パナソニックホールディングスの楠見雄規グループCEOが、新たなグループ戦略を発表した。

そのなかで楠見グループCEOは、「2023年度から、成長フェーズに向けて事業ポートフォリオの見直しや入れ替えも視野に入れた経営を進める。2023年度中に方向づけし、順次実行していく」と宣言した。

  • パナソニック楠見CEOが「ギアチェンジ」宣言、ソニーや中国に負けないスピード経営を 車載電池投資も加速

    パナソニックホールディングス グループCEOの楠見雄規氏

パナソニックグループでは、これまでの2年間を、「競争力強化に徹する時期」と位置づけ、事業会社主導での構造改革に取り組んできた。「2年間は競争力強化に徹し、一時的な利益のためではなく、中長期の成長のための基礎体力づくりに集中する期間と位置づけた。競争力強化は、長期視点での『戦略』と、サプライチェーン全体での変化対応とスピードを高める『オペレーション力』を両輪としており、2年間で誰にも負けない競争力の獲得を目指してきた」とする。

その2年を経過し、今後は、持株会社であるパナソニックホールディングス主導での構造改革を開始することになる。

なお、2022年度~2024年度まで財務戦略については、累積営業キャッシュフロー2兆円、累積営業利益1兆5,000億円、2024年度のROE10%以上を継続する。

2023年度は成長に向けて「ギアチェンジ」

事業ポートフォリオの見直しなどの判断基準としてあげたのが、「グループ共通戦略との適合性」と、「事業立地や競争力」の2点である。

  • 事業ポートフォリオの判断基準は「グループ共通戦略との適合性」と「事業立地や競争力」

「グループ共通戦略との適合性」では、環境の観点では、社会へのCO2削減貢献、資源の使用削減への貢献をあげ、くらしの観点では、多様な顧客接点とデジタルおよびAIを活用した一人ひとりに合った価値提供、利益貢献による財務規律の順守をあげ、「いずれも、競合に負けない競争力があるのかという視点で見ていくことになる」と語った。

また、「事業立地や競争力」では、市場の成長性や継続性のほか、相対市場シェアなどの事業の市場ポジション、ROICやキャッシュ創出力といった収益性、過去の実績や中長期の強み、将来機会などをあげ、「10年先を見据えた市場の成長性や継続性に加え、定量的、定性的な側面から、しっかりと見極める」とした。

さらに、2030年度には、事業ポートフォリオのすべてが、パナソニックグループが目指す姿として掲げた「地球環境問題の解決」、「お客様一人ひとりの生涯の健康・安全・快適」のどちらかの領域で貢献していることになるとも語った。

楠見グループCEOは、「これまでの事業ポートフォリオ戦略は、毀損した事業はカーブアウトしたり、M&Aしたりすることが多かった。だが、様々な手段を講じて成長に持っていくことを考えたい。そのなかにはスピンオフという方法もある」としながら、「まずは、事業の収益構造を変えることが目的であり、出し入れするのは手段である。入れ替えをするにも、それぞれの事業に競争力がなければ、出すに出せない。それぞれの事業で、社会やお客様への向き合い方を変革していくことになる」などとした。

楠見グループCEOは、「2023年度は、成長に向けて、ギアチェンジをしていく」と表現する。

「この2年間に渡る競争力強化の取り組みを振り返ると、財務指標の観点では、成果を残すことができなかった。また、すべての事業が、競合と比べると外的要因に打ち勝てるほどのスピードで、オペレーション力を強化できたわけでなく、競争力強化は道半ばと認識している」とする。

とくに、オペレーション力強化の進捗については、「モノづくり現場において、サプライチェーン全体を見渡し、リードタイムの短縮や、余剰在庫の削減などを通じて、キャッシュ創出力と価値創造力を高める活動に取り組んできた」とし、各事業会社が選定した現場革新代表拠点では、それぞれが高い目標を掲げて、改善を進め、オートモーティブの敦賀工場では、生産リードタイムおよび安全在庫を半減した成果があがっていることを示したものの、「にやればできるということはわかったが、速いスピードで横展開するところにまでは至らなかった。2024年度にはグループ全拠点で改善活動の常態化を目指し、活動の横展開を加速していく」と述べた。

