2022年10月7~9日に三重県鈴鹿市の鈴鹿サーキットで、3年ぶりに開催されるF1日本GPを前に、オラクル・レッドブル・レーシング Head of Strategic Partnershipsのゾエ・チルトン(Zoe Chilton)氏が、日本メディアの共同インタビューに応じた。

  • 鈴鹿で3年ぶりのF1日本GPが開催へ、オラクル・レッドブルは「データ」でレースを制す

    オラクル・レッドブル・レーシング Head of Strategic Partnershipsのゾエ・チルトン(Zoe Chilton)氏

オラクルとレッドブル・レーシングは、2021年シーズンからパートナーシップを組んでおり、データを活用したシミュレーションの結果をレース戦略に反映。昨シーズンは、マックス・フェルスタッペンがドライバーズ・チャンピオンを獲得した。

2022年シーズンはその関係をさらに強化し、Oracle Cloud Infrastructure(OCI)を活用し、より精度の高いシミュレーションを行い、レースに活かしている。

2022年のF1世界選手権では、第17戦のシンガポールグランプリ終了時点で、ドライバーズランキングでは、オラクル・レッドブル・レーシングのマックス・フェルスタッペンが首位、セルジオ・ペレスも3位につけている。また、コンストラクターズランキングでは、オラクル・レッドブル・レーシングが首位を独走している。

チルトン氏に、オラクル・レッドブル・レーシングにおけるデータを活用したレース戦略について聞いた。

  • オラクルとレッドブル・レーシングは、2021年シーズンからパートナーシップを組んでいる

2つの観点でオラクルのテクノロジーをレースに活用

「オラクルは、パフォーマンスを高めるために、新たな技術革新を提供してくれている。2021年シーズンから築いたオラクルとレッドブル・レーシングの関係は、イノベーションパートナーと呼ぶものであり、オラクルが持つクラウドサービスを活用し、技術や知見、サポートを提供してもらっている。2021年シーズンでも、2022年シーズンでもいい成果が見られている」と、オラクル・レッドブル・レーシング Head of Strategic Partnershipsのゾエ・チルトン(Zoe Chilton)氏は切り出す。

オラクル・レッドブル・レーシングでは、2つの観点で、オラクルのテクノロジーを活用しているという。

ひとつはレース戦略の立案につなげるためのシミュレーションである。

「レーシングカーは、複雑なエンジニアリングの集合体であり、その技術を常に進化させていかなくてはならない。また、レースにおいては、レース戦略を立案し、優勝するための努力を行わなくてはならない」とし、そこにオラクルの最新テクノロジーを活用していることを示す。

2022年シーズンは、レギュレーションの変更に伴い、車両の設計が大幅に刷新され、オラクル・レッドブル・レーシングでは、2022年シーズン向けレーシングカーとして、2つの新たなプロトタイプを導入。シーズン開始前には、プロトタイプからデータを収集し、正しい設計を行えているのかを確認することから始めたという。

2022年シーズンのレギュレーション変更は、過去30年間で最大のルール変更とも言われ、今年はマシンのほぼすべての部品が新しくなった状況にある。

現在、チームでは、2022年シーズン向けに、新型のレーシングカーとして、RB18を開発し、これを使用している。

また、シーズンがスタートすると、日曜日に開催される決勝に向けて、データの収集を開始する。

レースが開催される週になると、チームは、金曜日にサーキットに入り、そこでフリー走行を行う。「サーキットによっては、1年間使われていなかったり、5年使われていなかったりといった場合もある。路面の状況などのデータを収集する一方で、外部から得られる気候データなども組み合わせることになる。チームでは、なるべく多くのデータを短時間に取り込み、それらのデータをもとにしたシミュレーションを行い、タイヤの選択やピットストップのタイミングなど、レース戦略を決定していく」という。気象はレースの状況に大きく影響するため、複数のデータを活用している。

レーシングカーには約150のセンサーが搭載され、ひとつのレースで収集するデータは約400GBにおよぶ。新たに収集したデータは、英国・ロンドンのファクトリーに送信され、それをもとに行われるシミュレーションの回数は、数100万回に達し、そこからアウトプットされる結果は年間で数10億になるという。ここでは、金融業界などでも利用されているモンテカルロ・シミュレーションにより事象を推定。アルゴリズムを用いて、戦略のコンビネーションを導き出し、その結果をもとに、決勝当日のサーキットのコンディションにあわせた戦略を立案する。

グリップがいいソフトタイヤを履かせるのか、耐久性が高いハードタイヤを利用するのか、それともその中間であるミディアムタイヤがいいのかといった選択を行い、同じチームの2台のレーシングカーのピットストップの順番やタイミングを決める。1ラップ早くピットインさせた方がいいのか、それとも1ラップあとにピットインさせた方がいいのか、あるいはミディアムタイヤで20周したあとに、ハードタイヤに交換したほうがいいのか、といった詳細なレース戦略も、様々なデータを組み合わせてから、最速となる結果をもとに立案することになる。

「ピットストップした際に、他のレーシングカーにオーバーテイク(追い越し)されないように、正しいタイミングで、正しいポジションに戻すことがレース戦略では大切である。レースを最後まで最速で走ることができるようにするために、繰り返し実施したシミュレーションをもとに、それらを組み合わせて、レース戦略の立案につなげている」という。

