インテルの動きが活発だ。2021年2月に、米本社のCEOにパット・ゲルシンガー氏が就任して以降、新たな方針を打ち出すとともに、それに伴う大規模な組織再編を実施。さらに、新製品の発表や、将来に向けたロードマップも明確に示され、今後のインテルの方向性が多くの人たちに伝わったといえる。とくに、7月のIntel Accelerated、8月のIntel Architecture Day、10月のIntel InnovatiONという3つのイベントを通じた発信は、インテルの今後の力強い成長を期待させるものといえる。
そして、インテル日本法人の鈴木国正社長も、毎月のように記者会見を開催するなど、日本のパートナー、顧客に向けた発信の強化に力を注いでいる。今回はインテルの鈴木社長に、インテルの今と将来、そして日本における今後の取り組みなどについて聞いた。
パット・ゲルシンガーの復帰、新CEOはインテルをどう変えるのか
―― 2021年2月に、パット・ゲルシンガー氏がインテルに戻り、CEOに就任してから、インテルの動きが大きく変化し、活発化したことを感じます。社内の雰囲気も変わっていますか。
鈴木: 私自身も、新たなインテルが始まったことを強く感じています。2021年2月以降、インテルでは、様々なことが起こり、社内も変化しています。方向性が明確になり、やることとやらないことが示され、組織を再編し、人も入れ替わりました。また、外に向けても明確なメッセージを打ち出しています。インテルの「基本」に立ち返る戦略が打ち出され、インテル社内にも、社外にも、メッセージがわかりやすい形で伝わっているのではないでしょうか。それが、この約8カ月間の私の印象です。メッセージが明確になったことで、私自身も、対外的な説明が、これまで以上にやりやすくなりました(笑)。
パットからのメッセージによって、社内のモチベーションがあがっていることを強く感じます。パット自身はもともと技術者です。そして、インテルの従業員構成比では、技術者が圧倒的な比率を占めます。テクノロジーの会社にとって、最も重要な力は、技術者のモチベーションをあげることだと思っています。この見えない力が、成長の原動力となります。私は以前の会社(ソニー)でも、それを感じていましたが、改めて同じことを強く感じています。
インテルの業績は、ここ数年、いい状況が続いています。ただ、この先の競争が厳しくなるとみられるなかで、インテルの課題はなにか、強みはなにかを明確にし、その上で、インテルはどうするのか、どこに向かっていくのかということが示されたことは、とても重要なことだといえます。
―― インテルの強みと課題とは、どんな点でしょうか。
鈴木: たとえば、半導体という観点からみると、パッケージングにおいては、インテルは圧倒的な強みがあります。ここでは、継続的にリーダーシップを確保し、そのポジションは絶対に譲らない。その一方で、プロセス性能をリードするために、インテルはなにをしなくてはいけないのか。ここでは、2025年に向けた明確なロードマップを打ち出し、リーダーのポジションを取り戻す姿勢を明確にしました。そうした取り組みを推進しながら、ムーアの法則を限界まで実現しつづけ、シリコンの魅力を最大限に引き出すことになります。
これまでは、我々が、「インテルは強い」といっても、外から見れば、そうではない部分があり、結果として中途半端なメッセージとして伝わっていたのではないでしょうか。しかし、強いところは強い、弱いところは弱いということを明確にし、弱いところはどう改善していくのかを示すことで、外に対するメッセージが伝わりやすくなりますし、技術者たちのモチベーションをあげることにもつながっています。言い換えれば、妥協を許さない経営にシフトしたことが明確になったともいえます。
IDM 2.0と大規模投資、TSMCとの関係、そして日本との今後
―― インテルが打ち出した方針のひとつに、IDM 2.0があります。この狙いはなんですか。
鈴木: IDM 2.0は、製造、イノベーション、製品リーダーシップにおいて新境地を拓くための施策であり、インテルだけが実現できる洗練された戦略であり、そして、勝利の方程式だといえるものです。インテルでは、研究開発に270億ドルを投資する一方、新たな設備投資に335億ドルを計上し、そのうちの200億ドルが、米アリゾナ州への製造拠点の新設への投資になります。また、アイルランドとイスラエルへの研究開発投資に170億ドルを予定し、さらに、今後10年では1,000億ドル規模の投資をすることも明らかにしました。これまでとは違うレベルでの投資計画を明確にしています。