ソニーや中国資本に負けないスピード経営を

こうした状況を捉えながら、楠見グループCEOは、「今後は、一番加速ができ、トルクがでる、適切なギアにチェンジしていく。スピードに乗って行く段階の取り組みがある一方で、事業によっては、立ち上げ期のものもあり、事業を成長させるための資金需要が大きかったり、M&Aが必要だったりするものもある。ここにはトルクをかける必要がある。優先度をつけて、変革を加速していく」と語った。

たとえば、家電事業では、家電メーカーの米Whirlpoolを引き合いに出しながら、「Whirlpoolは、2021年度実績で10%の利益率がある。パナソニックとは何が違うのか、それを真剣に考えて、自らを変える取り組みが必要である。求める競争力は、収益性である」と語った。さらに、「家電事業では、ジャパンブランドのなかでも、中国資本で事業を行っている企業があり、そこと伍して戦うためには、中国のスビード力や、コスト競争力を取り入れていく必要がある。その力をアジアなどにも展開していきたい」とも述べた。

また、ソニーグループが過去最高を更新する好業績を続けていることにも言及。「ソニーグループは、ひとつひとつの事業にフォーカスして、そこでしっかりと業績を高めており、経営の力の強さを感じている。それに対して、パナソニックグループはスピードが遅かった。価値を作るオペレーション力、利益を生み出すオペレーション力の2つでスピードをあげていかなくてはならない。ソニーグループは、経営のお手本になる。ソニーの背中が早く見えるように努力をしていく」と語った。

車載電池に重点投資、「技術で勝っていく」

トルクをかける事業となるのが、重点投資領域と位置づける「車載電池」、「空質空調」、「サプライチェーンマネジメントソフトウェア」となる。

「車載電池」では、2030年度までに、現在の約4倍となる200Gwhの生産能力を目指すことをグループ戦略のなかで明らかにした。これまでは、2028年度までに、2022年度の約50GWhの3~4倍の規模という表現に留まっていたが、これを2030年度の目標値として、明確に示した格好だ。

また、1兆8,000億円の投資のうち、6,000億円を戦略投資とすることを明らかにしていたが、「戦略投資は、主に重点投資領域である車載電池事業にあてることになる」とも語り、「生産能力の拡大を実現するには大きな投資も伴うが、パナソニックエナジーによる投資のみならず、様々な資金調達オプションを検討し、機動的に投資していく」とした。

さらに、車載電池の研究開発体制の集約および増強を進め、2024年には、大阪・住之江に、生産技術開発拠点を新設し、生産性向上の加速と生産拡大への対応を進めるほか、2025年には、大阪・門真に、次世代電池および材料の源流開発を行う研究開発拠点を新設する計画を明らかにした。

楠見グループCEOは、「車載電池はレッドオーシャンとの指摘もあるが、シェアを獲得しないと、コスト競争力を維持できないというビジネスではない。技術で勝っていくことができる市場である」とし、「パナソニックグループは、30年にわたって高容量化やレアメタルレス、安全性に直結する品質で業界をリードしてきた。高容量化では、体積エネルギー密度を第一世代から現在までで、3倍以上に高めており、2030年までに1000Wh/Lの達成を目指している。これにより、航続距離を大きく伸ばすことができ、当社電池を搭載する車の性能向上につながる」と発言。「世界で初めてコバルトの含有量を5%以下とし、技術的にはゼロにできるほか、ニッケルレスに向けた技術開発も進めている。今後増大する車載電池の需要に応えるためには、レアメタルをいかに使わずに製造できるかが重要になる。その点でも技術的優位性がある」とした。そして、「2012年から現在までに、EV車換算で累計200万台相当の車載電池を供給しているが、重大事案の発生はゼロを継続しており、品質面でも高い評価を得ている」と語った。

車載電池事業は、「一定の市場において、特定の顧客としっかりと手を握って、そこでお役立ちをすれば収益を確保できる」というのが楠見グループCEOの見解であり、同社では、テスラ向けに車載電池を供給しているのに加えて、Lucidの高級EVである「Lucid Air」向けや、Hexagon Purusの商用車向けにも車載電池を供給する契約を締結したこと、さらに「このほかにも新たな引き合いがある」とし、緊密な関係をもとに、EVの旺盛な需要が続く、北米市場を軸にして、安定的な事業拡大を進めていくことを強調した。

