前回は、災害発生時の融資に関する情報を整理いたしました。今回は、金融機関へ自粛が要請されていた歩積両建預金(拘束性預金)について、大蔵省銀行局通達を参照しながら解説します。歩積両建預金は、端的に説明すれば、融資した金額の一部を担保として預金させる行為です。文書によって「歩積、両建預金」「歩積・両建預金」と書かれる場合がありますが、本稿で筆者は「歩積両建預金」と書き、文献から引用する場合は変換せずに記載することとします。
歩積両建預金に対して警鐘を鳴らす記事を書こうと思ったきっかけは、ある融資コンサルタントの書籍に「定期預金を担保に入れれば融資を受けやすくなる」という主旨の記述があったからです。私は融資の可能性を上げるために預金を担保に入れることについて反対している立場です。最大の理由は有効活用できない資金が生じるからですが、実質貸出金利が上がるデメリットも見逃せません。過去に政府が金融機関に対しどのようなコミュニケーションをしていたのか振り返ります。
歩積両建預金の規制の経緯は『第28回銀行局金融年報昭和54年度版』に詳しくまとめられていますので引用します。
「歩積・両建預金規制は、昭和26年3月、銀行局長通達によって貸出と預金との両建方式による貸出実質金利の引上げを規制したことに始まり、以降、その後の歩積・両建預金の実情等を踏まえて、累次にわたり規制の強化ないしその徹底のため通達が発出された。特に、39年6月25日、蔵銀第822号「歩積・両建預金の自粛の徹底について」銀行局長通達が各金融団体代表者あて発出され、歩積・両建預金の自粛措置等その規制について具体的かつ体系的指導が行われた。これが、いわゆる第1ラウンドの規制措置と呼ばれ、その後の指導基準の骨格をなすものとなった。過当な歩積・両建預金の整理に重点をおいた第1ラウンドの規制措置に続いて、41年11月、その自粛状況の実情を踏まえて、自粛基準の一部強化等改正が行われるところとなり、拘束性預金比率の引下げと拘束性預金に対応する貸出金の金利引下げを要請する等を内容とする自粛強化通達が発出された。さらに、44年9月、拘束性預金比率の一層の引下げや金利措置の明確化とその完全実施等を要請する通達が重ねて発出された。これら通達は、歩積・両建預金の自粛強化に係る第2ラウンド及び第3ラウンドの規制措置と呼ばれ、第1ラウンドの規制措置を強化、補完するものとして運用された。」
貸出実質金利の引上げを規制する意図は昭和38年3月30日の『大蔵省銀行局通達第385号 歩積、両建預金について』の中で述べられています。
「今後、貿易為替の自由化に対処し、わが国の金利水準を可能な限り国際金利水準にさや寄せして行くためにも、歩積、両建預金の是正により、わが国企業の実質金利負担を軽減する必要があることはいうまでもない。」
内外金利差の是正を図ろうとしたとき、企業への貸出金利の高さが課題だと捉えられていたことが分かります。
第1ラウンドの規制措置に先立ち、昭和38年4月11日に公正取引委員会が『38公経整第259号(筆者註:公経整はおそらく公正取引委員会事務総局経済取引局調整課長通知の略)歩積・両建預金について』という文書を出して見解を発表していることが重要なポイントです。
「過当な歩積、両建預金については、従来、大蔵省および日本銀行の指導もあり、貴会はじめ金融機関諸団体において数次にわたり自粛のための措置を講じてきたところである。公正取引委員会としても、歩積、両建預金が、「債権を保全するための適正な限度」を超えており、それが「預金者の自由な意思にもとずくもの(筆者註:原文ママ)でない場合には、昭和28年公正取引委員会告示第11号(不公正な取引方法の一般指定)の10にいう「自己の取引上の地位が相手方に対して優越していることを利用して、正常な商慣習に照して相手方に不当に不利益な条件で取引すること」に該当し、私的独占禁止法第19条に違反するとの見地からこれまでにも、この種の行為を実行していた一部の金融業者に対して警告を発し、これを是正せしめるための措置を講じてきた。しかるに、現在に至るも、この種の行為は依然として行なわれているものとみられ、もしこのままの状態が続くならば、当委員会は、これを是正するための必要な措置をとらざるをえないと考える。」
38公経整第259号は「公正取引委員会委員長発 全国銀行協会連合会・全国相互銀行協会・全国信用金庫協会各会長宛」の文書で、政府の強い姿勢が窺えます。
第3ラウンドの規制措置の後も歩積両建預金の課題は終息せず、最高裁判所で争われた事例では独占禁止法違反と認定されたことが昭和52年6月27日の『大蔵省銀行局通達第1795号 歩積・両建預金の自粛の徹底について』に記載されています。
「今般、最高裁判所は、過大な拘束性預金を伴う貸付契約につき、「取引上の地位が優越していることを利用」し、「正常な商慣習に照らして相手方に不当な不利益」を課するもので独占禁止法第19条(不公正な取引方法の禁止)に違反すると指摘するとともに、拘束性預金を勘案した実質貸付金利が利息制限法の制限利率を超えている場合、その超過部分の約定は、利息制限法の法意に照らし無効であるとの判断を示したことはご承知のとおりである。」
実質貸出金利を計算する式は『拘束性預金と実質金利』の中で詳しく検討されているので参考にしてください。
歩積両建預金を過大だと判定するための基準は、書籍『取引仕振り改善と融資条件の決め方』の中で紹介されています。
「歩積預金とは、商手(筆者註:商業手形)の1回の割引額の3%を超え、累積限度が通例、割引残高の基準率(都銀15%、地銀20%、相銀25%、信金30%)を超えるものは過当な歩積預金とされる。」
100万円で手形を割り引いた場合は3万円の預金を求めただけで基準に抵触するため、厳しく規制されてきたと言えるでしょう。
結論として、融資を申し込んだ金融機関から預金することを示唆されたとき、企業の財務担当者は要求が独占禁止法違反であることを意識するとともに、実質的な資金調達コストが増えることを理解して行動する必要があります。例えば2,000万円の融資を受けて1,000万円を預金に残し1,000万円しか事業へ投資できないのであれば、資金繰りの面で1,000万円の融資を受けることと実質的に変わらないばかりか、預金金利が限りなくゼロに近い状態では実質貸付金利が2倍となります。不利な商取引にならないよう留意しましょう。
最後に、筆者は昭和26年3月の銀行局長通達を探していますが、戦後間もない時期の文書で『銀行局現行通達集』にも収録されておらず、規制が始まった当初の内容の確認に至っておりません。情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、ご一報願います。歩積両建預金に関する説明は以上です。次回はSSS保証のガバナンスチェックについて解説いたします。
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