パナソニックは、創業100周年を記念した「クロスバリューイノベーションフォーラム2018(CROSS-VALUE INNOVATION FORUM 2018)」を、10月30日~11月3日まで、東京・有楽町の東京国際フォーラムで開催している。同社・津賀一宏社長をはじめ、各カンパニー社長の基調講演、各界有識者による特別講演などのシンポジウムに加え、パナソニックが描く近未来の世界を紹介する展示を行う。
開催初日に行われたパナソニックの津賀一宏社長による基調講演のテーマは、「次の100年の『くらし』をつくる~パナソニックは家電の会社から、何の会社になるのか~」。今後のパナソニックの役割を、「くらしアップデート業」という言葉で表現してみせた。
そして翌日には、パナソニック コネクティッドソリューションズ社の樋口泰行社長による「日本企業の復活―次なる成長に向けた変革へのチャレンジ―」と題したビジネスセッションが行われた。
ここでは、サントリーホールディングスの新浪剛史社長と、大学院大学至善館の野田智義理事長をゲストに迎え、国際競争力が急速に低下し、労働生産性も先進国で最低水準が続く日本が、「再び世界で勝つためには何が必要なのか」といった観点から、日本企業共通の課題を浮き彫りにし、新たな時代を見据えた戦略変換や、かつて日本の強みを支えた企業文化からのマインドチェンジなど、次なる成長に向けた変革の方向性について議論した。
3氏は米ハーバード・ビジネススクールでともに学んだ仲であり、お互いに冗談を言い合うシーンがみられるなど、セッションは和んだ雰囲気のなかで進められた。話の脱線ぶりに、ファシリテータを務めた至善館の野田智義理事長は、「10分間やってみたが、予定調和の話にはならないと思った。用意したシナリオはなしで進める」と宣言したほどだった。
外を見ず一生懸命な社員と、逃げ切りモードのリーダー
今回のビジネスセッションでは、樋口社長と新浪社長が、テーマにあわせて絵や写真を用意し、その意図などを説明する形で進行した。
最初のテーマは、「日本企業の現状と課題、ポテンシャル」である。
樋口社長は、1枚の絵をスライドに映し出した。
「日本人は世界で一番優秀で、勤勉であり、人間的にも優れた国民性を持ち、パートナーを組むにも信頼性が高い。頑張れば失敗しないはずだが、なかなかそうはなっていない」とし、「日本企業丸」と書かれた船に、日本人が乗った絵を見せた。
「周りが大変な荒波になっていて、しかも、船底には穴が開いて、沈み始めているのに、それが見えておらず、優秀な人たちが目の前のPCに向かって、社内の仕事を一生懸命やっている。外を見ていないから危機感がない。沈んでいくことになにも対策ができない」
「一方で、リーダー(社長)は、そんなに長くやるわけでもなく、タイミングが来たら、近くまで助けに来ているヘリコプターの梯子に飛び移ろうとしている。東京オリンピックまでは、景気はなんとかなるだろうという気持ちもあるのだろう。そして、社長にすりよる側近は、『ちゃんとヘリコプターで脱出できます』ということを進言している」と、その様子を紹介する。
的を射た指摘に、会場からは笑いが起きた。
これを見た新浪社長は、「その通りである。日本人はみんなでなにかをやるのはうまいが、出る杭は打たれる文化がある。そして、企業が大きくなればなるほど、外を見ようとすることが少なくなる傾向にある」と前置きし、「バブル崩壊以降、日本の企業は、人材の育成やリーダー育成を忘れてしまった。また、挑戦する意識も欠けている。これを変えていかなくてはいけない。私は、30代から社長を経験してきたが、小さい組織やユニットでもいいから、自分で意思決定をするといったことを、30代半ばまでに経験したほうがいい」と提言。樋口社長も、「一番の人材育成は、修羅場を経験することだという話を聞いたことがある」などと応じた。
新浪社長が示したのは、「コーヒーマシン」の写真だった。ここでは、日本企業の復活に向けたポテンシャルを示したという。
