シャープは、密閉された空間を、目標湿度に調節し、維持できる調湿材「TEKIjuN(適潤)」を開発した。2022年春から商品化する予定であり、パートナー企業とともに、楽器の保管用途などで提案する。
液体調湿材を樹脂に染み込ませて固形状にすることで、液漏れのリスクをなくし、扱いやすい調湿材として開発。「ビーズ型」と「シート型」の2種類を用意しており、用途に応じて選択することが可能だ。なお、ビーズ型は、目標湿度に調整が可能な世界初の固形状の調湿材となる。
電源を使用することなく、多湿時には吸湿し、乾燥時には放湿することができ、木製品や生鮮食品、嗜好品などを、多湿や乾燥から守ることができる。
目標湿度を維持できる「TEKIjuN」の強み
使い方は、目標湿度に設定したTEKIjuNを、密閉容器に設置するだけで済む。
たとえば、バイオリンなどの木製楽器は、40~50%RHの湿度が最適とされており、これまでは多湿によるカビを抑制するために、シリカゲルなどの乾燥剤が一般的に使用されてきた。だが、目標湿度の設定ができないため、過度な乾燥状態となり、木材に歪みやひび割れが生じる恐れがあった。
一方、目標湿度に調節可能な液体の調湿材はすでに商品化されているが、液漏れのリスクがあるため、特殊な包装が必要となるなど、使い勝手で課題があった。また、空間の湿度は外気温によっても変動するため、最適な湿度の維持には、乾燥剤に加えて空調機器などの電源を必要とするケースもあった。
シャープ 研究開発事業本部インキュベーションセンター係長の越智奨氏は、「保管する対象物と同じ密閉空間にTEKIjuNを入れてもらえば、約2~3時間で、内部空間を目標湿度に調整でき、乾燥、劣化、結露、カビなどから守ることができる。理想的な保存環境を作ることができ、製品の寿命を縮めてしまうリスクに対して、簡単に対応する手段になる」と自信をみせる。
カメラでは40~50%RH、ワインやお米は60~70%RH、野菜や果物などの青果は80~90%RHと、対象物により最適な湿度は様々だが、目標湿度は、成分調整により、40~90%RHの範囲内で任意に設定できるため、幅広い用途で利用することができるのも特徴だ。
目標湿度は、それに対応した液体調湿材を配合し、平衡湿度特性を用いて調整している。
TEKIjuNは、周りの空気の吸収と放出を繰り返しており、乾燥環境では内部の水分を放出して湿度を高め、多湿環境では水分を吸収して湿度を下げる。目標湿度に達すると放出と吸収のバランスを取り、その環境を維持することになる。
「バイオリンでは、乾燥による歪みに起因する音階のズレを抑制し、ワインではコルクの状態を正常に保ち、適切な熟成を促す。とくに大事なワインには、キャップの部分にTEKIjuNを使うことで重点管理が可能になる。また、美術品や宝飾品では、展示ケースのなかにTEKIjuNを入れることで良好な状態を保持し、商品価値を守ることができる」としたほか、「一般的な冷蔵庫では、室内の湿度が20~40%程度であり、この乾燥冷気が循環することになるが、TEKIjuNで内部湿度を80%以上に調節することで、6日後のほうれん草の重量減少率を4分の1に留めることができる」という。密閉度によるが、約半年間の利用ができる。
「ビーズ型」と「シート型」では、それぞれに適した利用提案を行う。
「ビーズ型」は、固形状として世界で初めて、対象物に最適な目標湿度を設定できるのが特徴だ。単位質量あたりの液体調湿材の含有率が高いため、湿度制御性に優れており、工業製品や工芸品、嗜好品、食品などの保管用途に適しているという。
「直径5mm程度の小さな球体から構成されるため、楽器ケースやカメラケース、ワインセラーなど、余剰スペースが限られた空間でも利用可能となる。また、温度変化に伴う湿度の変化もない」という。温度変化は、0度から70度までであれば、目的湿度を維持できる。
また、「シート型」は、TEKIjuNを微細化し、不織布と配合したもので、より広い表面積を持っているため、吸放湿のスピードが速く、ビーズ型の約2倍の吸放湿速度を実現。急激な湿度変動にも対応できるのが特徴だ。「主に、結露抑制シートとしての活用を想定している」という。
一般的に、相対湿度が急激に上昇すると結露が発生しやすくなるが、「シート型」は空気中の水分を速やかに吸収するため、結露を抑制できるほか、相対湿度が低下すると自ら放湿するため、湿度の急激な変化が緩和される。
「シート型は、軽く薄いため、住宅の壁の内部に組み込むなど、幅広い用途への利用が期待される。折り鶴ができる薄さであり、自由に裁断も可能となっている。調湿機能を持ったインテリアとしての利用や、設置場所に応じたサイズでの利用も可能になる」という。
