日立アプライアンスは、再生医療分野向けに、クリーンルーム総合ソリューションの提供を開始する。これにあわせて、セントラル化した過酸化水素滅菌装置などを導入した再生医療技術支援施設を東京・日本橋に開設した。

日立グループで家電事業を手掛ける日立アプライアンスが、再生医療市場に参入する。2014年11月の再生医療法の施行によって、この分野に対する民間企業の参入障壁が低くなったことが参入のきっかけとなった。再生医療分野という特定領域における事業での成長を目指しており、再生医療分野における構造設備の市場規模は2021年度には約200億円を想定し、そのうち30億円超の事業規模を見込んでいる。

東京・日本橋に開設した日立アプライアンスの再生医療技術支援施設

今回の再生医療技術支援施設では、米STERIS製の過酸化水素滅菌装置をセントラル化して、滅菌のグレードが高い調製室、脱衣室、着衣室、AL室の4つの部屋の一度に無菌化。調製室では、日立産機システムの再生医療用キャビネットを導入したほか、遠隔監視による予兆診断システムにより、空調システム全般の異常を検知するサービスを提供。加えて、空調機の保守点検や保全メンテナンスのトータルサポートなども提供する。

さらに、クリーンルーム内の壁には日軽パネルシテムが開発したフラットパネルを採用。一般的なパネルは目地幅が7mmであるのに対して1mmとし、ホコリや汚れが溜まりにくい構造にした。床と壁のつなぎ目も丸みを持たせたり、ガラス窓のつなぎ目もフラットにしたりといった工夫も施されており、清掃しやすさを追求している。

こうした設備全体とサービスを組み合わせて、同社は「クリーンルーム総合ソリューション」と位置づける。それを体験できるのが、今回解説した再生医療技術支援施設というわけだ。

家電の会社からソリューションの会社へ

日立アプライアンスは日立製作所の100%子会社で、2019年4月には日立コンシューマ・マーケティングと合併し、新会社を発足する予定だ。新会社は売上高5,000億円以上、従業員1万人以上の企業となり、家電、照明・住宅設備機器の開発、製造、販売、エンジニアリングおよび保守サービス、冷凍・空調機器の販売および保守サービスを展開することになる。

現在の日立アプライアンスの主力事業は白物家電であり、新会社になっても家電事業が売上高の約5割強を占める見込み。一方で空調システムの販売、保守などが4割強を占め、その多くがBtoBといえる店舗・オフィス向けエアコン、設備用パッケージエアコン、ビル用マルチエアコン、チラーユニットをはじめとする業務用冷凍・空調設備など。BtoBの空調システムでは、すでに多くの実績がある企業ともいえるのだ。

同社には、家庭向けルームエアコン「白くまくん」をはじめとする空調製品の開発、生産を、グループの日立ジョンソンコントロールズ空調に移管した経緯もある。2015年10月に設立した日立ジョンソンコントロールズ空調は、ジョンソンコントロールズが60%、日立アプライアンスが40%の株式を保有しており、ルームエアコンのほか業務用冷凍・空調設備、大型冷熱システム、圧縮機などの事業に取り組んでいる。

日立アプライアンスは、日立ジョンソンコントロールズ空調が開発、生産した空調関連製品の販売を行っており、今回の再生医療技術支援施設でも日立ジョンソンコントロールズ空調の冷凍機を使っている。

記事初出時、日立アプライアンスの会見での説明に従い、日立ジョンソンコントロールズ空調の製品をまったく使用していないと記載していましたが、その後、新晃工業の空調機の熱源に日立ジョンソンコントロールズ空調製の冷凍機を使用していることがわかり、本文を修正をしました。(2018年12月11日18時)

今回のクリーンルーム総合ソリューションは、前述のように米STERISや日軽パネルステムをはじめとする様々な企業の設備機器を導入し、再生医療用キャビネット、セルソーターといった調製に必要とされる各社の機器、さらには、日立ジョンソンコントロールズ空調の技術、日立アプライアンスのIoTソリューションであるExiidaによる監視サービス、そして、設備の施工までを組み合わせた提案となっている。同社が単なる機器販売から、ソリューション販売としての事業展開を開始するきっかけになる。

新会社の新たな柱に、単品売りからの脱却を目指す

今回のクリーンルーム総合ソリューションおよび再生医療技術支援施設では、注目すべきポイントを3つ挙げることができる。

1つは、2019年4月からスタートする新会社で、第2の柱にすると宣言していた「ソリューション事業の創生」における最初の製品として、このクリーンルーム総合ソリューションが位置づけられたことだ。