「私が某企業の社長(編集部注・ローソンの社長)のときに、コーヒーマシンをスイスの企業から調達しようと商談を行った。最初の調達でも1万5,000台規模の商談になった。価格は1台100万円。ボリュームディスカウントをしてほしいと提案したが、一切まけてくれない。相手は大きな会社ではなかったが、それでも、我々の商品は、これだけいいものであるからまけられないという。結局、その価格で購入した。これは、日本の企業でも同様である。自分が強みを発揮できる製品を作り続け、それによって顧客への価値を提供する。経営も価値をしっかりと認め、人材を育成し、末端までそれが浸透している会社は素晴らしい」と指摘。野田理事長は、「ある経営者から、いいものを高く売れないのは経営ではない、と言われたことがあった」と語った。
日本の企業はまだ行ける、という議論は無駄
もうひとつのテーマは、「実現のための3つのキーワード」。日本の企業が重視すべきポイントを、2人が、それぞれ3枚の絵や写真で示した。
樋口社長は、人が森を見たり、山頂から遠くを見たりしている絵を1枚目に示し、「木を見て、森を見ずと言われるが、さらに森の上にある山から遠くを見なくてはならない。世界の景色を見ないことには正しい戦略が立てられない」と話す。
そして、「電機の世界はデジタルとインターネットで様々なものがディスラプトされている。クラウドひとつを取ってみても、マイクロソフト、アマゾン、グーグル、アリハバに追いつくことは、もはやできない。一方で、中国の企業は、ハードウェアをコモディティ化することに長けている。こうした現実を見ないで、日本の企業はまだ行けるぞ、という議論をしていても無駄である。海外の企業とのベンチマーキングを怠っていたツケがいまにつながっている」と発言。
野田理事長は、「一度、ビッグピクチャーを見たことがある人は、風景が違うということがわかるが、ふもとにいる人は、高いところから見た景色がわからないという課題がある」と指摘した。それに対して樋口社長は、「あまり高いところからばかり見ていても、現場のことがわからないという問題が発生することになる」という別の課題も提起した。
2枚目は、フォーマリティを示したものであり、「日本は、儀式的なものをそのまま行う文化や、硬い文化がある。年齢、性別、役職に関係なく、会社を良くするために、正しいことをやるという仕組みがないと、世界の景色を社内に響き渡らせたり、現場の問題点を経営層に指摘したりといったことができない」とした。
そして、3枚目の絵は、ダイバーシティを示したものだという。「同質のものが、同じ方向を向いていては、後ろから鉄砲で責められても、それに気がつかずに、イチコロでやられてしまう。バラバラではいけないが、それぞれが持つ個性がひとつになることが強みになる」とした。ここでは、サッカー日本代表を例に取り、「世界で活躍する選手は、個性むき出しで活躍している選手ばかり。だが、それらの個性がひとつになって、日本代表が強くなっている。これは企業でも同じ。以前は、ひとつの会社で勤め上げるのが優秀な人材と言われたが、いまは多くの経験をすることが重視されている」と指摘した。
野田理事長は、「パナソニックに入社して、その後、ダイエーや日本マイクロソフトを経験して、パソナニックに戻ったというのはまさに象徴的である」と樋口社長の経歴について触れてみせた。
元マイクロソフトの社長はパナソニックで何をするのか
ここで、樋口社長は、前職であったマイクロソフトの変化について語る。野田理事長が、「20年前の世界の時価総額ランキングのトップ20のなかで、いまでも20位以内に残っているのは、唯一、マイクロソフトだけである」との話を受けて回答したもので、「いまのCEOであるサティア・ナデラ氏は、IQもEQも素晴らしい。かつてのCEOは、iPadが世に出たとき、『こんなものは売れない』と言った。そして、マイクロソフトが他社とパートナーを組むこともしなかった。しかし、ナデラCEOは、アップルやAndroidと協調してビジネスをはじめたり、クラウドに対して迅速に多くの投資をしたりして、電気、ガス、水道のように、蛇口をひねったらソフトウェアが利用できるという世界に踏み出していった。傲慢な態度もなくなった。近くでそのトランスフォーメーションを見たが、激しいものがあった」と振り返った。
そして、「こうした経験を生かして、パナソニックでは、ライトカルチャーにすることに取り組んでいる。また、外資系はガバナンスが効いており、赤提灯で会社の悪口を言っているのならば辞めた方がいいと言われるが、日本の企業はそうはいかない。日本の企業にとって大切なのは、やることに対して、腹落ちするということである。また、ある程度、ガバナンスを効かせた上で、やってみたらよかったと感じてもらうことも大切である。こういうことを、バランスを取りながらやっていくことになる」と述べた。
