PwC Japanグループは、「2023年AI予測調査日本版」について発表。この1年の間に、米国企業に比べて、日本企業のAI活用に大きな遅れが生まれたことを指摘し、「挽回のカギは生成AIにある」と位置づけた。
AI予測調査は、米国では2018年から、日本では2020年から毎年実施しているもので、企業のAI活用状況と優先課題についてまとめている。実施したのは2023年3月で、国内では売上高500億円以上の企業の部長職以上を対象に、331人からの有効回答を得ている。また、米国では売上高5億ドル以上の企業の幹部を対象に、1,014人から回答を得た。
昨年の調査では、日本企業でのAI活用が大きく進展し、米国に匹敵する状況となったが、今年の調査では日本企業のAI活用に進展が見られず、再び米国に離される結果となっている。
調査結果によると、日本でAIを導入済みとした企業は50%となり、対象パネルが変更したこともあり、前年調査から3ポイント減少。これに対して、米国では前年の55%から、17ポイント増加して72%にまで一気に拡大。AI未導入企業は、米国では12%であるのに対して、日本では35%と約3分の1を占めている。
さらに、他社とのデータ連携では、実施しているとの回答は日本が21%に対して、米国では60%、外部データを意思決定にフル活用している企業は、日本では15%に対して、米国では44%となった。また、非財務情報をAIで分析する企業は日本では8%に留まっているのに対して、米国では56%と過半数に達しており、大きな差が出た。
PwC Japanグループ データ&アナリティクス リーダー/AI Labリーダー兼PwCコンサルティング 上席執行役員 パートナーの藤川琢哉氏は、「この1年間は、日本のAI活用には進展が見られていない。背景として、2022年のコロナ政策の違いが影響しているとの仮説を立てている」とし、日本では緩やかな行動制限が続いたのに対して、米国ではロックダウン解除で早期経済回復を推進。これが経済活動の回復と、それに伴うAIへの投資の再加速を促し、AI利用が進展したと分析。「自社のデータを使っただけでは閉塞感があるAI活用に留まってしまう。他社とのデータ流通、外部データ活用によって新たなユースケースが広がることになる。また、非財務情報は様々な用途で利用でき、企業価値に与える影響を相関分析したり、非財務分野への投資による企業価値を長期的にシミュレーションしたりといった場面でも、AIを活用できる。将来的な企業価値向上につながる非財務情報の領域にもAI投資を行うべきである」とした。
また、日本では、AI投資に対するビジネス効果が生まれていない点も課題として指摘した。
調査では、AI投資に対してROIを得ていると回答した企業を項目別に見てみると、「より良い顧客体験の創出」では、日本の28%に対して米国は58%、「より効率的な業務運営と生産性の向上」では日本の26%に対して米国は58%、「社内の意思決定の改善」では日本の20%に対して米国は54%など、米国では7つの項目で50%以上の企業がROIを得ていると回答したのに対して、日本はすべてにおいて20%台に留まった。
ビジネス効果を得られない理由として、日本の企業では、AIモデルの性能低下で悩むケースが43%と多く、「稼働後のAIモデルの性能が著しく低下し、想定したビジネス効果が出なかったという日本の企業が多いのに対して、米国では稼働後のAIモデルの性能が安定しており、想定したビジネス効果が出ているとの回答が61%を占めている。米国では導入したAIモデルを常に監視し、メンテナンスを行っている。日本では、AIの運用を支援するプロセスであるMLOpsの整備の遅れが原因ではないか」と指摘した。
また、日本の企業では、AIの最優先課題として、リスクの管理と回答した企業が、前年調査では6%だったものが、今回の調査では33%に増加。「日本の企業が、AIのリスクに対する課題を認識しはじめたともいえるが、それがAI活用に対してはブレーキとなっている。しかも、AIのリスクに対するガバナンス施策は日本では遅れが目立つ。最近になってリスクに気がついた段階であり、ガバナンス施策の導入は道半ばの状況にある」と語った。
これらの状況を捉えて藤川氏は、「日本は、AIによるビジネス効果が思うように出ていない。そのため、AIへのさらなる投資に踏み切れなくなっている。また、AIリスクへの関心が高まったが、十分に対策ができていないことがAI活用のブレーキになっている。その一方で、米国では、ビジネス効果が出ており、リスク対策もできており、安心してAIに投資ができる状況が整い、AI活用が一層進んでいる」と総括。「AIは、作っただけでは価値がでず、モデルは常にメンテナンスをすることが必要であり、それがAIの価値を最大化することにつながる。MLOpsの整備を通じて、AIによるビジネス効果を継続的に創出できる基盤を構築しなくてはならない。また、AIガバナンスの取り組みに積極的に投資を行い、安心してAI活用できる環境を作ることが重要である。これが、結果として、AI人材の獲得や企業イメージの向上にもつながる。AIガバナンスは、AI活用を進める『攻めのドライバー』と捉え、戦略的に推進すべきだ」と提言した。
一方、生成AIに関する動向についても触れた。
