メルセデス・ベンツの環境対応モデルの戦略は着実に進行している。同社も少し前まではFCV(燃料電池自動車)の開発に熱心だったが、インフラやコストの問題で導入がまだ先になることと世界的な原油高で、既存のガソリンエンジンの燃費改善に迫られた。自動車メーカーが一気にガソリンエンジンの燃費向上に取り組んでいるもう一つの背景は、欧米での燃費規制が強まっていることにもある。こうした状況からメルセデス・ベンツや各自動車メーカーはあらゆる方向性を持って燃費改善に取り組んでいるわけだ。
多彩なライト機能を持つ新型Eクラス。E350ブルーテックとほかのグレードはロアに丸型のフォグランプを採用しているが、E63AMGはLEDランプを装備 |
すっきりしたリヤビューのステーションワゴン。ディーゼルを搭載するE350ブルーテックもエキゾーストはバンパー内に隠さず見せるデザインだ。従来は排気管を見せないデザインが多かったが、新型ははっきり見せるデザインにしている |
少し前までハイブリッドカーといえば日本の"お家芸"のように言われていたが、今年のジュネーブモーターショーを見るとスポーツカーメーカーまでハイブリッドカーを登場させ、市販車にも続々とハイブリッドモデルが設定されている。メルセデス・ベンツの底力を見せつけられるのは、すでにダウンサイジングの時流に乗った小排気量ガソリン直噴ターボエンジン(CGI)を展開し、プレミアムサルーンのSクラスにはマイルドタイプながらハイブリッドまで設定していることだ。今回のE350ブルーテックの導入によってクリーンディーゼルまで用意することができたわけだ。現在ワールドワイドで考えられる環境対応エンジンを短期間のうちに3種も用意しているのだ。こうしたハイブリッド、直噴ターボ、クリーンディーゼルをそろえているのは、日本市場では国内自動車メーカーでもないし、輸入ブランドのなかでもメルセデス・ベンツが唯一のブランドなのだ。日本メーカーも海外ではクリーンディーゼルを投入しているが、国内でも発売されているのは日産のエクストレイルGTと三菱パジェロぐらいだ。エクストレイルGTに近く6速ATが追加されるが、最新の排ガス規制をAT車でクリアしたのは今回試乗したメルセデス・ベンツE350ブルーテックだけだ。
E350ブルーテックのインプレッションの前に、メルセデス・ベンツEクラスのステーションワゴンを説明したい。つい最新ディーゼルのブルーテックばかりに目が奪われてしまうが、Eクラスのステーションワゴンも今回が初お目見えなのだ。Eクラスのステーションワゴンは7年ぶりのフルモデルチェンジ。使いやすい大容量のラゲッジスペースとセダン同様の優れた安全性能と快適な乗り心地を持っている。エクステリアデザインは、最新のメルセデスに共通するシャープなラインが特徴。フロントまわりは新時代のメルセデスを感じさせ、LEDのランプはヨーロッパで導入されるデイランプのためのデザイン処理だ。メルセデスもマイチェンごとに各クラスのフェイスを変えているが、共通するのはLEDランプの装着。ヨーロッパでデイランプが導入されるため、今後は日本車も含めてクルマのフロントフェイスのデザインが変わっていくことになる。
安全性能も最新のメルセデスらしいものだ。ワゴンは専用に強化された高剛性ボディを採用。注目装備は"アダプティブハイビームアシスト"で、ナイトドライブ時に常に最適な視界を確保する新ライトシステム。通常のライトはドライバーがロービームとハイビームを切り替えるが、都市部のドライバーはロービームのままで走りがちだ。対向車がいない場合は障害物や歩行者を早く発見するためハイビームに切り替えるべきだが、切り替えが面倒なためか多くのドライバーが実行していない。そこで交通状況に応じてロービームとハイビームを自動的かつ連続的に切り替えを行うというのがこのシステム。通常はハイビームで走行し、先行車や対向車の存在を検知すると自動でロービームになる、とても便利で安全性を向上させるシステムだ。
同時に装備されるインテリジェントライトシステムは、5つのモードで最適な配光特性を選択する優れた機能だ。例えばカントリーモード(市街地に相当)ではロービームでの通常走行時に道路や周辺領域の照明を向上させ、ハイウェイモード(90km/h以上)では速度に応じてロービームの照射範囲を2段階で拡大するため、より遠くまでの視界を確保してくれる。ユニークなのはフォグランプ強化機能で、70km/h以下での走行中にリヤフォグランプを点灯させるとヘッドライトは道路端までを広く照射するようになり、自車の位置確認をしやすくしている。さらにアクティブライトシステムはステアリングを切る角度と車速に合わせてヘッドライトの照射軸を左右に回転させ、進行方向を積極的に照射してくれるため、運転が楽なだけではなく安全性にも優れる。コーナリングライトも装備され、40km/h以下で交差点を曲がるときに内側を広く照らして歩行者や自転車の発見を早める。ヘッドライトは国産車でも放電ランプであるHIDなどを採用する例は多いが、こうした高機能のライトを採用するのは一部のプレミアムモデルだけというのが残念。日本でもヨーロッパの規制ECEに合わせて、こうしたライトシステムを装備できるように法改正されているため、一刻も早く多くの車種に採用してもらいたいものだ。話が少々それたが、Eクラスの安全性能のなかでもう1つ注目なのが新開発"SRSぺルビスバッグ"。ステーションワゴンのフロントシートに装備されるものだが、衝突時に乗員の腰椎や骨盤を衝撃から守る新しいエアバッグだ。
