兵庫県三木市と日本オラクルが、スマートシティの推進に関して、官民連携協定を結んだ。
その取り組みの第1弾として、スマートツーリズムにフォーカスし、VR(バーチャルリアリティ)やデジタルツインを活用しながら、三木市の観光資源としての魅力を発信し、旅先として、三木市を選定してもらうための活動を行うという。その取り組みを追った。
三木市は、兵庫県南部に位置し、神戸電鉄粟生線を使えば、神戸および三宮からは約60分の距離にある。
戦国時代の史跡や重要文化財を所有する寺社をはじめ、様々な観光スポットが集積しているエリアでもある。伝統を持つ三木金物は、品質や性能には定評があり、のこぎりやのみ、かんな、こて、小刀が人気だ。また、日本酒造りに適した米の最高峰と言われる「山田錦」の生産量は日本一だ。市内には25カ所のゴルフ場があり、その数は西日本一だという。
三木市の仲田一彦市長は、「三木金物のモノづくり体験や農業体験、ゴルフ体験のほか、三木市内にある兵庫県防災センターを活用した防災体験、JRA(日本中央競馬会)と一緒に建設した三木ホースランドパークによる乗馬体験が可能であり、ほかにはない観光資源を持っている。縁が切れない包丁とぎを行い、鍛冶職人が食した鍛冶屋鍋を食べ、金物神社で恋の成就を祈願するといった三木市ならではの体験コースが用意できる」などと語る。
今回の両者の協定は、「兵庫県三木市のスマートシティ推進に関する官民連携にかかる協定」とし、デジタル技術を活用したスマートシティ推進施策を共同で立案することを目的としたものになるが、実証実験を含めてデジタルの実装にまで踏み込んでいる点が特徴だ。
日本オラクルでは、クラウドプラットフォームやAIを活用したログ分析機能、多言語対応機能を無償で提供。三木市では、「両者の強みや役割を生かし、デジタル技術を活用して、より住みよい環境の実現を目指す」と語る。
三木市が抱える地域課題について、三木市の住民、産業従事者、市職員などと、日本オラクルが、アイデア創出やプロトタイプ作成などの活動を実施。Oracle Cloudの活用を通して、三木市の観光都市化やデータ連携基盤を活用したスマートシティ構想を推進し、三木市の発展に貢献するという。
三木市は、2022年に、兵庫県が募集したスマートシティモデル地区に採択されており、青山7丁目団地再耕プロジェクトにおけるヘルスケアや、安全安心などに係るデジタル技術の活用、2025年の大阪・関西万博を見据えたインバウンド推進や、スマートツーリズムなどにつながるデジタル技術の活用、行政手続きのスマート化につながるデジタル技術の活用などに取り組んでいる。
今回の協定では、具体的な取り組みの第1弾として、回復傾向にある観光需要において、「いかに三木市を旅先として選定してもらうか」といった観点から、地域の観光資源の魅力をより広く発信するスマートツーリズムに着手する。
スマートシティの様々な側面、初手がスマートツーリズムだったワケ
スマートシティの取り組みにおいて、まずスマートツーリズムを開始するのには理由がある。
三木市では、「スマートシティには様々な取り組みがあるが、観光資源を生かし、発信していくことも重要な取り組みのひとつである。スマートシティの取り組みを市民の人たちに知ってもらうという点で、スマートツーリズムはわかりやすい。これまで点在し、それぞれに発信していた三木市の観光資源を、プラットフォームを通じて線や面として発信できるようになる。旅行をしたいという人たちと、市民や事業者などがつながり、地域経済の活性にも貢献できる。デジタルでつながることで新たな発見もでき、地域の人たちにも、三木市の豊かな観光資源に気がついてもらえるきっかけになる。三木市を訪れた人たちが、市民がスマートシティの恩恵をどう受けているのかも理解できるだろう」と説明した。
スマートツーリズムでは、オラクルのクラウドサービスであるOracle Cloudを通じて、データ連携基盤を整備。デジタルツインの技術を活用して、三木市を知ってもらうためのプラットフォームを構築する。日本オラクルが日本各地で進めてきたDXを支援する各種ソリューションなども用いる予定だ。
三木市を観光地として選択してもらうための意思決定のための魅力伝達とする「旅マエ」、三木市を訪れて楽しんでもらうホスピタリティプログラムの「旅ナカ」、訪れたあともつながり続け、満足度向上や他人への伝播を促進する「旅アト」までの一貫したアプローチを通して、地域の魅力を、広く、深く発信していくという。
とくに、「旅マエ」では、先に触れたように、デジタルツインを用いた事前体験サービスを提供することになる。
実際の観光地をメタバース上に再現し、VRゴーグルを装着してアクセスすると、没入感があるバーチャル観光体験が可能になる。これによって、来訪意欲を高めることができるという。
「やりたいことや嗜好性といった質問に回答するだけで、AIがお勧めの観光スポットなどの情報を提供。バーチャル空間のなかで、刀づくりの体験をしたり、コミュニティを形成して会話をしたりといったことが可能になる。今後は、三木市から移動できる関西エリアのお勧めスポットやイベント情報も紹介していきたい」という。
