団塊の世代を狙った布陣
ヴァンガードはマークXジオと同じといったら多くの人は驚くだろう。もちろんプラットフォームやエンジンなどというハード面での話ではない。クルマが狙うユーザー層だ。07年は団塊の世代が大量退職時代を迎えるということで話題になったが、これは昨年に限ったことではなく、今後もしばらくは続くわけだ。この世代は比較的給与水準が高く、退職金もそれなりにいただける人が多い。若い世代と比較すると可処分所得が多く、退職後も趣味などに使えるお金を持っている。ここを狙ったのがヴァンガードでありマークXジオというわけなのだ。もっと言えば昨年登場した比較的価格が安いイストやカローラルミオンなども、こうした層を狙ったクルマだと言えるだろう。
トヨタの新上級SUVとして登場したヴァンガードは、団塊の世代を取り込むという任務が与えられている。アッパークラスの雰囲気を持ちながら、趣味などでも使えるSUVだ |
ベースは北米用RAV4ロングだがリヤゲートのスペアタイヤは取り払われ、すっかり都会的に生まれ変わっている。リヤからはコンビネーションランプなどでRAV4であることがわかるが、フロントから見るとベースはほとんどわからない |
これがカムリに似ているフロントを作り出しているヘッドライト。切れ長のデザインだが上下を薄くすることで乗用車的に見せている |
グリルとヘッドライトの位置関係をよく見てほしい。グリルの上下中心線よりもヘッドライトを高い位置にデザインすることで乗用車のようなフロントフェイスにしている |
自動車メーカーは国内販売で苦悩しつづけている。マーケットリサーチ力の高さで有名なトヨタでさえ団塊の世代の消費動向は読みきれていない。そこでトヨタは物量作戦に出たわけだ。比較的お金に余裕がある団塊世代向けにヴァンガードとマークXジオを用意した。マークXジオは新ジャンルということで、他の世代も取り込めるためそれなりの開発資金が与えられたはずだ。だが、ヴァンガードは言わば"抑え"。客がどこに流れるかわからないから、とりあえずちょっと高級なSUV系も用意しましょうという感じだ。開発資金が潤沢に与えられたとは思えない。
そこで選ばれたのがRAV4。コンパクトSUVとしてスタートしたが、北米での販売が順調で、現行型はさらに北米指向を強めた。あちらではこのクラスでもV6エンジン搭載車を求めるため、当初からロングホイールベース仕様のV6搭載のRAV4を設定した。これが国内仕様のヴァンガードのベースになったわけだ。だが、本物志向が強い団塊世代を狙うとなると、ちょっと大きなRAV4を右ハンドルに仕立て直しただけではムリ。そこでエクステリアを専用開発し、内装も高級感を出す工夫をしている。開発テーマは「Active&Luxury」。趣味使えるSUVでありながらライフスタイルをより豊かに演出する、高級感があるクルマに仕上げているというわけだ。
基本的にはRAV4と同じデザインだが、ブロンズ加飾パネルやシボを変えることで上級感をうまく演出している |
メーターはオーソドックスなデザインだが見やすい。できればメーター内にインフオメーション専用モニターがほしい |
カムリによく似たフロントマスク
エクステリアを見るとベースがRAV4であることは容易にはわからない。フロントフェイスはまったく別物に仕立て上げられているし、リヤも北米用はバックドアにスペアタイヤを背負わせているが、ヴァンガードはタイヤを取り去ってすっきり見せている。フロントをよく見ると上下が薄いヘッドライトと立派なグリルを付けている。それなりに高級感はあるが、どうもどこかで見た記憶がある。そう、カムリのフロントフェイスに似ているのだ。カムリも北米で人気が高いクルマなので、ヴァンガードもRAV4の高級版として北米に輸出するのかと思ったがどうやらそうではない。デザインナーが意図したのは、乗用車のように見えることだという。いかにもSUVというデザインだと団塊世代を含め、ミニバンや乗用車から乗り換えにくい。そこで乗用車のようなヘッドライトにデザインし、その位置も乗用車と同じようにグリルの中心線から上になるようにデザインしているという。デザイナーがカムリを意識したわけではないが、乗用車に見えるようにデザインしたことで結果的にカムリに似てしまったというわけだ。
エクステリアに比べるとインテリアの変更点は少ない。基本的に横の広がりを強調する上下二枚翼構成のインパネのデザインはベースのRAV4と同じだ。ただし、RAV4のメタル加飾に替えて、ヴァンガードではトヨタ初となるブロンズ調加飾を採用している。さらにインパネ樹脂部のシボ(樹脂表面の模様)も変えることでうまく高級感を演出している。RAV4からの変更点はわずかだが、エクステリアに合わせた手法は見事だ。ベースを知らなければそれなりに高級感があるデザインになっている。もっとも価格を考えるとインパネも専用開発したほうがよかったと思わせる部分もある。それは触感だ。じつにうまく高級感を出したインパネデザインだが触ると硬い。ソフトパットで仕上げていないことで、ベース車両を思い出させてしまう。こうした部分で本物感が薄らいでしまうのは残念だ。
