クラウド会計ソフト「弥生シリーズ」などを開発、販売する弥生の新体制がスタートした。

2023年4月1日から、取締役執行役員だった前山貴弘氏が、代表取締役社長執行役員に就任。15年に渡り、社長を務めた前任の岡本浩一郎社長は顧問に退く。また、日本マイクロソフトの元社長であり、Three Fields Advisorsの共同設立者である平野拓也氏が、非常勤の取締役会長に就いた。同氏は、2022年10月から社外取締役として弥生の経営に参画していた。

  • 弥生の新体制、前山新社長「AIは弥生の大きな特徴に」 新布陣が起こす化学反応

    前山新社長(左)と平野会長(右)

4月5日に行われたメディア向け説明会で、前山新社長は、「弥生は、多くのユーザーに使用していただいており、安心して、安定して使ってもらうモノづくりをしている。だが、この姿勢が、もしかしたら守りとなり、新たなものを生み出すための筋肉が使えていなかっているのではないか、スピード感がなくなったのではないかという反省がある。経営体制の一新により、認識している課題に対処するとともに、顧客ニーズにストレートに応えたユーザー目線重視での良質な製品やサービスを、より早く提供していきたい」と抱負を述べた。

新社長は45歳、公認会計士や税理士の経験、ソニー盛田氏が目標

前山新社長は、1977年生まれの45歳。顧問に就任する岡本前社長からは8歳の若返りになる。

2001年10月にプライスウォーターハウスクーパース(現PwC税理士法人)に入社。2005年4月に公認会計士に登録。同年9月に前山公認会計士事務所を開所して代表社員に。同時に、シネマ・インヴェストメントに入社した。弥生には、2007年1月に入社し、内部監査室社長付として勤務したが、2011年3月に一度退社。2011年6月に税理士登録し、2017年1月にアンカー・ジャパン、2018年7月にデロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリーを経て、2020年6月には、再び弥生に入社し、執行役員兼管理本部長に就任。2020年10月に取締役執行役員に就き、このほど、代表取締役社長執行役員に就任した。

弥生のユーザーでもあり、公認会計士や税理士としての仕事を行ってきた経緯を持つ前山新社長は、「私は出戻り社員。そして、会計ソフトが大好き」と語りながら、「弥生は、この15年間で、ユーザー数が格段に伸び、売上高は2倍以上に拡大し、企業価値も高まった。大きな功績をもたらした存在(=岡本前社長)からバトンを受け取ることは重い責任を感じている。だが、その一方で、新たな未来に向けて、ワクワクする気持ちもある」と語る。

公認会計士や税理士として数多くの経営者とビジネスを行ってきた経験は、弥生の経営にも生かすことができると、前山新社長は語る。

  • メディア懇談会で展望を語る前山氏

目指す経営者の一人が、ソニー創業者の盛田昭夫氏だという。

盛田氏の著書などを通じて感じたのは、「姿を見ただけで、みんながワクワクする経営者」、「どんな困難にも立ち向かっていく経営者である」ということだ。

「安定した製品、使いやすい製品を提供することは当たり前。それに加えて、ワクワクする製品を提供することに取り組んでいきたい。ワクワクしなかったら弥生の製品ではないというぐらいの気持ちでいる」とした。

一方で、岡本前社長は、前山新社長の人物像について次のように語る。

「チャーミングな人であり、どんな人が嫌いになるんだろうと思うくらいに愛される人物。会計の専門家であり、会計に対する愛、会計ソフトに対する愛が強い。いいモノづくりをしていく上で、安心してバトンを渡せる人物である」

社内からも「温和な性格で、いつもニコニコしている」という声があがる。

岡本前社長とは異なるリーダーシップを発揮する人物としても、社内から注目されているという。

インボイス制度と電子帳簿保存法、AIを活かした製品にも言及

2023年10月にはインボイス制度が開始され、2024年1月には電子帳簿保存法の本格適用を控えている。これをきっかけに、企業のデジタル化や社会のDX化がさらに進展すると見込まれるなかでのバトンタッチとなる。

前山新社長は、「弥生にとっては大きな商機が訪れ、大きな成長を見込むことができるタイミングである。だが、制度への対応が主眼になるのではなく、今後の社会の発展には必要な制度であり、デジタル化の推進によって、業務のDX化を推進することが大切であることを訴求したい。2023年度は、業務DX化元年と捉えている」と述べた。