目標湿度への調節機能とは別に、結露抑制に特化した自然再生機能も持っており、倉庫などに貼付することで、夜から朝にかけては高速で吸湿し、周辺の結露を抑制。昼は自然環境下で自動的に再生し、高速で放湿することで、繰り返し使用できる。
屋外の電設ボックス内の電気機器の結露抑制や、輸送用コンテナおよび倉庫内における段ボールなどの荷物の濡れ抑制にも適しており、電設、建材、輸送分野などにおける結露抑制シートとしての活用を想定している。
「食品のコンテナ輸送における事故要因の13%が結露漏れであり、結露が発生しやすい天井面を中心にTEKIjuNシートを設置すれば、こうした課題を解決できる。また、高断熱家屋では壁内の結露やカビにより腐敗するといった課題もある。壁のなかにTEKIjuNシートを入れてもらうことで対応ができ、快適環境創出と、家屋の長寿命化にも貢献できる」としている。
TEKIjuNのビーズ型とシート型の活用によって、「これまで多湿や乾燥によって劣化し、廃棄されていた資材や食料品の削減などが可能になるため、廃棄物ロスなどの社会的課題の解決にもつながるほか、カビやウイルスなどの衛生面においても、湿度を管理することで改善できる。鮮度保持輸送の実現に加えて、試験機関や研究所では、理化学品の恒温恒湿による試験環境の創出、サンプル保管や持ち運びにも活用できる」としている。
また、SDGsの観点でも、電源不要の湿度調節技術であることから、省エネルギーを促進できること、住空間やインフラでの湿度管理、結露抑制による快適で衛生的な住環境の創出のほか、食品、資材の寿命を長く保ち、家庭だけでなく、コンビニやスーパーなどでの廃棄ロス低減も実現できるとしている。
価格は従来の調湿材と同等程度を見込んでおり、数年後には、年間10億円の事業規模を最低ラインとしている。材料ビジネスとして展開し、シャープブランドによる展開にはこだわらないという。
「理想的な環境」を追うTEKION LABの取り組みから開発
TEKIjuNという名称は、適度な潤いを与え、適切な湿度環境下で維持することで大切なモノを守るという狙いから命名した。
シャープでは、2017年3月に社内ベンチャー「TEKION LAB」を設立し、独自技術によって、最適な温度に調整できる蓄冷材を商品化している。
「TEKION LABを通じて様々なニーズを聞くなかで、より快適で、理想的な環境を実現するには、温度と密接な関係がある湿度も重要であるとの認識に至った。そこで、湿度を調整、維持できる材料に着目し、2015年から開発をスタートした」という。
「人の肌には、うるおいを保つための天然の保湿成分がある。これをヒントに、人体に影響がなく、コスト的にも見合うものとして、目標の湿度に調整、維持できる液体調湿材を開発した。だが、形状の柔軟性に課題があること、特殊な包材が必要であるという課題があったことから、これを樹脂に染み込ませることで固形化する研究を進め、TEKIjuNを開発した。ニーズにあわせて粉体状に加工することもできる」という。
「生活のなかでは、温度とともに、湿度は重要なものであるが、制御が難しい。新たな材料技術を用いて、適正な湿度を実現することができる。TEKIjuNによって、新しいスタイルの最適湿度管理ができ、適度な潤いで大切なものを守ることができる」としている。
一方、シャープ 常務執行役員 研究開発事業本部長の種谷元隆氏は、同社の研究開発の取り組みについても説明した。
「シャープの創業者である早川徳次氏は、『他社がまねするような商品をつくれ』と語り、世の中のニーズに、新しい商品や技術で応えてきた。そのなかで、研究開発事業本部は、変化する社会課題の解決に向けて、新たな価値を生み出すための技術や発想を開発するのが役割である。さらに、技術を開発するだけでなく、社会に実装するために技術実証を行い、それをもとにフィードバックを得て、ポテンシャルユーザーとともに新たな産業を作っていくことも重要な役割である」としたほか、「8Kエコシステムグループのなかに含まれるが、スマートライフ、ICTの事業グループに向けても、中長期的な視点で技術を提供し、さらに新たな事業グループの創出に向けた技術開発も行っている。また、異業種分野で使ってもらうことに対しても積極的に活動しており、シャープ+αの世界を作ることにも乗り出している」と述べた。
現在、研究開発事業本部では、「5G・Beyond5G無線通信技術」、「次世代画像符号化技術」、「IoTセンシング技術」、「高精細映像伝送・表示技術」、「AI応用画像検知・超解像技術」、「次世代材料・デバイス技術」の6つの分野において技術を保有。今回のTEKIjuNは、「次世代材料・デバイス技術」のなかに含まれる。