また、これまでの経験を振り返りながら、「新たな会社に行くと、やれるものならやってみろ、お手並み拝見と、顔に書いてあるような人がたくさんいる。最初は好感度アップ大作戦しか手がない。私は、私利私欲はなく、みなさんのためにやっています、ということを示すことから始まる」と語って会場を笑わすと、新浪社長も、「私も、悪い人ではないというところから始まる」と語って同調する。
新浪社長が、樋口社長の立場でパナソニックに入ったらどうするかという質問に対しては、「サントリーでもそうだったが、まずは創業者の考えに戻ろうというところから始める。創業精神は重要であり、価値があるものだが、何年もいると、あまり意識をしなくなってしまう。そこを改めて知ってもらうとともに、外から入ってきた人間であっても、そこに対しては同じ意識を持っているというところから始める。いいところは残して、悪いところは変えていく」とした。
これに対して、「新浪さんは、サントリーに入ってから丸くなった」と樋口社長が指摘。新浪社長は、「同じ人格でも、会社によって、やることは違う。前の会社はレガシーを壊さなくてはならないという立場にあった」などと反論した。
100年続く企業として、「正しい」こと取り組む
一方で、新浪社長が示した最初の絵は、スタートダッシュをしようとしている人の写真だ。「大切なのはスピードである。かつては、過去からの積み上げによる改善ができた。だが、いまはやってから考えることが大切であり、スピーディに走りだすことが求められる。サントリーには、『やってみなはれ』という言葉があるが、ここには、決めたら、やり抜くという意味が込められている。その途中には失敗がたくさんある。それを許容できる経営でなくてはならない」とした。
次の絵は、「実るほど 頭を垂れる稲穂かな」という言葉と、開高健氏による「悠々として 急げ」という言葉。「右(実るほど 頭を垂れる稲穂かな)は、私のことを指している」と、新浪社長がいうと、「ようやく最近、頭を垂れ始めた」と樋口社長。野田理事長も、「新浪君が、頭を垂れ始めて、驚いている」と指摘。新浪社長は、「私はずっと頭を下げている」と言って会場の笑いを誘っていた。
また、開高健氏の言葉については、「急いでやらなくてはならないが、気持ちが焦るのではなく、上からしっかりと物事を見なくてはならないということ。経営をやっていく上で、急がなくてはならないが、そこでぐっと止まって、大丈夫か、ということを考えることが大切である。経営はサイエンスではなく、アートである。外から自分を見ることができるようになるべきだ」などとした。
新浪社長の最後の1枚は、清流が流れる自然の写真であった。「日本の企業が、この光景をいつまで維持できるのか。次の世代に何を残せるかを考えなくてはいけない。何のために事業をやっているのかというパーパス(存在価値)を重視すべきだ。サントリーは、水と生きるということを大切にしている。そこに向けて取り組んでいる」と語った。
最後に、新浪社長は、樋口社長に対する期待として、「パナソニックは、これからも100年続く企業として、社会に対してどんな価値を提供できるのかを、わかりやすく発信してほしい。世界各地で、パナソニックという会社があって良かったといってもらえるようになってほしい」と語り、「当時は、ハーバードに受かって良かったとみんなが喜んでいたのに、樋口さんだけが、MITに行きたかったと言っていた。樋口さんのおとぼけキャラはなかなかいい。とにかく明るい。ぜひ、みなさんで支えてほしい」と呼びかけた。
これを受けて、野田理事長は、「私たちは、『明るいナショナル』で育ってきた。世界の『明るいパナソニック』を作ってほしい」と提案した。
樋口社長は、「会社は、社会のため、お客様のため、社員のため、株主のために存在するといわれるが、激しい競争のなかで、盲目的に社会のためということを目指すわけにはいかない。株主価値の向上や社員の人材育成などのバランスを取ることも必要である。そして、今日の議論を通じて、ヒントももらい、共通の課題も浮き彫りになった。正しいことをまっしぐらに取り組んでいく」と述べた。