シャープは、大阪府八尾市のシャープ八尾事業所での冷蔵庫の組立生産を、2019年9月までに終息させると発表した。
国内唯一の白物拠点から撤退
八尾はシャープにとって、白物家電の生産拠点では唯一の国内工場。今後の生産はタイにあるシャープ・アプライアンスシズ・タイランド・リミテッド(SATL)などの海外生産拠点に移行することになる。
シャープの戴正呉会長兼社長は、2018年8月3日に社員に向けて発信した「社長メッセージ」のなかで、この件に触れ「八尾の冷蔵工場が耐震問題を抱えていることに加え、冷蔵事業の存続にはコスト競争力強化が最重要課題であるとの認識のもと、約2年前から慎重に検討を重ねて、今回、苦渋の決断に至った。協力会社の皆様をはじめとした数多くの方々に支えられてきた工場を終息せざるを得ないことは誠に遺憾である」と経緯を説明。「今回の決断によって、日本市場のみならず、グローバル市場でシェアを引き上げ、冷蔵事業のさらなる拡大を実現していきたい」と述べている。
八尾事業所は、1959年に洗濯機の生産拠点として稼働。1960年に冷蔵庫の組立工場を竣工。その後はエアコン、扇風機、暖房機などにも生産品目を拡大し、当時は東洋一といわれたメッキ工場やプラチック成形工場なども併設していた。
現在は、2001年から稼働している第3工場で、301L以上の日本市場向けの大型プレミアムモデルの冷蔵庫だけを生産。シャープにとって日本で唯一、白物家電を生産している拠点となっていた。
マザー工場を担い、グローバル拠点でもあった
八尾事業所で冷蔵庫の生産を続けていた理由はいくつかある。
もともとプレミアムモデルの国内需要が高く物流面でのメリットがあったこと、同事業所内にある冷蔵庫の開発部門や商品企画部門、デザイン部門との連携がしやすいといった環境があったこと、高度な生産技術を擁するプレミアムモデルの生産技術を日本で確立し、それを海外に展開する役割を担っていたことなどが、その主な理由だ。
同社では、「八尾の冷蔵庫工場は、そこで培った独自生産技術を、競争力の源泉として、海外生産拠点に供給する役割を担うマザー工場」と位置づけてきた。日本市場向けの生産という側面だけでなく、冷蔵庫のグローバル展開においても重要な役割を担っていたというわけだ。
ここにきて、シャープが、冷蔵庫の国内生産を終息させるのはなぜだろうか。
最大の理由は、シャープのグローバル戦略において、最適な拠点での生産を模索した結果という点だ。
現在、シャープが推進している2019年度を最終年度とした中期経営計画においては、2018年度計画で7割強の海外売上高比率を、8割にまで拡大する目標を盛り込んでいる。
シャープの代表取締役副社長の野村勝明氏は「日本の市場はもはや伸びしろが少ない。海外をどう伸ばしていくのかが重要であり、ここに成長の軸足を置いていくことになる」と語り、シャープの成長戦略の軸が海外市場にあることを示す。
また、戴会長兼社長は「市場のポテンシャルや、シャープが持つリソースを勘案すると、海外市場のなかでも、ASEAN市場が最も力を発揮できる市場である」と語り、ASEAN市場の強化を社長直轄として自ら陣頭指揮を執っているところだ。「『守りから攻めへ』へとシフトし、早期にASEAN No.1ブランドを実現したい」と、戴会長兼社長は意欲をみせる。
ここからASEAN市場でNo.1ブランドを目指す
2017年度に累計出荷6000万台を突破し、シャープの白物事業の中核製品のひとつである冷蔵庫も、当然、海外事業強化の重要な製品であることは間違いない。
シャープの冷蔵庫は、1974年からインドネシア・ジャカルタでも生産を開始。1988年にはタイ・チャチャンサオで、1997年には中国・上海でも生産を開始している。