だが、シートに本革とスウェード調人工皮革であるアルカンターラを組み合わせたインテリアは高級感がある。これはGパッケージでしか選べないので、高級感を重視する人はこの仕様がいいだろう。ヴァンガードのセールスポイントの1つは7人乗りができること。マークXジオも7人乗りができるが、これらには理由がある。息子や娘ファミリーが孫を連れてきても1台で移動できる利便性を狙っているからだ。ヴァンガードのサードシートは狭いが、ちょっとファミリーレストランまで行くような近距離移動ならば我慢できる。しかし、このサードシートの収納と展開は少々やっかい。荷室の床と一体にして収納できるものだが、その操作方法にコツがいるからサードシートを起こしたり収納したりするのは難しい。この辺がミニバンとは違うところで、室内スペースによる制約はサードシートの足下の狭さだけではなく、こうした使い勝手の部分にも現れている。
必要十分な4WDの性能
エンジンは2タイプを搭載。ヴァンガードが狙っているSUVとしてのゆとりが感じられるV6 3.5Lの2GR-FE型と、直4 2.4Lの2AZ-FEエンジン。V6エンジンはクラウンなどの高級車が採用するものと同系で、振動が少なくパワフルな吹け上がり感が楽しめる。1.7トン(7人乗り)に280馬力のエンジンだからパワーに余裕があるのだ。高速域で少し加速したいときでもアクセルを少し踏むだけですんでしまう。ミッションはトルコン式の5速ATの5スーパーECTと組み合わされるが、パワフルなためこうした状況でもキックダウンが少ない。アクセルを踏み込んでキックダウンさせても変速ショックはわずかだから上級SUVらしさを味わうことができる。
最高出力は170馬力とV6にはかなわない直4 2.4Lだが、走りの洗練さでは決して負けていない。というのは7速スポーツシーケンシャルシフトマチック付きのスーパーCVT-iを組み合わせているからだ。エスティマなどのミニバンでも定評ある組み合わせだが、なにしろエンジン回転を抑えて静粛性を高めているのが印象的。ハーフアクセルぐらいまでならばエンジン回転をなるべく高めないで、CVTの変速を変えてスピードをコントロールするという感じだ。これは燃費面でも有利な制御でV6に負けない、無段変速ならではのスムーズな走りを実現している。アクセルを大きく踏み込んでもCVTの加速感は結構リニアだ。一気に5000回転ぐらいまで高まるが、その後は加速に合わせて車速が伸びていく。車両価格を考えるとこの2.4Lがもっとも買い得感が高い。
トヨタはヴァンガードから盗難装置としてホイールをロックするタイプをオプション設定 |
アイデアオプションが荷物の滑り止めにもなる仕切り。輸入車には同様のものが設定されているものもあるが、トヨタ車では多分初 |
ベースのRAV4はFFも設定しているが、日本でSUVといえばやはり4WDということで、ヴァンガードは全車4WD。車速や路面状態などの走行状況に応じて最適なトルクを前後輪に配分するアクティブトルクコントロール4WDを採用している。それにステアリングやブレーキと協調制御する"S-VSC+アクティブトルクコントロール4WD協調制御"を全車に標準装備しているというのがいい。これはアクティブセーフティにもつながるもので、レクサスなど高級車が採用しているVDIMに近い装備なのだ。EPS、ABS、VSC、TRCのこれらを協調制御して、滑りやすい路面での旋回時でも車両の挙動が安定するように電動ステアリングのトルクをアシストし、エンジン出力を抑制したりブレーキを作動させたりしてくれる。こうした安全に直結する装備はすべてのクルマに標準にすべきで、そういう意味ではヴァンガードの安全装備の充実度は高い。また、ヒルスタートアシストコントロールを装備しているのも魅力的。坂道発進時にクルマが後ろに下がってしまうのを防止してくれる便利な機能だ。実際にラフロードを走る機会は少ないだろうが、DAC(ダウンヒルアシストコントロール)制御はスイッチ操作で下り坂を約5km/hで走る。もちろんブレーキ操作は不要で自動的に車両を安定させ、ドライバーはステアリング操作に集中できる。ドライバーを支援する装備は高級SUVに匹敵するものだ。
こうしてヴァンガードに試乗してみると北米版RAV4ロングの日本仕様ではないことがわかり、予想した以上によくできている。だが残念ながら印象にはあまり残らないSUVなのだ。これはエクステリアに問題があると思う。カムリに似たフェイスでは印象に残らず存在感も少ない。ボクはオプションで用意されている、立て桟デザインのフロントメッキグリルの装着をお薦めしたい。これだけでグッと存在感が出る。2.4Lにこのグリル付きがヴァンガードのベストバイだ。
丸山 誠(まるやま まこと)
自動車専門誌での試乗インプレッションや新車解説のほかに燃料電池車など環境関連の取材も行っている。愛車は現行型プリウスでキャンピングトレーラーをトーイングしている。
日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員
RJCカー・オブ・ザ・イヤー選考委員