2010年は三菱i-MiEVと日産リーフが個人ユーザーに販売され、EV元年といっていい年だった。バッテリーやモーターに関する取材が多くなり、輸入ブランドもハイブリッドカーやEVのラインナップを増やしている。こうしたエコカーが広く普及することを願ってずいぶん前から取材を続けてきたが、2010年の終盤はなぜか"エコ疲れ"してしまった。あらゆるエコカーに試乗してモーター駆動が今後の主軸になるのは確信しているし、そうならなければいけないこともわかっている。

だが、なぜかエコ疲れを感じてしまったのだ。EVやハイブリッドカーもガソリン車と同様のドライビングプレジャーを感じることができるから、魅力の差ということでもない。世界と比べ日本の自動車業界だけが活気がないということもエコ疲れを増幅した要因かもしれない。幸いなことにこのエコ疲れしてしまった体をリセットしてくれたクルマが現れたのだ。それはメルセデス・ベンツSLS AMG。伝説となった300SLの再来といってもいい魅力的なスポーツカーだ。

300SLと同様に鳥が羽を広げるように、頭上高く跳ね上がるガルウイングドアを採用しているのが特徴。その存在感は乗降するときにピークを迎えると言っても過言ではない。大きなドアを跳ね上げると極太のサイドシルが現れ、これを乗り越えるようにシートに納まるから乗降性はお世辞にも良好とは言えないが、スポーツカーには何かしら特別なこうした儀式が必要だ。タイトスカートの女性は直接シートに座ることは難しいが、極太のサイドシルに一旦腰掛けて足から車内に入るしかない。いずれにしても乗降時に周りから痛いほどの視線を浴びることは確実だ。

SLS AMGでエコ疲れが吹き飛んだのは、この注目を浴びるガルウイングドアでもなければスピードでもない。その理由は後述。エンジンはAMGが独自開発した6.3LのV8。意外にもメルセデスお得意の過給器は装着されず、ノーマルアスピレーションのエンジンだ。そのため最高出力は420kW(571ps)で最大トルクは650Nmにとどまり、このクラスのスポーツカーの中ではそれほど目立った存在ではない。速さだけならこのクルマよりずっと速いモデルもある。だがトップクラスの軽量ボディによって2.84kg/PSという優れたパワーウェイトレシオを達成しているのがポイント。SLSを見た人の中にはSLRやSLRマクラーレンの派生車と思う人もいるだろうが、ボディはカーボンではなくアルミスペースフレーム。これも意外なことにメルセデス・ベンツとしてもAMGとしても、初のアルミボディ(スチールの使用は4%)だという。車両重量は1620kgと軽量だ。

センターコンソールのスタートボタンを押すとエンジンの咆哮が室内に響き、太いアイドリング音が聞こえてくる。最近のメルセデスらしい音質だが、今までのどのモデルとも違う、勇ましくうなるような特徴的な音質だ。クルマをスタートさせるとシートポジションが369mmと低いことを実感する。ノーズは2m近くあり異様に長いが、それほど取りまわしに気を遣うことはなくパーキングスピードのパワステの操舵力も適切。このクルマにはメルセデス初がまだある。デュアルクラッチトランスミッション(トランスアクスル)も初採用なのだ。7速のデュアルクラッチトランスミッションはスタート時の半クラッチもスムーズで扱いにくさはまったくない。ドライブモードはC、S、S+(スポーツプラス)、M(マニュアル)の4つと、さらにレーススタート機能を搭載している。

いつものワインディングロードでアクセルを踏み込むとノーマルアスピレーションらしい、いいレスポンスでエンジンが轟音を立てて吹き上がる。室内はもちろん車外で聞いていても、これで本当に加速時騒音規制をクリアしているのかと疑いたくなるほどの豪快なエキゾーストノートが山に響き渡るのだ。0-100km/h加速3.8秒、最高速317km/h(リミッター作動)というパフォーマンスを持っている。公道では当然試すことなどできないが、迫力のエンジン音と瞬間の加速Gでそのポテンシャルが本物であることは容易にわかる。コーナリングや減速では、軽量ボディに仕上げることがスポーツカーにとっていかに効果が高いかを改めて実感させてくれるのだ。ステアリングから路面の状態を細かく伝えてくるのは素晴らしいの一言。

ここまでのインプレッションを読んで、まだガソリンエンジン車を賛美するのかと眉をひそめた方もいるかもしれない。だが、エコ疲れを吹き飛ばしてくれた最大の理由は、メルセデス・ベンツがこのSLS AMGをベースにしたSLS AMG E-CELLを開発していることを知ったからだ。ご存知のとおりメルセデス・ベンツがいうE-CELLはEVのことで、素性のいいSLSをベースにゼロエミッションのスポーツカーがすでに開発されているのだ。4つのモーターが各タイヤを駆動する4WDスポーツ。モーターの総合出力は392kW、880Nmのトルクで0-100km/h加速はなんと4秒だという。ベースとなったガソリン車のSLS AMGは同3.8秒だから、タイム的にはわずかに及ばないがそんなことはどうでもいいことなのだ。モーターならではの強烈な加速感をエンジン音なしで体感できることが新しいスポーツカーであり、素晴らしいことなのだ。もちろんこのプロトタイプモデルには試乗したことすらないのだが、ベースモデルに乗るとSLS AMG E-CELLのポテンシャルを想像できる。燃料電池自動車の登場が本格化する2015年を前に、メルセデスはこうした魅力的なモデルを着々と開発している。なんと数年後にSLS AMG E-CELLが市販される予定もあるようなのだ。一刻も早くSLS AMG E-CELLに試乗してみたい。

ガルウイングドアのSLS AMGは往年の名車300SLの再来といっても過言ではない。ステアリングは左ハンドルのみの設定でメーカー希望小売価格2430万円

着座位置が低いためポジションを取っただけで、スポーツカーに乗っていることを実感する。サイドシルの太さに注目してほしい

ガルウイングのドアはこのように大きな開口部を持っている。サイドへのドアの張り出し量は意外に少なく、横が360mm空いていればドアの開閉は可能だ

フェンダー後部に設けられたエアアウトレットとそこに付けられるフィンも、300SLのイメージを受け継いでいる

ドアは太い2本のガスダンパーによってサポートされているため開閉にはそれほど力はいらないが、腕力が小さい女性を乗せるときにはスマートにエスコートしたい

トランクリッドと一体化されたリトラクタブルリヤスポイラーは、120km/h以上で自動的に立ち上がる

センターコンソールに並ぶスイッチの中で、レッドに光っているのがスタート・ストップボタン。スポーツカーらしいコックピツトだ

長大なボンネットに納まるのは、AMG独自開発の6.3L V8エンジン。このM 159エンジンは、ベースのM 156の吸排気系を中心に120カ所以上を変更した

ドアを開けるには横のボタンを押すとノブが飛び出すようになっている。走り出すとノブは自動的に収納される

トランクは意外に広く実用的なスペースが確保されている。トランクの凹凸を見るとアルミスペースフレームの複雑な形状がわかる

SLS AMGがエコ疲れを忘れさせてくれたのは、このSLS AMG Eセルの存在が大きい。このクルマは4つモーターで各輪を駆動する4WD。単なるプロトモデルではなく、数年後に市販を予定しているといから楽しみだ