パワハラやセクハラなどハラスメント防止の法整備が進むなか、企業には貴重な人材の採用・定着・育成を進める前提条件として、ハラスメントのない職場づくりが求められる。しかし、多くの上司層は、アンコンシャス・バイアス(固定観念、無意識の偏見)などから、意図せずハラスメント・リスクを犯しがちだ。また、ハラスメントの指摘を恐れ、上司と部下のコミュニケーションが希薄化し、かえってハラスメント・リスクが高まる傾向も懸念されている。
そこで、経営者・管理者には、ニューノーマル時代の「上司力」の一つとして、ハラスメント予防の心得と方法を身につけることが不可欠となる。本シリーズでは、上司が職場で当面しがちな場面事例をもとに、ハラスメント・リスクにいかに適切に対応するか、実践的に検討する。
今回は、落ち込んだ業績の回復を目指し、チーム目標を引き上げようとする上司に対し、「もう限界」と後ろ向きな部下への対応CASEから考えよう。
CASE「とにかく目標必達で頑張ってほしい!」
【上司】「残念ながら、当課の第一四半期の営業目標の達成率は7割止まりだった。このままでは、半期目標の達成はとても望めない。そこで、この第二四半期で確実に挽回するように、目標を3割増しに引き上げ何とか頑張りたい。メンバーごとに月次目標を振り分けたので、明日からぜひ取り組んでほしい」
【Aさん】「課長……、ひと月でこの数字はとても無理です。いまでも手一杯ですから……」
【上司】「はじめからそんな弱気でどうする! 市況は厳しいが、各自がどれだけ頑張れるかが勝負なんだ」
【Aさん】「これ以上稼働日数は増えませんから、前期の結果をもとに現実的な数字にしないと、また達成は難しいかと……」
【上司】「それでは当初目標の意味がないだろう! まず、前期よりスピードを上げて1日の営業件数を増やし、決めたからには少々厳しくても全力で取り組む。ここぞという所では、不眠不休でやり切るくらいの気概が必要だ。とにかく目標必達で頑張ってほしい!」
【Aさん】「……(もう限界だと言ってるのに!)……」
《解説》
全社的な年度営業目標が示され、営業本部から各課に目標が割り振られて、その達成状況を四半期ごとに集約し今後の策を練る……。そうしたなかで、課の前四半期目標が未達だったことから、上司(課長)のあなたは次四半期目標を引き上げて、部下に挽回を指示した。
ところが、部下はこれ以上無理だとして、現実的な目標に下げようと提案してきた。しかし、全社目標との間で板挟みのあなたは、まずは目標達成への努力が先だとして、部下に必達を促したが……。
ハラスメント・リスク
上司にとって、所管の業績目標達成は、常に頭を離れない課題だ。部署の業績が伸び悩むなかで、これまでの不振を何とか取り戻そうとすれば、部下に難度の高い努力目標を下ろさざるを得ない場面もあるだろう。
しかし、注意すべきは、部下がこの指示を物心両面で許容を超えた過酷で理不尽な内容と受け止めるリスクだ。その場合、部下から「過大な要求」(遂行不可能なことの強制)のハラスメントにあたると指摘を受ける恐れがある。特にCASEのような、「少々厳しくても全力で取り組む」「不眠不休でやり切る」「目標必達で頑張る」などの、精神論で一方的に押し付ける姿勢や言動は慎むべきだ。
上司のアンコンシャス・バイアス(固定観念、無意識の偏見)
このケースに見られる上司の姿勢の背景には、「少々厳しい目標でも、まず全力で達成に努めるべき」との思い込みがある。組織が経営のために目標を定めるのは当然で、これをいかに達成するかが社員の仕事。まず全力で取り組むのが現場の務めとするものだ。仕事で厳しく鍛えられ職責意識が強い管理職ほど、こうした思考があるといえる。