実証実験では、三木金物による包丁づくりを、360度カメラで撮影し、VRゴーグルで体験できるようにした。画像を見て、自分もやってみたいと思ったら、画面上から体験を予約したり、お気に入りに登録し、いくつかのコンテンツを見比べて独自のツアーを作り上げたりといった使い方もできる。また、刀づくりの起源などに関する説明を聞いたり、刀づくりに詳しい人と、興味を持つ人を結びつけたりすることで、新たなコミュニティをメタバース上に実現することも考えている。
「ライブカメラを活用して、山田錦の田植えから収穫までの1年間の生育状況を動画で伝えることも考えている。三木市に興味を持ってもらうためのコンテンツを数多く用意していきたい」と語る。
そのほか、宿泊や移動初段などのツーリズム予約や、現地でのアクティビティの予約、各種のレンタルサービスの予約、通訳サービスの手配、特産物購入場所の設定などを組み込んだツアープランニングを提供し、旅行者に対して、満足度が高い旅行計画の作成をサポートする。
また、コミュニケーションツールを活用することにより、三木市を訪れる前から、現地スタッフや観光スポットの担当者、見学できる工場などの職人と、やり取りができる環境を実現。コメントをもとに興味度の変化なども測定するという。「旅行で訪れる前から、三木市の人たちと友達感覚でコミュニケーションができる環境を作り上げたい」とする。
机上の空論ではなく、地域と一体になり課題解決を実行する時
今回の両者の協定では、三木市が抱える地域課題の把握および課題解決のために必要なデータや情報の収集、三木市の観光都市化実現に向けたデジタル施策に関する共同検討や実証、社会実装に向けた取り組み、都市OS(データ連携基盤)の実現や活用に向けた検討、Oracle Cloudを活用した施策の提案、三木市のスマートシティ推進の施策立案に関する取り組みも進めることになる。
協定は2025年12月31日までを期限としているが、有効期限の2カ月前に解約の申し出が無ければ、同一内容で1年ごとに更新する。
三木市の仲田市長は、「人口減少、少子高齢化が進むなかで、隣の自治体が子育て施策を充実したので、こちらも充実して、住民を取り合うという時代ではない。また、様々な社会課題が生まれ、その解決が行政に求められているが、自治体だけでは解決できず、官民の連携が重要になっている。オラクルとの連携は、こうした課題を解決するための取り組みのひとつになる。2025年には大阪・関西万博も控えており、インバウンド需要も視野に入れて取り組みたい。三木市の魅力を世界に発信したい」と語る。
一方、日本オラクル 常務執行役員 クラウド事業統括の竹爪慎治氏は、「日本オラクルは、兵庫県と『スマートひょうご』の取り組みにおいて議論を重ねてきたが、そのなかで、2022年に、兵庫県から三木市の紹介を受けた。オラクルのスマートシティへの取り組みが、三木市の取り組みと親和性が高いと考えた。三木市のビジョンなどに感銘を受けた」と発言。「三木市が推進しているスマートシティ推進に向けた取り組みにおいて、データを活用した住民サービス、スマートツーリズムの検討について支援をするために、2022年から、三木市と街づくりビジョンに基づき、議論を進めてきた」と語る。
その上で、「スマートツーリズムにおけるタビマエ体験の向上を目指した取り組みの一環として、観光施設のバーチャル体験の準備を進めている。市民生活向上のためのデータ活用の基盤の調査、検討にも着手している。協定締結が連携活動の加速につながると確信している」と述べた。
さらに、「スマートシティは、データを活用することで、住民にとって、より安全、便利、豊かな生活を実現することができる。人々が新たな方向でデータを理解し、本質を見極め、無限の可能性を解き放てるように支援していく。データ活用においては、いかに使いやすくするかという取り組みとともに、いかに安全に守るかという相反する課題に対応していく日作用がある。オラクルのデータ活用のテクノロジーと、デジタル庁のガバメントクラウドにも認定された最新のクラウドテクノロジーを組み合わせることで、三木市が安心安全なスマートシティを、柔軟に、迅速に実現することに貢献したい」とした。
たとえば、スマートツーリズム向けに、データを活用して整備した交通機関の経路情報は、旅行者だけでなく、そのまま地域の人も活用できる情報となり、スマートシティの実現にも役立たせるといった応用が可能だ。
また、「テクノロジーだけでなく、静岡県三島市や北海道富良野市などとのスマートシティに関する取り組み実績や知見も活かしたい。スマートシティ実現のためには、机上の空論ではなく、自治体や住民と一緒になって考え、共創していくことが必須である。住民のみなさんの生活をより一層豊かにし、街を一層元気にすることに貢献したい」と語った。
三木市と日本オラクルの取り組みは、現場での実行力を活かした取り組みが特徴である。どんな形で、スマートツーリズムを実現し、その成果をもとに、スマートシティの取り組みへと発展させるのかが楽しみだ。