これにより、インテルが持つ最先端のパッケージング技術とプロセス技術をベースに、世界トップクラスのIPポートフォリオを最大限に活用し、製品におけるリーダーシップの維持、安定した供給力とコスト優位性を達成することを目指します。また、大規模な製造能力を持つ世界規模の社内ファブネットワークと、外部ファンドリーが持つ能力の利用拡大、世界最高水準のファウンドリー事業となるIntel Foundry Servicesの展開によって、IDM 2.0を実現していくことになります。
ここでは、TSMCとの関係について聞かれることが多いのですが、TSMCとの関係は長年に渡り深いものがあります。競合関係でもあり、協業関係にもある、という新たな関係を構築することになります。
また、Intel Foundry Services Acceleratorにより、アイルランドの自社工場内にIntel Foundry Servicesの機能を持たせ、とくに、車載向け製品を、最先端ノードでの生産に移行させます。自動車産業において、インテルがしっかりとしたフットプリントをつくるということを明確に打ち出しました。。
―― これらの取り組みは、地政学的な観点からの対応と取ることもできますが、そのなかで、日本が「蚊帳の外」という印象を受けなくもありません。
鈴木: 現在、半導体生産の約7割がアジアに集中しており、地政学的リスクがあるのは事実です。IDM 2.0では、まずは欧米での強化が先行しています。これは正しい判断だといえます。では、日本はどうなるのか。地政学的にも、政治的にも、インテルにとって、日本市場は重要なポジションにあることは間違いありません。たとえば、日本は、半導体製造装置においては中核的役割を担うサプライヤーが存在しています。さらに、インテルは、自動車産業へのフォーカスを強めて高めていくことを打ち出しましたが、これは、日本市場がインテルにとって重要であることを示すことにつながります。
それと、パット自身は、日本通であり、日本の状況をよく理解しています。日本の企業の方々とのバーチャル会議に一緒に参加すると、私が驚くほどに相手のことを知っていたり、コロナ前には、来日した際に、直接訪問して対話をしたという話題で盛り上がったりしてますからね。インテルの成長において、日本のパートナーとどう手を組むのかということは、パットの頭のなかに、常にあるテーマだと思っています。
Alder Lakeで世に出た「Intel 7」、その先の半導体は?
―― インテルは、7月のIntel Accelerated、8月のIntel Architecture Day、10月のIntel InnovatiONという3つのイベントを通じて、積極的に製品を発表し、明確な道筋を打ち出しています。ここでもメッセージが伝わりやすくなったことを感じます。
鈴木: Intel Acceleratedでは、先にも触れたように、2025年に向けて、一貫したフレームワークの確立と、プロセスノードのより明確な見通しを打ち出しました。現行製品では10nmのSuperFinというプロセステクノロジーを採用していますが、この次のステップでは、これまでEnhanced SuperFinと呼ばれていたものが「Intel 7」として登場し、性能と消費電力を1世代進めることになります。さらに、続く「Intel 4」ではEUVを採用し、そこから1世代進化した「Intel 3」ではFinFETを採用した最も高速なCPUになる予定です。
そして(FinFETプロセスはIntel 3が最後となり)、2025年には「Intel 20A」が登場し、RibbonFETと呼ぶ、新しい全周ゲート型(GAA)による新たなトランジスタ形状に変わります。これは面積を増やさずにゲート数を増やすことができます。それに加えて、新しいバックサイド電源供給ネットワークであるPower Viaを採用し、これまでにはないまったく新しいトランジスタを作ることができるようになります。
また、Architecture Dayでは、2つのデータセンサー向けSoC、2つのディスクリートグラフィックス、クライアント向けのマルチコアハイブリッドアーキテクチャーの再構築など、多くのものを発表しています。とくに、ディスクリートグラフィックスに本格的に取り組んでいくことも強調したのは大きなトピックスだといえます。
そして、Intel InnovatiONは、もともとパットがIDF(インテル・デベロッパー・フォーラム)としてスタートし開催していたイベントですが、パットがインテルに戻り、新たな名称で復活させたものになります。このイベントでパットからは、開発者に向けて、3つの提案が行われました。1つめは、開発者のための投資を強化し、よりアクセスしやすいような環境を実現する「オープン」、2つめはマルチベンダー、マルチクラウドにも対応し、最新アプリケーションを実行できる「チョイス」、3つめが開発者の利益を優先して考える「トラスト」です。これらの切り口から、開発者ファーストのアプローチを行い、様々な投資を行っていくことになります。
