値を提供し、成長を続けてきた。先端技術の活用はキヤノンにとって、最も重要な生命線である」と前置きし、「近年、人々の生活を一変するような新たなテクノロジーが次々と登場しているが、最も象徴的な事例がChatGPTなどの生成AIである。AIが人間の仕事の大半を奪うという声もある。だが、私はそうはならないと考えている。なにが正しいかを考えて、それを判断するのは人間である。人間がいかにAIを利活用するかが、重要なことである。AIの進化によって、人間は人間にしかできないクリエイティブな仕事に集中できる」と語った。また、「AIは、今後、多くの新たな技術を生み出す可能性がある。そして、AIの爆発的な進化を支えるのが、膨大な良質なデータである。キヤノンは、映像データをはじめとして、創業以来、ビッグデータを価値化し、社会に実装してきたモノづくり企業である」と、AI時代においても重要なプレイヤーであることを強調した。
一方、後半では、キヤノンが2021年からスタートした「グローバル優良企業グループ構想フェーズVI」にあわせて再編した「プリンティング」、「イメージング」、「メディカル」、「インダストリアル」の4つのビジネスユニットの観点から取り組みを説明した。
御手洗会長兼社長 CEOは、「キヤノンは、カメラやプリンタの会社だと言われてきた。前回、Canon EXPOを開催した8年前は確かにそうだった。しかし、デジタル時代に対応し、AIの加速度的な進化を見据え、新たな事業をM&Aにより獲得し、事業ポートフォリオを大幅に入れ替えてきた。この力を最大限に生かすために、事業部やグループ会社を4つのビジネスユニットに再編した。それぞれが将来技術の開発を進め、連携をしながら、会社全体の事業拡大を推進してきた」と、再編の狙いを改めて示した。
プリンティングでは、キヤノンが持つ電子写真とインクジェットの2大技術を軸に、豊富なラインアップを揃え、多様化するプリントニーズに対応してきたことを強調しながら、「最近では、リモートワークの広がりもあり、場所を問わずに印刷したいというニーズが高まっている。それにあわせて、自宅やオフィスなど、働く場所に捉われずに、すぐに、きれいに、安全にプリントアウトする環境を構築してきた」と語った。
また、最も注力している分野として、アナログからデジタルへのシフトが進む商業印刷と、ラベルやパッケージの需要が高まる産業印刷をあげ、2022年には英イーデールを買収し、産業印刷での販路拡大を進めていることを紹介した。
「ペーパーレス化が進んでいるが、人が情報を五感で捉え、深く理解し、知を育むクリエイティブな行為には、印刷物が不可欠である。プリンティング技術をデジタル社会において、極めていくことがキヤノンの使命である」と語った。
イメージングでは、カメラと映像をリードしてきたキヤノンの光学技術と、AIなどのデジタル技術の組み合わせによって、製品やソリューションに大きな広がりが出ていることを示した。具体的には、映像管理や映像解析のソフトウェアの領域を強化し、トータルソリューションを提供する体制へと事業を拡大。臨場感と没入感を極めたVRやMR、AR、ボリュメトリックビデオなどにより、新たな映像表現の可能性を広げながら、新市場を開拓しることを紹介した。「キヤノンは、社会問題の解決を図るとともに、社会のDXにも貢献している。世界ナンバーワンカメラメーカーの矜持を持ち、今後も高性能、高品質な製品展開を進めていく」と語った。
ここで、御手洗会長兼社長 CEOは、イメージングの将来を担うキーデバイスのひとつとして、キヤノンの半導体をあげた。
同社では、先ごろ、世界最高画素数の約320万画素11.0型SPAD(Single Photon Avalanche Diode)センサーを搭載したレンズ交換式超高感度カメラ「MS-500」を発売した。夜間でも、数km先の被写体をカラーで鮮明に捉えることができ、夜間の監視や沿岸警備、遠方監視などができるという。さらに、「SPADは、高速で動くものを捉えることができる特徴を持つ。自動運転や医療用画像診断装置など、幅広い分野への応用ができる。安心、安全、快適に過ごせる社会の実現を幅広く支えることができる」と述べた。
メディカルでは、2016年に東芝メディカルシステムズを買収してから7年を経過していることに触れながら、「キヤノンが持つ高度な光学技術や生産技術との融合により、さらに事業が強化され、キヤノンの中核事業に育っている」と位置づけ、「高齢化を背景に、健康増進や疾病予防のニーズが高まっている。だが、高度な医療の実現は、画像診断なしでは考えられない。キヤノンは、CTやMRIを通じて、病気の早期発見に貢献する」と語った。
また、グローバル展開を加速する姿勢を明確に示し、カナダのレドレン・テクノロジーズの買収により、低被ばくで、患者の負担が少なく、体内を鮮明に映し出すことができる次世代CTの実用化を推進。国立がん研究センターと共同研究に取り組んでいることを紹介。さらに、米国に新会社「Canon Healthcare USA, INC.」を設立し、グローバルでのメディカル事業の強化を図ること、再生医療においては、京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥所長と共同研究も進めていることも紹介した。
インダストリアルでは、半導体露光装置やフラットパネルディスプレイ露光装置、有機ELディスプレイ製造装置などの産業機器事業を推進している。
御手洗会長兼社長 CEOは、「製造装置の需要も多様化している。半導体は人類にとって不可欠なものであり、半導体の安定供給に貢献することは、キヤノンにとって重要な役割である。半導体製造装置などを生産する宇都宮事業所に新工場を建設し、2025年から稼働させ、生産力を大幅に強化する」と述べた。
さらに、「回路パターンの微細化を次のステージに進めるために、ナノインプリントという新技術を開発した。製造工程がシンプルになり、消費電力も少なく、コスト削減ができる。先端半導体の生産において、ゲームチェンジャーになる可能性を秘めている。技術開発を進めるとともに、半導体デバイスメーカーと協力し、アプリケーションの拡大に向けた活動を進める」と語った。
また、御手洗会長兼社長 CEOは、次世代の事業構築に向けて、オープンイノベーションを推進するための環境を整え、いままでにない規模で本格的な展開を開始したこと、地球環境保全に向けた活動を強化していることなどにも触れた。
「人類が未来を作る上で、解決しなければならない大きな宿題が、地球環境保全である。 地球温暖化や異常気象、海洋汚染の状況を見れば、地球が限界に近づいていることは明らかである。循環型経済の構築も急がなくてはならない」とした。
キヤノンでは。1990年からリサイクルに積極的に取り組み、CO2排出量ネットゼロに向けた活動も開始している。また、独自のシミュレーション技術を活用し、試作せずに設計を行うモノづくりのデジタル化も進めている。「キヤノンは、モノづくり企業の責務としてモノづくりそのものをイノベーションすることにも挑戦している。地球環境に負荷をかけないための努力をしている」と述べた。
最後に、御手洗会長兼社長 CEOは、「キヤノンは、1988年に企業理念として、『共生』を掲げた。ここには、すべての人々が文化や習慣などのあらゆる違いを超えて、幸せに暮らせる社会を構築し、かけがえのない地球環境を子供たちに残すという意味がある。変化は進化であり、変身は前進である。経営者として、リスクを取るべきか、否かは常に悩み続けてきた。しかし、経営とは難しい判断の繰り返しであるが、社会の変化に先んじて前に進まなくては、新たな時代は拓けない。時代のニーズに応え、技術で貢献していくために、キヤノンは、時代の先端分野にいる企業であり続ける」と宣言して講演を締めくくった。
8年ぶりのCanon Expoの基調講演に登壇した御手洗会長兼社長 CEOは、キヤノンの明確な変化を示してみせた。