調査によると、生成AIを利用中および2023年に利用予定と回答した日本の企業は、54%となっており、用途としては、AI用学習データ生成で62%、問い合わせ対応チャットボットで60%、ドキュメント作成の自動化が55%、研究開発で55%などとなっている。だが、米国では、それを大きく上回っており、92%の企業が生成AIを利用中または利用計画中と回答。用途別でみても、AI用学習データ生成、ドキュメント作成の自動化、研究開発のいずれもが93%に達している。
PwCコンサルティング 執行役員 パートナーの三善心平氏は、「日本での利用状況は決して悪くはないが、米国企業の立ち上がり方を見ると、遅れていると言わざるを得ない」とした。
日本企業での生成AI利用の立ち上がりが、米国企業に比べて遅れている要因のひとつに、生成AIを活用する際のリスクの捉え方に差があることを指摘した。
「生成AIを活用する際に、リスクがとくにない、わからないと回答した米国企業は44%であるのに対して、日本企業は9%。言い換えれば、日本企業の約9割が、生成AIを活用する際に、なにかしらのリスクがあると判断している」とし、日本企業では、品質の不安定さが50%、高いコストが47%、プロセスのブラックボックス化や責任の所在の不明確さが44%、なりすましなどのフェイクコンテンツが43%となり、上位を占めている。その一方で、米国企業では既存社員の知識不足が、最大のリスクになっている点が特筆できる。「米国企業では、生成AIが活用フェーズに入っていることから発生している課題ともいえ、日本も活用フェーズに入ると、同様の課題が発生することになるだろう」と予測した。
こうした調査結果をもとに、「生成AIは、日本企業のDX推進の起爆剤として期待されており、生成AIの活用意欲も高いが、米国と比較すると立ち上がりが遅れている。また、日本は技術面のリスクに慎重だが、活用が進む米国では社員の知識不足を障壁と感じている。日本の企業は、まずは最低限のリスクガバナンスの仕組みを構築し、習うより慣れろの姿勢で、活用の一歩を踏み出すことが大切である。生成AIの活用は、業務効果の最大化と、リスクガバナンスを両立させる高度な舵取りが必要であり、外部専門人材の活用とともに、社員のリテラシー向上施策もあわせて行うべきである」と提言した。
さらに、「日本企業では、ドキュメントの下書きや要約、情報収集の高度化、問い合わせ対応などでの活用検討が中心になっているが、生成AIのポテンシャルを考えた場合、専門知識やノウハウを踏まえた上で、意思決定や判断を支援する活用を行うべきである。現場のノウハウを蓄積していることは、日本企業の強みであり、これを生成AIでレバレッジできるユースケースの創出を期待している」としたほか、「現行の組織や、業務プロセスをベースにした活用検討だけに留まらず、未来からバックキャストした形で、ドラスティックな企業変革や生産性向上、付加価値の創出に、生成AIのポテンシャルを生かす検討が必要である。今後、生成AIを組み込んだ製品やサービス、ツールが乱立するだろうが、企業はどのツールを活用すれば自社の課題を解決できるのか、といった目利きができないと業務効果が生まれなかったり、提供側の言うがままに使った結果、理解不足をもとに、製造物責任に対するリスクが発生したり、機密情報漏洩などのインシデントが発生したりといったことが想定される。攻めのリスクと守りのリスクがあり、生成AIの開発者と利用者の相互理解の乖離にも注意しなくてはならない」などとした。
現在、PwC Japanグループでは、生成AIに関して、「生成AIを活用した事業化支援」、「生成AIの社内導入支援」、「生成AIに関するリスク管理支援」の3点からサービスを提供しており、「これらのサービスを発表したあとに、多くの企業から問い合わせをもらっている。特定の業界、業種に寄ることがない状況だが、金融や製薬などの規制産業からの問い合わせもあり、従来のAI活用の立ち上がりとは異なる。大規模言語モデルの導入では、まずは汎用モデルを活用し、社内業務に閉じた利用からスタートしている企業が多い。事業化支援に対する問い合わせはまだ少ない」(PwCコンサルティングの三善氏)とした。
また、「大規模言語モデルに、自社データを投入し、独自のものを構築して生成AIを活用したいと考えていても、リテラシーの面で、多くの企業にとって、その開発が難しいといえる」と指摘。「良質なアルゴリズムや、大規模言語モデルを持っている企業に、自社のデータを渡して、自社専用の対話型AIを開発してもらうといった世界が訪れ、それが大規模言語モデルによるサービスを提供する企業の選択につながるだろう」(PwCコンサルティングの三善氏)と予測。「いままでのAIは、マシンが読み込むことができる質がいいデータがないと稼働しなかったが、生成AIではドキュメントなどをそのまま読み込んで学習するため、質が悪いデータでも使えるのが特徴である。質が高いビッグデータを持っていなかった企業にとって、チャンスが生まれるとが、これまでのAIとは大きく異なる」(PwCコンサルティングの藤川氏)と述べた。
日本の企業では生成AIのビジネス活用が模索されるなかで、米国企業は先行する形で、ビジネスへの活用が始まっている。米国企業が持つ課題は、日本企業においてもすぐに表面化する課題になりそうだ。