前山新社長は、新たな製品の開発についても言及した。

「データ同士がつながり、新たな価値を生み出すといった取り組みは、まだ道半ばであると考えている。会計ソフト領域とは異なる分野において、ピュアクラウド型の製品投入に向けた開発をスタートしている。完成したところからリリースする計画であり、2023年中には、重要となる一部機能をリリースできるようになる」とする。その上で、「すべてのデータがつながり、すべてが自動化され、それを人が確認し、人が修正していくといった、これまでとは異なる情報の作り方ができる製品になる。新たな価値をユーザーと共有したい」と語った。

さらに、AIの活用についても言及する。

前山新社長は、「会計事務所の業務にはいまだに手作業が多く、機械化できる部分が多い。ChatGPTなどの対話型AIが活用できる場面も多く、効果が出やすい分野だといえる。一方で、会計事務所におけるAIの導入コストの課題や、AIの回答が正しいのかどうかを的確に判断することも必要である。1万2,000以上の会計事務所のネットワークを活用し、会計事務所のAI導入をサポートし、大幅なコストダウンや業務の効率化をサポートしたい」と語る。

岡本前社長も異口同音に、「会計事務所の業務では、AIによって置き換える部分が増えている。その分、置き替えられない部分の重要性が高まっているのも事実である。弥生は、会計事務所がより高い付加価値の提供に特化できるようにしていくことが役割である。電帳法やインボイス制度への対応によって、その役割がさらに加速していくことになるだろう」とする。

弥生では、これまでにもAIによって仕訳を自動化したり、AIを活用した会計データ与信モデルを提供したりといった実績がある。「仕訳のAI推論はスバ抜けている。また、会計データを活用した与信エンジンも他社にないものを作っている。AIは、これからも弥生の大きな特徴になる」(岡本前社長)と語った。

  • バトンタッチする前山新社長と岡本前社長

一方、岡本前社長は、弥生の社長としての15年間も振り返った。

「2008年4月に弥生の社長を引き受けた際には、株主から3年程度やってほしいという話だったが、引き受ける以上は5年はやりたいと考えていた。15年間に渡って、社長を務め、その間、しっかりとした事業成長ができた」と総括しながらも、「私にとっての重要な課題は、後任にどうバトンを託すのかということであった。大変な山を越え、平坦なところに到達したタイミングでバトンを渡すつもりでいたが、平坦な地は永久に来ないことがわかった。山を越えれば、また山がある。今回のタイミングは、2023年10月のインボイス制度の開始を控え、大変な1年ではあるが、やるべきことをやれば確実に成果を伴う1年である。正解かどうかはわからないが、このタイミングが、ひとつの選択肢だと考えた」とする。

2008年に、当時の株主で会ったMBKパートナーズの招へいによって、弥生の社長に就任した岡本前社長は、当時は、4分の1以下だった中小企業の会計ソフトの利用率を高めることに手腕を発揮。2015年には、弥生シリーズのクラウド化を発表。トップシェアメーカーとして、会計ソフト市場をリードしてきた。「完璧主義で、コミットし、課題に真っ先に取り組む実行力を持つ」というのが、前山新社長が見る岡本前社長の評価だ。

代表的なサービスである「弥生シリーズ」は、クラウド会計ソフト市場において、50%以上の圧倒的シェアを獲得し、7年連続で首位を維持。デスクトップアプリの領域では、23年連続で売上実績No.1を獲得している。現在、登録ユーザー数は280万を突破しているという。

一方で、2014年には、投資ファンドであるMBKパートナーズが所有していた弥生の株式を、オリックスが取得。約8年間に渡り、オリックスグループの1社として事業を拡大してきたが、2022年3月には米投資会社のKKR(コールバーグ・クラビス・ロバーツ)に売却し、新たな株主のもとで事業をスタートしていた。これも新社長体制へのバトンタッチには絶好のタイミングだったといえそうだ。

さらに、弥生では、社外活動として、2020年6月に、社会全体のDX推進に向けて提言活動などを行う社会的システム・デジタル化研究会を、SAPジャパン、オービックビジネスコンサルタント、ピー・シー・エー、ミロク情報サービスとともに発足。2020年7月には、電子インボイスの標準仕様の策定や実証、普及促進に取り組む「デジタルインボイス推進協議会」を、社会的システム・デジタル化研究会の下部組織として、10社で発足。岡本前社長は、代表に就任して、活動を主導してきた。今後も弥生の顧問として、引き続き、デジタルインボイス推進協議会の代表幹事としての活動を行うことになる。「デジタルインボイスの普及に向けて、さらにテコ入れをしていく」と述べた。