また、働き方改革で変化はみられるものの、「繁忙時の残業や負荷は当たり前」「厳しい仕事も本人のため」との考えも根強い。さらに、「今の若手は楽を選び、苦労を嫌う」「目標達成への気概や責任感が弱い」とも考えがち。こうした固定観念や無意識の偏見から部下の業務過重を顧みず、「まずはやらせてみる」発想になりがちだ。
(1)生産性を意識して、より効果的・効率的に仕事がしたい
では、部下はどう受け止めているのだろうか。このCASEでは、まず、部下は目標自体の妥当性に疑問を呈している。目標未達の原因には、市況や製品需要など諸々の要因が絡んでくる。それらを全く加味せず、旧態依然のやり方で闇雲に行動しても成果は期待できない。
優秀な人ほど、生産性重視の効果的で効率的な営業への革新を望んでいる。期待とやりがいが持てる目標と手法なら少々の無理も覚悟できるが、無謀と感じるノルマには強いストレスを感じるのだ。
(2)組織や上司の信頼と承認のもと、自信をもって仕事をしたい
また、部下は、上司が自分たちの努力や気持ちを分かってくれていないという失望感を抱いている。上から機械的に仕事や目標を割り振られ、失敗や未達を責められるのでは、ストレスだけが増幅する。
本来望まれるのは、組織や上司との信頼関係の上に、仕事の目的と目標が共有でき、創意工夫が許される職場環境だ。目標にやりがいを感じられ、上司とも苦楽を共にできると思えるなら、やや背伸びをした目標にも自信をもってまい進できるものだ。
ハラスメント予防の心構え(あり方を定める)
(1)部下の自律的なタイムマネジメントを促し支援する
そこで、まず上司に必要なことは、部下を信じて仕事を任せつつ、業務内容と負担を的確に把握し、必要な仕事の取捨選択と調整を図ることだ。但し、上司が部下の日々の仕事を直接コントロールしようとすることは困難であるし、望ましい形でもない。
部下自らが仕事のタイムマネジメントと調整に取り組むことをサポートし、要所要所で支援することだ。部下の自律性を促しながらも、上司が直接介入・調整すべき内容や場面ではしっかり対応する心構えが大切だ。
(2)部下自らの意志で、成長への3割ストレッチ目標を定める
一方、部下の負担を全て軽減することが、望ましい支援ではない。部下の育成のために、敢えてやや高いレベルの仕事を任せ、達成を見守りつつ支援することは、決してハラスメントではなく、成長支援のOJTそのものだ。
そのためには、部下自身が自分の成長につながると感じられる3割程度のストレッチ(背伸び)を加えた仕事の目標を、部下自らに決意させることが大切だ。人は内発的に動機づけられた高めの目標であれば、進んでチャレンジするものだからだ。
日常的な予防を図る(やり方を変える)
(1)定期的な業務把握と支援・調整を図る
部下自身によるタイムマネジメントの支援には、本人が仕事の計画と進捗状況を記入し管理できる週報などのフォーマットを定め、共有する方法が有効だ。これを用い部下は上司に週単位等で報告・相談し、上司は仕事の進捗状況と課題を把握する。
課題の解決方法はまず部下自身に考えさせた上で、必要なアドバイスを行う。また、業務過重に陥る恐れがあれば仕事全般のたな卸しを促し、緊急性と重要性の視点で取捨選択を行おう。中止や延期・縮小する仕事、他者移譲する仕事、そして目標に向けてアクセルを踏むべき仕事を整理するのだ。
(2)参画型で目標達成と自己啓発・成長の方法を検討する
組織やチームの目標を前提としながらも、達成方法については部下と丁寧に相談しすり合わせることが大切だ。目標の考え方と重要性を共有した上で、どうすれば達成できるか、困難な点は何か、組織や上司がバックアップできる点は何かなど、部下自身に考えさせ、意見を傾聴しよう。
その際に大切なことは、その仕事を通した部下の成長への視点を持ち、行動計画に組み込むことだ。押し付けのノルマではなく、自己成長のためのストレッチ目標なら、部下も困難を乗り越えながら前向きに取り組めるのだ。