この「ソリューション事業の創生」では当初、具体的な取り組み項目としてスマートライフ事業の創生、スマートシティおよびスマートホーム事業の立ち上げを掲げていたが、新たに、今回のような再生医療分野向け製品が加わったことになる。

日立製作所 生活・エコシステム事業統括本部長 兼 日立アプライアンス社長の徳永俊昭氏

日立アプライアンス社長(日立製作所 生活・エコシステム事業統括本部長を兼任)の徳永俊昭氏は、「日立グループでは、世界中の人々のQoL(クオリティ・オブ・ライフ)を向上させる取り組みを重視している。それは家電事業もソリューション事業も同じ」と前置きし、「スマートシティやスマートホームも、直接的な取引相手は企業だが、その先にいる人々の生活を豊かにするビジネス。再生医療分野も製薬会社や病院、研究所などが対象のビジネスになるが、その先には人がいて、人々の健康に貢献できる。つまり、QoLを高めるために重要な取り組み」と説明している。

2つめは、単品売りからの脱却という、新会社が目指す方向性に則ったビジネスであるという点だ。

プロダクト事業の強化および拡大は、新会社でも引き続き重視はするものの、目指すビジョンは「生活ソリューションカンパニー」だ。サービスとの組み合わせや、日立グループの企業、外部企業との連携による新たなソリューションの創出によって、これを実現しようとしている。

クリーンルーム総合ソリューションは、日立アプライアンスや日立グループの企業が開発、生産した製品を販売するというよりも、他社製品を組み合わせた提案や、日立アプライアンスが持つ遠隔監視サービスなどを組み合わせた運用および保守などの提案が柱になっている。実際、再生医療技術支援施設では、「HITACHI」のロゴが入った機器をほとんど見かけない。

  • 米STERIS製の過酸化水素滅菌装置

  • 新晃工業製の空気調和機

  • 調製室には、非接触型の生体認証システムを採用

  • 滅菌グレードに応じて部屋を色分け。扉も確実にロックできる構造を採用

  • 作業を行う日立産機システムの再生医療用キャビネット

  • ソニー製のセルソーターを導入

「細胞操作や培養などの作業品質の安定化と、安全性を追求した環境を、ソリューションとして提供することになる」(日立アプライアンス 空調サービスシステムエンジニアリング本部 東日本システムエンジニアリング部の佐藤祐一担当部長)とし、機器販売のビジネスではなく、ソリューション型ビジネスであることを強調する。

これも、日立アプライアンスにとっては、これまでにあまり例がなかった新しいビジネスの形だといえる。

キーワードは「協創」、施設の立地にも意味がある

最後の3つめは、「協創」を重視した拠点づくりをしているという点だ。

今回の再生医療技術支援施設は、236平方メートルの面積を持ち、最新設備の導入などに約2億円を投資した。それを製薬会社のほか、大学や研究所などのアカデミア分野、関連学会や団体などが無料で利用できるようにしている。東京・日本橋という立地を選んだのも、製薬会社が集中しているエリアだからだ。

すでにアカデミア関係で約20社、製薬会社で約5社、学会による見学申し込みが2件あるなど、あわせて30件程度の問い合わせがあるという。

日立アプライアンス 空調サービスシステムエンジニアリング本部 東日本システムエンジニアリング部の佐藤祐一担当部長

「利用はすべて無料。再生医療に必要な環境を確認したいという導入見込み顧客の利用だけでなく、空いていれば、実際に培養などの作業を行いたいという要望に対しても、無料で貸し出すことを考えている」(日立アプライアンスの佐藤担当部長)としている。

最新の設備が整っている施設だけに、製薬会社や研究機関に、有料で貸し出すことも可能だといえるが、あくまでも、「儲けない施設」というのが基本方針だ。

「顧客の声を収集して、それを製品やサービスの創出に反映。さらに、実験を繰り返すことで、最適な除菌のサイクルを導き出したり、国内外のメーカーの機器との組み合わせやサービスとの組み合わせなどによって、新たなソリューションを生み出すための協創の場として、積極的に活用したい」(同)と語る。

総合すると相当な規模の投資になっており、再生医療分野における「協創」にかける日立アプライアンスの本気ぶりが伝わってくる。

再生医療分野への取り組みは、「生活ソリューションカンパニー」を目指すとした日立アプライアンスにとって、その枠から離れているように見えるが、ストライクゾーンのひとつに位置づけた。再生医療技術支援施設への積極的な投資姿勢からもそれは明らかだ。

日立の家電会社が目指すソリューションビジネスの新たな姿のひとつが、公けになったといえる。