さらに、第12世代インテル Coreプロセッサーファミリーの発表も行いました。このプロセッサーは、マルチコアアーキテクチャーを再定義し、インテルがパーパスを実現する上でも、大きなステップを踏み出すものだと理解してください。(それぞれが高性能と省電力の役割を担う2種類のCPUコアである)Performance CoreとEfficient Coreによる高性能ハイブリッド・アーキテクチャーと、インテル スレッド・ディレクターにより、適切なタイミングで、適切なワークロードを、コアやスレッドに割り当てることができます。そして、Intel 7プロセス採用による単一で拡張可能なSoC アーキテクチャーを実現し、すべてのクライアントセグメントをひとつの世代でサポートするのは今回が初めてとなります。第4四半期には、30カ国以上で、140社以上から、第12世代 インテル Core デスクトッププロセッサーを搭載した製品が投入され、60以上のマザーボードが登場することになります。
2025年には、コンピューティング需要は、現在の1,000倍に達すると予測されています。そこでインテルの果たす役割は大きいといえ、それに向けた大きな一歩を踏み出したのが、Intel InnovatiONでの発表だったわけです。
インテルが基軸とした4つの「Superpowers」とは何なのか
―― インテルでは、「ユビキタス・コンピューティング」、「エッジ・トゥ・クラウド・インフラストラクチャー」、「パーベイシブ・コネクティビティ」、「AI(人工知能)」の4つを、Superpowersと位置づけました。これはどんな意味がありますか。
鈴木: これらのひとつひとつがイノベーションを起こす役割を担うことは多くの人に共通した認識だといえます。インテルの組織も、この4つのSuperpowersにあわせるような形で再編しました。そして、さらに重要なのは、これらが組み合わさって、より破壊的なイノベーションが起こるということなのです。では、4つのSuperpowersに、インテルがどう関与していくのか。インテルの事業の中心は半導体ですが、これらの4つのSuperpowersに対しても、ソリューションを絡めながら、フットプリントを作り、テクノロジーを進化させていきます。
具体的には、この4つのSuperpowersにおいて、インテルのx86とXPU戦略によってコンピューティングの民主化をリードする「製品リーダーシップ」、シリコン単体に主眼をおいたビジネスに留まらず、業界標準を形成するオープンで、セキュアなソフトウェア、ハードウェアを提供する「オープンなプラットフォーム」、世界を変えるテクノロジーの開発やサービス展開を含むIDM 2.0戦略による「大規模な製造力」の3点から、インテルの戦略を推進していくことになります。
また、製品のリーダーシップという観点では、強力なエコシステムにより、ビジネス、趣味、学習、クリエイティブ、コラボレーションにも不可欠なPCの製造を担う「クライアント・コンピューティング」、最先端のAIを実装し、顧客の幅広いワークロードに適応できる最高レベルのクラウドソリューション、データセンターソリューションの開発を行う「データセンター& AI」、5Gやその先の6G、エッジAI、NICとスイッチ、シリコンフォトニクス(SiPh)のほか、ソフトウェアによる大規模な創造的破壊をもたらし、クラウドからエッジ、インテリジェント・エッジ・ネットワークまでつなぐインフラストラクチャーを提供する「ネットワーク&エッジ」、グラフィックスやGPUの提供とともに、HPCでは初となるゼタスケールを実現する高速化コンピューティングのNo.1プロバイダーを目指す「高速化コンピューティング・システム&グラフィックス」、自律走行車のテクノロジーをけん引するトッププロバイダーとして事業を推進する「モービルアイ」、この10年でNo.2のファウンドリープロバイダーとしての体制を確立した「ファウンドリー事業」に取り組み、それぞれの事業に責任者をおき、それぞれに事業を推進する体制へと再編しました。
そして、日本においては、4つのSuperpowersを視野に捉えながら、強靭なサイバーセキュリティ、デジタル人材の育成、脱炭素化によるエネルギー対応に取り組んでいくことになります。これは、日本独自の強化点であり、日本独自のビジネスフレームワークになります。ここに取り組まないと、4つのSuperpowersを最大化したり、生かしたりすることができません。
(【インテル鈴木社長に聞く(後編) - 日本のデジタル化の遅れ、半導体不足、インテルが抱く危機感】へ続く ※11月8日掲載)