  • レーシングカーには約150のセンサーが搭載され、ひとつのレースで収集するデータは約400GBにおよぶ。それをもとに行われるシミュレーションの回数は、数100万回に達する。その結果が、レース戦略に活かされる

チームが、2021年シーズンに、OCIを初めて導入した際には、それまでに比べて、シミュレーションの回数を1,000倍に増やし、予測と意思決定の精度を高めることができたほか、従来のシミュレーション方法に比べて、答えを導きだせる速度を10倍に高めたことで、レース戦略担当者が正しい判断を下すための時間を確保することができるようになったという。

OCIのほかに、Oracle Analytics Cloud、Oracle Data Science Platformなどの最新のテクノロジースタックを活用し、Kubernetesのパワーと柔軟性も利用。「1,200人が勤務している英国・ロンドンのファクトリーに設置したオンプレミス環境での計算を中心にしていた体制から、OCIによるクラウド環境を中心とした体制へと移行したことで、シミュレーションプラットフォームをスケールアップ。これにより、モンテカルロ・シミュレーションの回数を、前年に比べて25%増やすことができた」という。

仮に、ネットワーク接続に不具合が発生し、英国のファクトリーと連携できないといった非常時も想定しており、毎回、持ち運びが可能な小型データセンターをサーキットに持ち込んでいる。「これが最後のバッマアップとして利用できる」という。

OCIの導入に際しては、オラクル側から、シミュレーションに対する理解を深めるための協力があり、どのインフラやサービスを使えばいいのかといった提案があったという。また、実際の運用においては、サポートが必要な際に、オラクルのエンジニアが、リモートで支援する体制を敷いている。

「オラクルは、常に正しい情報提供をしてくれている。優れたツールとサポートを得ることができている」とする。

2022年シーズン中も、シミュレーションの手法は進化。データをもとにしたレーシングカーの改善や、プロセスの改善を行っているという。

「シミュレーションの最適化、インフラの改善は常に行っている」とする。

一方、クラウドサービスであるOCIの活用は、コストの大幅な削減にも貢献しているという。F1には、バジェットキャップ規則があり、予算の上限額が決められている。

オンプレミスに比べて初期導入コストが大幅に少なく、最新のテクノロジーを使用できることに加えて、シミュレーションに利用するのは金曜日、土曜日、日曜日の3日間だけで済み、それ以外の日は利用しないために、従量課金のクラウドへの移行は、コスト削減効果が大きい。F1の厳しい支出規制にも対応できるというわけだ。

「オンプレミスでは、毎日、マンシを稼働させていたり、そのための冷却コストが必要であったりしたが、それも不要になっている。コース上でのパフォーマンスの向上と、コスト効率向上を両立させている」とする。

なお、オラクルでは、Red Bull Powertrainsと協力して、2026年にデビューする予定の次世代F1エンジンの開発に取り組んでいる。OCIを使用して新しいエンジンの燃焼室のモデリングを最適化し、コストを削減しながら成果を上げているという。さらに、Red Bull Advanced Technologiesでは、次世代のワールドクラスのドライバーの育成を支援するための提携も行っており、AIと機械学習を応用したプロジェクトを通じて、ジュニアドライバーのドライビングスタイルに関する情報の提供やラップタイムを短縮するための理解を深める支援を行っている。

また、eスポーツにおけるパートナーシップも結んであり、Oracle Red Bull Racing Esportsでは、OCIの分析機能を利用して、ゲーム内のレーシングカーのセットアップを最適化し、レース戦略を改善し、ドライバーにトレーニング環境を提供しているという。

テクノロジーが、世界中の「ファン」とのつながりにも貢献

もうひとつのオラクルとの連携の成果が、ファンとの結びつきを深めるサービスとして提供している「Red Bull Racing Paddock」である。

  • ファンとの結びつきを深めるサービスとして提供している「Red Bull Racing Paddock」

2021年シーズンからスタートしたPaddockは、Oracle Crowd Twist Loyalty and Engagementを活用するとともに、オラクルのカスタマーエクスペリエンス(CX)チームやコンサルティングチームが支援。OCIを利用した世界初のファンロイヤリティプラットフォームと位置づけられている。

「全世界のファンと、年間を通じてエンゲージメントを強化することができるサービスである。ファンは自分のプロフィールを作成し、特別なコンテンツにアクセスしたり、ポイントを得たりできる。パーソナライズしたコンテンツを提供し、カスタマイズした経験も可能になっている」という。

ファンはポイントを獲得して、限定のノベルティグッズを得たり、デジタルコンテンツをダウンロードできるようになり、チームに対しても質問ができたりする。

「2021年10月からサービスを提供し、すでに、189カ国から、数万人のファンが参加している。サービスを開始してから、2カ月で、会員の登録者数は9.5倍に増加した。ファンとチームとの直接的なコミュニケーションが可能になり、優れたエンゲージメントを生み出している。オラクルとの協業がなければ、こうしたサービスは提供できなかった」とする。

Paddockの運用や機能強化においては、オラクルのサポートチームが英国のファクトリーに1週間のうち数日間参加する体制になっているという。

2022年10月には、Paddockのサービス開始から1周年を迎えることになる。日本GPのあとに、それを記念したサービスの拡張なども行われる予定であり、今後も継続的にサービスを強化していくことになる。

終盤に差し掛かっているF1の2022年シーズンにおいて、オラクル・レッドブル・レーシングは好調に戦いぶりを続けている。その戦いぶりをしっかりと下支えしているのが、オラクルのOCIだといえる。