Eクラスのガソリンエンジンもダウンサイジングされ、1.8L直噴ターボを搭載。これは先行搭載されたCクラスのエンジンと同様のものだ。1.8Lと聞くと、Eクラスの大きなボディにそんな小さなエンジンで大丈夫なのかと疑問に思う人もいるだろうが、この直噴ターボエンジンも素晴らしい動力性能を発揮する。Cクラスでそのポテンシャルは確認済みだったが、Eクラスでも十分に通用するし、プレミアム感は何ら失われていない。アクセルを踏み込むと間髪入れずに加速態勢に入る。ターボラグなどは一切なく、思うとおりのパワーを手にできるという印象だ。感覚的には従来のV6エンジン以上の出来で、2.5Lクラスのパワーとトルク感があるからまったく動力性能に不満がない。巡航時には1.8Lクラスの燃費性能を実現しているのだから、これ以上を望むならハイブリッドか、今回新搭載されたディーゼルエンジンのブルーテックしかないだろう。
新時代のクリーンディーゼルであるブルーテックは、メルセデス独自の環境対応技術コンセプトである「BlueEFFICIENCYテクノロジー」の中の1つの技術だ。世界でトップクラスのクリーンなディーゼルエンジンであるブルーテックは、日本のポスト新長期排出ガス規制はもちろん、ヨーロッパの次期排出ガス規制であるユーロ6とアメリカの排出ガス規制Tier2BIN5をクリアしている。これらはもっとも厳しいとされる排出ガス規制であり、ブルーテックは、この3大排出ガス規制をクリアした数少ないディーゼルエンジンだ。3LのV6直噴ターボディーゼルエンジンに最新の7速ATである7Gトロニックを組み合わせている。最高出力は155Kw(211馬力)、最大トルクは540Nm(55.1kgm)だから、トルクはガソリンの5Lクラスに相当する力強さなのだ。こうしたスペックを実現できたのは、コモンレール・ダイレクト・インジェクションやピエゾインジェクター、VNT(バリアブル・ノズル・タービン)ターボチャージャーなどのテクノロジーによるものだ。だがこれらは先代モデルのE320CDIと同じでは? と気づいたあなたは相当な最新ディーゼル通といえる。そのとおりで、じつはエンジンの主要部分は先代モデルのE320CDIと同じで、今回新たに排ガスの後処理システムであるブルーテックを組み合わせたのだ。これは尿素SCR(択型触媒還元)を使って窒素酸化物(NOx)を約69%も低減し、粒子状物質(PM)除去フィルター(DPF)によりPMを約21%も低減。ディーゼルでもっとも対策が難しいNOxを劇的に減らしているのがブルーテックの威力だ。燃費も素晴らしく、ステーションワゴンでは10・15モードで13.4km/Lを実現している。ATの輸入車として初のエコカー免税(自動車取得税と重量税100%免税)のため、ステーションワゴンは最大約68万円もの優遇を受けることができる。
E350ブルーテック ステーションワゴン アバンギャルドを走らせると、トルクに乗った伸びのある加速感が印象的だ。太いトルクにもかかわらず7速ATは変速ショックを感じさせずに、連続感のある加速を見せる。レーンチェンジやコーナリングは重いエンジンの影響でシャープさに欠けるが、高速巡航はプレミアムワゴンらしい快適さを実現している。リヤのオートレべリング機能付きのエアサスも乗り心地に貢献。荒れた路面や段差のショックをうまく吸収してくれるのだ。ただしコーナーで路面にうねりがあるとややダンピングが効いていないためピッチングが大きくなる。どちらかというとアメリカンステーションワゴンに近い感じだ。リヤのエアサスが原因と思われるこのような挙動を抑え込めればさらによくなるのだが……。
もう一点残念なのは騒音。新型Eクラスは、先代の日本仕様のE320CDIを踏襲している。先代は日本の顧客がエンジンノイズに厳しいため特別にジャパンスペックを導入。日本向けモデルはエンジンやエンジンルーム、遮音材、吸音材を特別な仕様にしていた。新型Eクラスは先代の日本仕様のノウハウをワールドワイドモデルに展開した初めてのモデル。だが残念なことになぜか先代よりもノイズが大きいように感じられるのだ。先代はフロントフェンダーの横に立つと明確にディーゼル音とインジェクターの作動音が聞こえたが、新型はこの部分のノイズが抑えられたかわりに、フロントグリルのあたりでもディーゼル車であることがはっきりわかるのだ。もっともメルセデスらしくないのは室内の静粛性だ。エンジン始動時から室内でもディーゼル車であることをノイズで認識でき、加速時もディーゼルらしい騒音が室内に侵入してきてしまう。音を意識しないですむようになるのはロードノイズや風切り音が大きくなる80km/hくらいからだ。ノイズ対策はある一カ所を静かにするとほかの音が目立つという難しさがあるが、ディーゼル搭載車は全体的にノイズが目立ってしまっていることが残念。早期に騒音対策をすることが望まれ、この点が改善されればプレミアムエコカーとして歓迎できる。