富士通と大阪大学 量子情報・量子生命研究センターは、量子コンピュータにおける「高効率位相回転ゲート式量子計算アーキテクチャ」を確立したと発表した。

汎用処理が可能な量子ゲート方式量子コンピュータでは、量子エラー訂正が不可欠となり、そのための物理量子ビット数を確保することが必要だが、新たなアーキテクチャではこれを大幅に低減。現行コンピュータの計算性能を超える量子コンピュータの実用化時期を早めることができるという。

富士通 研究本部量子研究所の佐藤信太郎所長は、「10年、20年先の量子コンピュータの実現を、半分程度の期間に短縮できる」とした。

まずは超伝導量子コンピュータへの適用を想定しており、富士通が理化学研究所などと進めている国産初の超伝導量子コンピュータへの実装を目指す。表面符号が利用できるハードウェアであれば活用できるアーテキクチャだとしている。

今後、このアーキテクチャを発展させ、Early-FTQC時代の量子コンピュータの開発を主導し、新規材料の開発や金融領域でのポートフォリオ最適化など、実問題への早期適用を目指す考えを示した。

  • 大阪大学 量子情報・量子生命研究センター副センター長兼大阪大学大学院基礎工学研究科 システム創成専攻 電子光科学領域 量子コンピューティング研究グループ 教授の藤井啓祐氏(左)と、富士通 研究本部量子研究所 所長の佐藤信太郎氏(右)

大阪大学 量子情報・量子生命研究センター副センター長兼大阪大学大学院基礎工学研究科 システム創成専攻 電子光科学領域 量子コンピューティング研究グループ 教授の藤井啓祐氏は、「2017年頃から立ち上がってきたNISQにより、エラー訂正せずに、物理量子ビットを使って計算をするといったパラダイムが出てきたことで、多くの研究者やスタートアップ企業によって、多くの使い方が探索されている。今回のアーキテクチャにより、64論理量子ビットを確保することで、計算可能な範囲が明確になり、そこでの使い方の研究が広がる。新たなEarly-FTQC時代において、多くのアプリケーションが出てくることになるだろう。材料開発、化学計算などの分野でも活用方法が探索されることになると期待している」と述べた。

  • 量子コンピュータは、スーパーコンピュータと比べても「指数関数的な高速化」が期待されている

  • 量子コンピュータには動作原理の違いで、大きくは、汎用計算処理に適した「量子ゲート方式」と、最適化問題の処理に適した「量子イジングマシン方式」に分類される。世界初の量子コンピュータの商用化で有名なカナダ「D-Wave」が用いる量子アニーリングは、量子イジングマシンに分類される手法だ

  • 文字通り桁違いの計算速度を活かして、人類の進歩に多大な貢献が期待されている

大阪大学と富士通は、2021年10月1日に、富士通量子コンピューティング共同研究部門を、大阪大学量子情報・量子生命研究センター(Center for Quantum Information and Quantum Biology=QIQB)内に設置。富士通が推進する「富士通スモールリサーチラボ」の一環として量子エラー訂正技術の研究開発に取り組んできた。

また、大阪大学では、2020年3月に、QIQBを設立。量子コンピューティングや量子情報融合、量子情報デバイス、量子通信・セキュリティ、量子計測・センシング、量子生命科学など、量子に関わる幅広い研究に取り組んでいるほか、科学技術振興機構(JST)の「共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)」の量子技術分野において、量子ソフトウェア研究拠点として採択。量子コンピュータテストベッドから制御装置、基盤アルゴリズム、応用ライブラリーに至るまで、量子コンピュータのフルスタックを構築。40以上の企業が参加したり、全国の学生に対する教育プログラム提供したりすることで、量子人材の育成を支援。日本の量子技術イノベーション戦略の一端を担う研究開発を進めている。

一方、富士通では、量子コンピュータ分野において、量子デバイスから基盤ソフト、アプリまでのあらゆる領域をカバー。世界中の主要な研究機関とグローバルに研究開発を推進している。

  • 大阪大学と富士通の共同研究開発体制

  • 大阪大学の量子コンピュータへの取り組み

  • 富士通の量子コンピュータへの取り組み

量子エラーとは、熱雑音などの外部環境、揺らぎや相互作用といった操作信号などのノイズによって、量子ビットの状態が変わり、計算を間違うことを指す。計算の正確さは、量子ビットの数と量子ゲート操作回数に依存することになり、それに対して、量子エラー訂正は、複数の物理量子ビットから1つの論理量子ビットを形成し、冗長性によって情報を守ることになる。

「量子コンピュータが真の性能を発揮するには、量子エラー訂正が鍵になる。だが、量子エラー訂正には大量の量子ビットが必要になる。現在のNISQ、FTQCの考え方では、量子コンピュータの性能を発揮できない」(富士通 研究本部量子研究所 所長の佐藤信太郎氏)と指摘する。