  • 車載電池事業では機動的に投資を実行していく

2つめの「空質空調」では、急激な脱ガスが進むなか、エネルギー源を電気に変えることができるAir to Water(A2W)に注力。欧州での開発、製造、販売を一気通貫で行う地産地消の体制を構築する。それに向けて、これまでAV機器の生産を行ってきたチェコ工場を、A2Wの生産拠点に転換し、新棟を増設。グローバルで100万台の生産体制へと拡充することを発表した。

「欧州の寒冷地域においても暖房能力を維持できる性能と、IoT遠隔監視機能などの優位性を生かして事業基盤を強化する。また、欧州冷媒規制に対応した自然冷媒の製品を日系メーカーとして初めて投入し、安全に自然冷媒を取り扱うための製品設計やメンテナンスのノウハウを、規制強化を先取りしながら蓄積し、競争優位性の構築を図ることになる。すでに、システムエアの空調事業を買収し、チラーを中心とした技術や商材を活用することで、ライトコマーシャル領域へと新たにターゲットを拡大し、欧州での事業を拡大する」とした。

  • 気候変動対策が進む欧州でAir to Waterに注力

「サプライチェーンマネジメントソフトウェア」では、Blue Yonderへの投資を強化する。

Blue Yonderは、投資フェーズにあることを示し、2025年度までの今後3年間で2億ドル(約270億円)の戦略投資を行うことを発表。7つの柱にフォーカスした「Value Creation Plan(VCP)」を推進することになる。

戦略投資により、粗利率向上によるSaaS売上継続率(NRR)の拡大、SaaS年間経常収益(ARR)の良化による販売成長、営業経費削減によるEBITDA向上を目指すという。

楠見グループCEOは、「ソフトウェアは、組み合わせによって幅が広がっていく。Blue Yonderによるボルトオン投資に加えて、クラウドネイティブSaaS化や、セキュリティ強化に向けたR&D投資も進め、サプライチェーンマネジメントソフトウェアの基盤強化に取り組む。また、現場のエッジデバイスから得られる様々なデータとの連携による自律化ソリューションの提案にもつなげたい」と語った。

  • サプライチェーンマネジメントソフトウェアは人出不足の解消にも貢献する

グループが目指す姿、最大の課題は地球環境問題

グループ戦略の推進において、重視しているのが環境への取り組みだ。

楠見グループCEOは、パナソニックグループが目指す姿として、「地球環境問題解決」を最重要経営課題と位置づける一方で、「使命達成を阻む最大の課題は、地球環境問題である」とも指摘する。

  • パナソニックグループが目指す姿として、「地球環境問題解決」を最重要経営課題と位置づける

今回の新たなグループ戦略の発表において、改めて触れたのが、創業者である松下幸之助氏が打ち出した「250年計画」だ。ここにパナソニックグループが目指す「使命」がある。

松下幸之助氏は、1932年5月に、250年計画を発表。25年を一節として、それを10節繰り返すことで、250年間で、物心一如による理想の社会の建設を実現することを打ち出している。

楠見グループCEOは、「パナソニックの使命は、創業者である松下幸之助が生涯追い求めた『物心一如(物と心が共に豊かな理想の社会)』の繁栄であり、これを250年で実現することを目指している。250年の計に向けて、ひとつひとつの事業が、お役に立てる事業であるかどうかが重要である」と語り、「250年の最終年は、いまから約160年後であるが、その時代に子孫が地球上で暮らすことができないような状況は避けなくてはならない。パナソニックグループでは、その危機感から長期環境ビジョン『Panasonic GREEN IMPACT』を策定し、グループ共通の戦略として取り組みを開始している。事業活動におけるCO2排出の削減は企業としての責務である」とする。

  • 1932年に発表した「250年計画」。パナソニックグループが目指す「使命」となっている

パナソニックグループでは、2050年までの目標として、自社バリューチェーン全体のCO2排出を実質ゼロとするOWN IMPACT、既存事業領域において社会への CO2削減に貢献するCONTRIBUTION IMPACT、新技術や新規事業で社会のCO2削減に貢献するFUTURE IMPACTの3つのインパクトにより、現在の全世界のCO2総排出量の約1%にあたる3億トン以上の削減を目指すことを掲げている。また、2022年7月には、そのマイルストーンとして、2030年度までに、全事業会社のCO2排出量ゼロと、約1億トンのCO2削減貢献を目指すとともに、2024年度までの3カ年の具体的な環境行動計画「GREEN IMPACT PLAN 2024」を実行しており、CO2ゼロ工場の拠点数は、2024年度の37拠点の目標に対して、オートモーティブの全拠点での達成を含めて、すでに28拠点に達しているという。

