新型エルグランドの開発キーワードは「キング・オブ・ミニバン」だという。過去にLクラスミニバンの王者に君臨していたのはエルグランドだった。当時トヨタはハイエースとメカを共有するFRベースのグランビアを登場させたが、ミニバンらしい迫力のあるスタイルと快適な乗り心地を実現していたエルグランドに太刀打ちできなかった。
そのエルグランドを王座から引きずりおろしたのは、やはりトヨタだった。従来の方向性を改めLクラスミニバンをFF化する大改革を行った。すでにFF化されたエスティマのプラットフォームを流用したアルファードの登場によって、エルグランドはその王座を明け渡すことになってしまったのだ。アルファードはFFベースの広い室内空間と迫力のあるフロントフェイスで人気を獲得。エルグランドは優れたハンドリングをアピールしたが、以前のようにユーザーの支持を得られなかった。日産はLクラスミニバンの方向性をどうするのか迷っていた。FRのパッケージングのままだと低重心化は難しいし、プラットフォームの共有化という面でもFRで作り続けるとコスト面でメリットが出にくい。
じつは日産は、今回の新型エルグランドを開発する前に、すでにFF化したエルグランドの開発を進めていた。ライバルを見据えての開発だったたがよりエルグランドらしさを追求するためにそのモデルはなんと中止された。そのため先代はモデルチェンジの時期を見失い、8年間もの長い間現行モデルとして販売され続けた。そんな経緯もあって今回ようやくFF化を実現できたわけだ。
室内スペースはライバルを凌駕するために可能な限り広くすることが考えられた。その結果、全長は先代より80mm長く、全幅も35mm幅広の1850mmになった。FF化の効果がわかるのが全高と室内高。全高は一気に95mmも低くなり1815mmになったが、室内高は逆に20mm高くなって1293mmを実現。アルファードと比較すると、室内高を除いてエルグランドのスペックが勝っているのだ。なんとホイールベースは大台とも言える3000mmに到達してしまった。居住性を大きく左右するホイールベースをトップクラスまで伸ばしたことで、開発陣がいかに居住性にこだわったかがわかる。ここまでホイールベースを長くすると気になるのが取りまわし性だが、じつはFRの先代より小さい5.4mの最小回転半径を実現している。FF化によって舵角を大きく取るのは難しいはずだが、小回りできるように仕上げているため扱いやすさはそのままだ。
トヨタはアルファードに続き、現行型ではヴェルファイアを投入してクラスナンバーワンを死守している。Lクラスミニバンに共通するのは、エクステリアに迫力がありイケメン顔でないと成功しないということ。エスティマのようにワンモーションフォルムで成功している例もあるが、室内スペースを重視するLクラスミニバンは"顔"がとても大切だ。そこで新型エルグランドは好評だった先代のフロントフェイスをモチーフに、ワイド&ローになったボディのエクステリアに仕立てた。どこから見てもエルグランドであることが一目でわかるデザインで高級感も感じられる。また、より全高を低くしたことでライバルとは違ったスポーティさまでも手に入れることに成功している。チーフ・デザイナーの大月桂介氏は「どれだけ分厚くものを作るのかというところに非常に力点を置いた」という。"分厚さ"という表現からもわかるが、迫力あるスタイリングを重視したデザインがキング・オブ・ミニバンへの第一歩というわけだ。
インテリアのなかでもインパネデザインは基本を大切にして、造り込みで高級感を演出している。先代は可動式の大型モニターをメーターパネルと連続させて未来感を演出しているだが、新型の注目点はセンタークラスターに付けられた大きな木目調パネルだ。本木目ではないが最近はこうした樹脂パネルへのプリント技術が向上しているため、フーガが採用している銀粉本木目に近い見た目を実現している。本来ならフーガの技術を応用してほしいが、エルグランドはほぼ国内だけで販売されるクルマだけにコスト的に厳しいのだろう。フーガのようなインフィニティブランドでも販売されるようなグローバル車両とは、こうした質感の部分で差が出てしまうのはある意味しかたがない。