とくに、タイ・チャチャンサオの工場は、冷蔵庫生産のハブ工場に位置づけられており、直冷式の1ドア小型タイプから、プレミアムモデルとなるインバーター式5ドア大型タイプまで、幅広いラインアップを生産。ASEAN、中近東、オセアニア、欧州、中国、日本などに幅広く製品を供給している。
さらに、2013年にカラワンへ移転したインドネシア工場では、同工場で生産した冷蔵庫の約9割を同国内向けに出荷しているが、ここでは、独自のデザインを採用したインドネシア向けの製品を投入しているほか、不安定な電力事情を考慮して畜冷材料を使用して、10時間保冷が維持できる製品を投入。2018年5月からは、同国初となるハラル認証を受けた冷蔵庫を発売。インドネシア国民の大半を占めるイスラム教徒のニーズに対応したローカルフィット製品として、販売拡大に取り組んでいる。他社にない付加価値モデルの生産にも積極的に乗り出しているところだ。
こうしたASEAN市場への冷蔵庫事業の強化に向けては、タイを中心とした海外生産拠点に集約することが得策と考えたというわけだ。
また、戴会長兼社長は「八尾の冷蔵工場が耐震問題を抱えている」と指摘しているが、冷蔵庫の生産拠点の構造そのものにも限界が来ていたのも事実だ。
実は、冷蔵庫を生産している第3工場は5階建てとなっており、冷蔵庫のような大型製品の生産棟としては珍しい多層階構造だ。
しかも、1階で外箱成形などが行われ、2階で内箱組立、3階では庫内部品の組み込みや性能検査、4階では扉組立、そして5階で最終工程の梱包、出荷検査が行われる。つまり、1階から上に上がっていくごとに完成品に近づく仕組みであり、重たいものを上に運ぶ構造になっている。
「八尾市内という立地のため、地方都市の工場に比べると土地費用が高く、効率的な利用をするために多層階構造にしている」とシャープの関係者は説明する。
今後の冷蔵庫事業拡大を視野に入れるのであれば、年間40万台模の生産で、すでに飽和状態となっている八尾での生産を維持するよりも、海外生産に移行した方が得策であると判断したともいえるだろう。
さらに、八尾の冷蔵庫の生産ラインを見てもわかるが、組み立ての自動化が進展しているほか、日本品質を維持するための検査工程においても、自動化が導入されている。最終組み立て工程などでは、まだ手作業の部分も多いが、自動化による組み立て、検査などのノウハウの海外移転が可能になっており、とくに、タイの工場におけるプレミアムモデルの生産実績が高まるにつれて、八尾の工場におけるこれまでのようなマザー工場という役割が薄らいできたともいえる。
国内市場の需要変化も影響か
これまで、高い冷凍機能や高い省エネ性を実現するモノづくりでは、八尾の生産拠点が先行していたのは事実だが、海外生産拠点でのモノづくり技術の向上が進んでいる点も見逃せない。
また、八尾の生産拠点で製造していたのは、301L以上の日本市場向けの大型プレミアムモデルの冷蔵庫としているが、実際には450L以上の製品の生産が中心になっている。だが、日本におけるこの分野の製品の需要に停滞感が出てきたことも見逃せない。
調査会社などによると、200L以下の小容量冷蔵庫が市場全体の35%に達するなど、小型冷蔵庫の需要が拡大している。少子高齢化や単身および2人世帯の増加などによって、小容量の冷蔵庫の需要が増加。さらに、ガラストップを採用したデザイン性の高い製品が、この領域で増加したことも、小型冷蔵庫の需要拡大に寄与している。国内市場の需要変化も、今回の国内生産の終息に影響を与えたのは間違いないだろう。
シャープにとって、白物家電最後の国内生産の終了は、日本人としては寂しい部分もある。だが、今回の判断は、生産という点では、世界最大規模の実績を持つ鴻海グループのなかで決定したものである。その判断には、強い説得力を感じざるを得ない。