楠見グループCEOは、「B2Bのお客様のなかには、取引条件のひとつにCO2排出削減への取り組みを盛り込むケースもある。効率的なCO2排出削減が、今後の競争力のひとつの要素になる」と述べた。

  • 「REEN IMPACT」計画の目標と進捗

さらに、パナソニックグループが取り組んでいるのが、環境貢献企業を評価する新たな指標であるCO2削減貢献量の価値を、国際的に認知してもらうための活動だ。

CO2削減貢献量では、自社の製品やサービスによって、CO2排出量の削減に貢献するものであり、いま使っている機器を省エネ性能が高いものや、CO2排出量が少ないものに置き替えることによって、CO2排出量を減らしたり、化石燃料で動いていたものを、電気で動くものに置き換え、そこで使用される電気が再生可能エネルギー由来のものに変えることなどを目指している。

楠見グループCEOは、「電化や省エネ、エネルギー転換、資源循環に関するパナソニックグループの知見と技術力を高め、活用することで、地球環境問題の解決を図る」とした上で、「この指標が投資家や金融業界からも認識されるようになれば、環境に貢献する事業や企業への投資が後押しされ、この分野で強みを持つパナソニックグループが、成長フェーズに乗る機会にもつながると考えている」と述べた。

  • 売上構成比で見ても、地球環境問題の解決に資する事業を大きく拡大することを目指している

「くらし」のソリューションプロバイダーへ

パナソニックグループが目指す姿として、「地球環境問題解決」とともに、もうひとつの柱に位置付けているのが、「お客様一人ひとりの生涯の健康・安全・快適」である。

ここでは、パナソニックグループが持つショウルームや販売店などのチャネルのほか、家電、電材、建材などの商品および関連サービス、修理サポートなどの多様な顧客接点を生かし、ここにデジタルを活用。グループでのシナジーを生かしながら、顧客一人ひとりに合った価値を提案する「くらしのソリューションプロバイダー」になることを目指す。

この取り組みをリードするのが、パナソニックホールディングスのなかに新設した次世代事業推進本部であり、グーグルやアップルで役員の経験を持つ松岡陽子執行役員が指揮を執る。

楠見グループCEOは、「くらしのソリューションプロバイダーの取り組みについては、まだ、解像度をあげて話ができる段階ではない」と前置きしながらも、「パナソニックグループには、くらしに関わる事業と、関わらない事業があるが、くらしに関わる事業では、『くらしソリューションプロバイダー』を目指すことになる。くらしに関わる事業としては、家電や電材、建材などがある。かつては、松下電器と松下電工にわかれていた事業であり、一緒になってからだいぶ時間が経っている。だが、これまでにもクロスバリューイノベーションを打ち出し、まるごとのビジネスに取り組んできた経緯があるものの、家電、電材、建材の組み合わせはまだまだやれる余地が大きい。さらに、Yohanaや食のデリバリーといった新たなサービスも開始しており、これらも組み合わせることができる」と発言。「パナソニックグループは、くらしのなかで何者になっていくのかを考えなくてはならない。単にハードウェアを売るだけでなく、くらしのなかで、一人ひとり、あるいは1家族ずつにとって、一番いいものを提供していくことを目指したい」と語った。

「くらしのソリューションプロバイダー」として、パナソニックグループが、今後、どんな進化を遂げるのかが楽しみだ。

  • 「くらし」はパナソニックグループの共通戦略という位置づけ

今回、パナソニックホールディングスが発表した新たなグループ戦略は、楠見グループCEOが「ギアチェンジ」の語るように、経営戦略が新たなフェーズへと突入することを示している。事業ポートフォリオの見直しや環境戦略の推進などを通じて、力強い成長戦略を描くことができるか。2年間に渡り、事業会社主導で進めていた改革が終わり、いよいよ楠見グループCEOの手腕が試される段階に入る。