助手席には上級ミニバンらしいオットマン付きのシートが装備されている。助手席とセカンドシートにオットマンを装備するのは、最大のライバルであるヴェルファイアも同じだが、エルグランドは世界初のシートを採用して差をつけようとしている。それがセカンドシート中折れ機構付きトリプルオットマンだ。乗員はバックレストを寝かせてリラックスしたポジションを取っても、どうしても前方が気になるため頭を起こしがちになる。通常のシートだと肩から上を支えることができないため、このポジションを続けると意外に疲れてしまう。そこでセカンドシートに中折れ機能を付けたというわけだ。足をオットマンに乗せてリクライニングさせても中折れ機構で肩周りをサポートすることで、疲れないポジジョンが簡単に得られる。実際に座り心地は快適だし、ドライバーと会話をするときもリラックスしたポジションのため、ロングドライブではかなり効果がありそうな装備だ。
インテリアの注目点はトリプルオットマンだけでなく、最上級グレードの350ハイウェイスター・プレミアムに標準装備されるダークエスプレッソの本革仕様はとても高級感がある。深みがあって上品な色といい、触り心地がよく手適度な柔らかさを持っている。こうした高級感はヴェルファイアを凌いでいると言ってもよさそうだが、エルグランドに欠けている決定的なものはセカンドシートがパワータイプではないことだ。ライバルはパワー化しているがエルグランドのセカンドシートはすべて手動調整。テレビCFを見るとまるでパワーシートのように動いているからカン違いしそうだが、これだけの高級車でパワーではないというのは腑に落ちない。エンジニアに疑問をぶつけると意外な回答を得た。ロングスライドするためパワーシートにした場合ワイヤーハーネスの取りまわしが難しく、耐久性も解決できないため見送ったとのこと。しかし、ライバルに出来ているものが日産でできないということもないだろう。これは公式的な言いわけ?で、実際のところは国内だけのモデル用にパワーシートを開発してもコストが折り合わないというのが本音だろう。国内販売だけのモデル(シンガポールなどの一部海外では販売されるかもしれないが極少量)は、グローバルモデルと違って開発費の制約が多いためこのようなことが起こるわけだ。
パワーシートがなくてもエルグランドにはカスタマイズモデルが用意され、超贅沢な移動空間を手に入れることができる。特別仕様車のVIPがそれで、高級感あふれるブラックの内装に深いブラックカラーの本革シート、読書灯、オートスライドドア連動ステップなどが装備される。ちなみに価格は2WDの350ハイウェイスター・プレミアムよりも約140万円以上も高く、最低価格のモデルでも577万5000円からだという。プレミアムなミニバンが欲しいというユーザーならこのVIPは見逃せない。
エルグランドの快適性で注目したいのが世界初の「クイックコンフォートシートヒーター」。2010年の夏は記録的に猛暑だったが、10月下旬からは急に寒くなって秋を飛び越えて冬モードになってしまった。こうした寒い時期に困るのは本革シート。厳寒地でもシートの冷たさが体に伝わりにくいファブリックと比べると本革シートはとても冷たく、ヒーターが効き出しても体との接触部分はなかなか暖まりにくい。そのため本革シートにはシートヒーターの組み合わせが必須なのだが、シートがなかなか暖まらなかったり、長く使うと部分的に熱すぎたりすることがある。そこで日産はヒーターを入れると温かさを感じやすい太もも裏やお尻から温め、シートが温まったら気持ちいい温かさを感じる腰や太もも裏を重点的に温めるように工夫した。これによって気持ちいい温かさが持続するというのだ。この技術は特別なヒーターや制御を使うのではなく、ヒーターの間隔と位置を最適化することで実現したという。コストをそれほどかけずに快適化を実現したわけだ。ただし残念なのはヒーターが運転席と助手席だけに装備されるという点。セカンドシートにも欲しい機能だが、前述のようにロングスライドするセカンドシートに配線するのが難しくて断念。寒いときに本革セカンドシートに座るのは結構つらいことになりそうだ。
プラットフォームはティアナなどが使うDプラットフォームがベースになっている。これは海外仕様のマキシマなどの大型FFに使われるほどキャパシティが大きいため、3000mmという長いホイールベースにしても使えたわけだ。このクラスのボトムグレードは300万円ほどというプライスだから、コストがかさむFRではライバルと勝負できないというわけだ。もちろん室内スペースの拡大を考えてもFFが有利で、走行性能を左右する重心の低さもFRはフロア下にプロペラシャフトが貫通するためフルフラットフロアにするとどうしてもフロアを下げにくい。