弥生が目指してきた「事業コンシェルジュ」の現在地

岡本前社長が取り組んできたのが、「事業コンシェルジュ」である。

事業コンシェルジュとは、中小企業、個人事業主、起業家といった事業者が、事業の立ち上げから成長に至る過程で直面する各種課題に応える役割を担うもので、会計ソフトによる業務支援だけでなく、事業そのものを支援する「事業支援サービス」を提供。2020年9月に開始した「記帳代行支援サービス」を皮切りにサービスを本格化。2021年度以降、起業時の困りごとをワンストップで支援する「起業・開業ナビ」サービス、資金調達の悩みごとをワンストップで支援する「資金調達ナビ」サービス、日本最大級の会計事務所パートナーネットワークと連携した「税理士紹介ナビ」サービス、後継者問題の解決を支援する「事業承継ナビ」サービスなどの提供を順次開始し、事業者を様々な角度から支援してきた。

岡本前社長は、「当初は、『事業コンシェルジュを目指す』という言葉を使ってきたが、この2~3年で、ようやく『弥生は事業コンシェルジュである』と言える段階に入ってきた。まだ足りないサービスもあるが、企業の立ち上げから、事業承継によってバトンを渡すところまで、サービスを展開できるようになった。しかし、お客様から事業コンシェルジュと見ていただけているかという点では、まだまだである」とした。

前山社長は、「事業コンシェルジュへの取り組みは、受け取ったバトンのなかでも大きなテーマとなる。ただ、事業コンシェルジュの取り組みを、これまで通りに発展させるのではなく、どんな発展をさせていくのかを議論していきたい。コンシェルジュはお客様からの問い合わせを起点にして、サービスを提供するという考え方が一般的である。今後は、弥生の方からサービスを積極的に提案する仕組みも用意したい。『事業コンシェルジュ』よりも最適な言葉があれば、変えていくことも考えたい」などと述べた。

弥生では、事業コンシェルジュとしての役割を通じて、価値ある新たなサービスを提供する存在になることを会社のビジョンとして掲げてきた。新社長体制では、事業コンシェルジュを発展させ、事業パートナーのような関係性に進化させることになりそうだ。

前社長は顧問として「AIを徹底的に学びたい」、平野会長の情報発信にも期待

では、顧問に退いた岡本前社長は、今後、どんな活動をしていくのだろうか。当然、弥生を離れた新たな活動にも注目が集まる。

「弥生には愛着があり、寂しくないといえば大嘘になる。やり残したことはたくさんある」としながらも、「これから半年間をかけて、AIを徹底的に学びたい。そして、今年の後半ぐらいから、なにかしらの活動を開始したい」とする。

  • 岡本前社長は「AIを徹底的に学びたい。なにかしらの活動を開始したい」と話す

岡本前社長は、経営者としての顔や、経歴からもコンサルタントといったイメージが強いが、東京大学工学部を卒業しており、その後、野村総合研究所に入社。システムエンジニアとして、主に証券系システムの開発に従事し経験を持つ。自らを「根っからのエンジニア」と称する。

「いまは第3次AIブームと言われているが、ジェネレーティブAIの登場により、知らないうちに第4次AIブームに投入している状況かもしれない」と指摘しながら、「AIによる可能性は大きなものがある。どんなことが起きるのか。勉強しなおしたい」と語る。

岡本前社長が、最先端のAIを活用して、どんなビジネスに取り組むのか。これからの注目点だといえる。

なお、会長に就任する平野拓也氏は、会長就任のリリースや公式noteを通じて、次のように語っている。

「日本の99%以上が中小事業であり、中小企業が日本経済を支えているといっても過言ではない。私の考え方のひとつとして、中小企業に対して価値を提供したいという意識がずっとあり、マイクロソフトを出て、これからについて考えた時に、日本の中小企業に対して、しっかりとサービスとバリューを提供したいという気持ちが湧き上がってきた。それができる企業が弥生であり、会計業務だけでなく、日本の中小企業をエンパワーできるポテンシャルを持っていると思った。チーム弥生に入り、日本の中小企業をもっとエンパワーしたい、ビジネスの成長と効率化に貢献したいという強い思いをもって、弥生の会長に就任した。グローバルのソフトウエア企業における経営で培ってきた知見を活かし、弥生のネクストステージへの飛躍に貢献していく」。

平野氏は、今後、弥生の会長として、対外的に情報を発信していく場が増えていくことになるという。前山新社長と、グローバルの経験を持つ平野会長とのタッグが、弥生にどんな化学反応を起こすのかも楽しみだ。