  • 計算に使う量子ビットの他に、量子エラー訂正に膨大な量子ビットを必要としてしまうことが、量子コンピュータ実用化の大きな壁となっている

従来の誤り耐性量子計算アーキテクチャでは、量子エラー訂正に大量の物理量子ビットが必要になるため、量子コンピュータの実用化においては、100万以上の物理量子ビットが必要だとされている。

3月24日に発表した富士通などが開発した国産初の超伝導量子コンピュータでも64量子ビットであり、100万以上の量子ビットの実現には、まだ多くの歳月が必要だ。また、今後、物理量子ビット数が、1万程度に到達した段階で量子エラー訂正を実行しても、計算可能な規模は極めて小さく、現行のコンピュータの処理能力を超えることは不可能だと言われている。

だが、今回の発表したアーキテクチャは、1万程度の中規模な物理量子ビット数でも高精度な量子エラー訂正を実現することができ、量子コンピュータの実用化時期を早めることができるという。

従来のFTQCでは、CNOT、H、S、Tという4つの基本量子ゲートのそれぞれに対して量子エラーを訂正し、それらの基本量子ゲートを組み合わせることで、量子エラーの影響を減らし、あらゆる量子計算の実行を可能とするアーキテクチャが主流となっている。

だが、とくに、Tゲートの量子エラー訂正には非常に多くの物理量子ビットが必要であり、さらに量子計算に含まれる状態ベクトルの向き(位相)を回転させる操作には、論理Tゲート操作を平均して50回程度繰り返す必要があった。そのため、本格的な量子コンピュータの実現には、100万量子ビット以上が必要とされている。

  • 従来のFTQCアーキテクチャの課題。量子エラー訂正には多数の量子ビット・ゲート数が必要

今回確立した高効率位相回転ゲート式量子計算アーキテクチャでは、基本量子ゲートセットを新たに定義し、とくに、大量の物理量子ビットと量子ゲート操作が必要であった位相回転操作を高効率で実行する位相回転ゲートを世界で初めて導入したのが特徴だ。

大量の物理量子ビットを使用する論理Tゲート操作を繰り返すのとは異なり、任意の角度を直接指定し、位相回転するゲート操作を実行。物理量子ビットで任意の位相角を生成し、論理量子ビットへ冗長化。論理量子ビットで正しく回転されるまでやりなおすことで、位相回転ゲート操作の高精度化を実現した。「従来の50回に対して、2回程度のトライアルで回転が完了する。これまで不可能と考えられていた高精度化と高効率化の両立に成功した」(富士通の佐藤所長)という。

物理量子ビット数を従来の約10分の1、量子ゲート操作回数を約20分の1にできることで、量子エラー発生を大幅に抑えられることを確認。また、量子エラー確率は、物理量子ビットでの量子エラー確率の約8分の1まで抑えているという。

  • 今回、新たな位相回転ゲートを開発

  • 新量子計算アーキテクチャ。物理量子ビット数を従来の約10分の1、量子ゲート操作回数を約20分の1にできる

この量子計算アーキテクチャを、1万物理量子ビットの量子コンピュータで見積もると、64論理量子ビットの量子コンピュータで構築が可能となる。現行のスーパーコンピュータでシミュレーションできるのが50論理量子ビットと言われている状況を上回るほか、計算速度は約10万倍に相当するという。

富士通の佐藤所長は、「現行のコンピュータを超える計算性能を、従来の10分の1以下の物理量子ビットで実現できるため、本格的な量子コンピュータの到来を飛躍的に早めることができる。まだ理論段階であるが、これを実装することで、実問題の解決に向けた早期最適化を目指す。Early-FTQC時代に向けた新たな量子計算アーキテクチャを確立した」と自信をみせながら、「本当の意味での実用化に向けてはまだ道のりがある。様々な関係者、企業と協力としながら、新たな道を切り拓きたい。また、より多くの人たちに使ってもらいたいアーキテクチャであり、量子コンピューティングの発展に貢献したい」と述べた。

  • 「現行のコンピュータを超える計算性能を、従来の10分の1以下の物理量子ビットで実現できる」ことで、古典的コンピュータの計算速度を超える「実用的な量子コンピュータ」の実現を前倒しできる

また、大阪大学の藤井教授は、「100万量子ビットが実現するのは早くても2050年になる。だが、今回のアーキテクチャは、10年後に1万量子ビットが完成した段階で、実用的な計算に利用できるようになる。NISQから100万量子ビットのFTQCにつながる道筋やマイルストーンを自分たちで示すことができた。1万量子ビットという近い未来におけるEarly-FTQCの土俵において、多くの研究者の取り組みに期待している」としたほか、「100万量子ビットが実現したときに、このアーキテクチャが不要になるのかどうかは、アプリケーション次第である。少ない量子ビットでも解ける計算であれば、このアーキテクチャが利用されることになるだろう」と述べた。

量子コンピュータの実用化に向けて大きな一歩を踏み出すことができるアーキテクチャだといえる。