新型エルグランドがFFになってしまったことをなげく声があるが、操縦安定性と乗り心地のバランス点はかなり高い。重心が下がったことによって挙動が安定しているのがコーナーを走るとすぐにわかる。コーナリング時のロールの進行スピードも穏やかにセッティングされているので不安感や腰高感がなく、安心して曲がることができるのだ。先代はFRならではの素直な操縦性で腰高感をうまくカバーしていたが、コーナリング時の安定感はやはり新型のFFのほうがいい。コーナーを攻めるときには結構スポーティな走りを見せる。重いはずのV6 3.5Lエンジン搭載車でもノーズは意外に素直に回頭するし、直4 2.5L搭載車ならさらに軽く動く感じだ。S字のような切り返すコーナーでも挙動が乱れることがなく、VDCのセッティングも巧みでスポーツ走行を邪魔しない範囲でスタビリティコントロールを行ってくれる。もっともセカンドシートやサードシートに人を載せている状態でこのような激しい走りはしないが、危険回避の操作をした場合でもかなりコントローラブルなハンドリングを確保していると言っていい。
動力性能の高さや加速の豪快さといった点ではやはり3.5Lが魅力的に見えるが、価格と装備を考えると2.5Lのほうがリーズナブル。2.5Lでも動力性能に不満はなく、直4でも振動や騒音はうまく抑えられているのでチープな感じはまったくない。燃費性能に優れるCVTが組み合わされているため、2.5Lを搭載する250はヴェルファイア2.4と同じ10・15モード燃費11.6km/Lを達成。排気量はわずかにエルグランドのほうが大きいが、燃費性能はまったく同じスペックになっている。3.5L同士を比較するとヴェルファイアの9.5km/Lに対し、エルグランドは9.8km/Lとヴェルファイアを上回る数値を記録しているのだ。セカンドシートをパワー化できなかったという弱点がエルグランドにはあるが、走行性能と乗り心地という点についてはライバルをリードすることに成功している。ただし新型エルグランドがキング・オブ・ミニバンに返り咲けるかは微妙だ。
二段タイプのヘッドライトを見ただけでエルグランドとわかる。迫力のある顔立ちは先代と同様だ |
全高は低くなったがフロアを下げたことで室内高は十分に広い。ウインド周りのメッキモールも質感を高めているポイントだ |
新型エルグランドはエアロを装備したハイウェイスターがメイン。350シリーズはハイウェイスターのみで、250に1グレードだけXGを設定している |
試乗車は横浜タイヤのdB(デシベル)E70を装着していた。ロードノイズが少なく、乗り心地もいい |
リヤスタイルも先代エルグランドのデザインを踏襲している。リヤから見たほうがワイド&ローのフォルムになったことがわかりやすい |
インパネのデザインはオーソドックスになったが、センターの木目調パネルの質感は高い |
コンソールトレイにはAC100Vのコンセントも備わっている |
3眼式のメーターはシンプルなデザイン。センター下部にはマルチインフォメーションディスプレイも装備している |
スライトドアにはロールサンシェードを全車標準装備 |
サードシートにもロールサンシェードは標準装備されている。多少左右が空いているが日差しをうまく和らげてくれる |
ボーズのシアターシステムの音場造りはすばらしい |
最上級グレードの350ハイウェイスター・プレミアムは専用のダークブラウンの本革シートが標準。触感がよくて高級感もある |
ファーストクラス並みのセカンドシートだが、残念ながらパワー機構は装備されず調整はすべて手動だ |
手前のレバーがオットマンの調節。座ったままでは調節しにくいオットマンだけでも電動化してほしかった |
セカンドシートの中折れ機能は、このレバーで調節する |
スライドドアの操作スイッチは運転席右下にあるためブラインドタッチとなってしまう |
V6 3.5Lはパワフルでスムーズな吹き上がりを見せる。直4の2.5Lも意外によく走るからお薦めしたい |
バッテリートップに貼られたブルーのステッカーを見てほしい。最近日産が採用している省燃費エンジン用の専用バッテリーだ |