昭和気質の幹部に悩むある中間管理職

私が営む会社が支援する大企業の部課長研修での一コマのこと。担当講師から、上司と部下の一対一の育成面談の意義を解説していた。

多様化が進む今日、「任せて、応援して、内省させる」3つのステップが大切である。業務時間内に面談を設定して、部下の気持ちや意見をじっくり傾聴し理解する。そして、(1)部下一人ひとりの個性や持ち味を活かせる仕事を、本人の納得のもと任せ、(2)主体性と創意工夫を引き出すよう応援し、(3)成功や失敗からしっかり学べるよう内省に導くことが必要-と説いたのだ。

すると、熱心に聴いていた一人の受講者が、次のような悩みを吐露した。

講義を聴いて、部下との面談の大切さを痛感した。でも、これを上司である役員に話せば、「そんな、かしこまった面談、わざわざ時間内にやるものじゃない」「飲みに誘い、ざっくばらんに腹を割って話し、本音を聴け」と、一刀両断されるというのだ。

確かに昭和の時代であれば、上司部下の信頼関係や育成のためのコミュニケーションも、飲みに連れ出し夜を徹して語り合ってできたことだろう。令和の今でも、有効な場合も多いだろう。しかし、コロナ禍で飲みにケーションは憚られるうえ、仕事と育児や介護・闘病などとの両立に苦慮する社員も増えている。この方法で自らも育ち、部下育成に成功体験を持つ幹部はよかれと思ってアドバイスしてくれていることがわかる故に、現場のリーダーは板挟みで悩んでいるのだ。

面従腹背は自分のためにも会社のためにもならない

私がこのケースで懸念するのは、本人が不本意であるのに面従腹背となり、人や組織の成長に正しいと考える行動を諦めることだ。上意下達の組織文化に追随し、幹部のアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見、思い込み)に気づきつつ黙認する……。これでは、自分にも会社にも̠マイナスだ。この一人ひとりの諦めの積み重ねが、平成の30年間の日本企業の低迷を招いた大きな一因に思えてならない。

この上司や組織の壁の問題を考えるとき、私が想起するのが現・北海道知事の鈴木直道氏だ。シングルマザー家庭で、苦学して東京都の職員に就いた鈴木氏。28歳で、当時国内唯一の財政再建自治体・夕張市に支援派遣されることになった。

もともと1年の任期だったが、やっと地元を知り、職員や住民との信頼関係もでき、仕事が出来始めた時期の離任は納得できない。そこで、直属上司に願い出るも、巨大組織・東京都の人事を覆すのは困難。

そこで上司に相談しつつ機会を伺い、当時の猪瀬副知事に直談判。心意気が伝わり、異例の2年目派遣を実現したのだ。これを機に、夕張の再建にのめり込み、結果、30歳の若さで夕張市長に推挙され見事当選。2期8年弱、市政に尽力し、その後、北海道知事へと歩みを進めた。

鈴木氏が都職員時代に行った上司の頭越しの直談判は、組織のご法度と考える人もいるかもしれない。20代のヒラ職員が、都政ナンバー2相手なのだから。しかし、私憤や私欲でない、夕張をよくしたい一心によるもの。また、上司にも事前に仁義を切っての行い。この利他的・愛他的行動が圧倒的な上をも巻き込み、見事に結実したのだ。

ややスケールの大きい話かもしれない。けれども、上司や組織の壁が意図されたものではなく、形骸化した慣例や無意識の思い込みの結果だとしたら…。すぐに諦め面従腹背に陥ることは、誰のためにもならないのではないだろうか。

上司は異見を歓迎しよう

では、この問題を上司側はどう捉えるべきだろうか。

低迷していたソニーを復活させた経営者・平井一夫氏の姿勢が、その範となる。『ソニー再生 変革を成し遂げた「異端のリーダーシップ」』日本経済新聞出版)によると、平井氏はソニーの傍流で経営経験を積み、トップに就いた人だ。グループ会社のCBS・ソニーに入社し、上司に見染められて、SCEA、SCE、そしてソニー本体のトップに抜擢され、経営改革で結果を出したのだ。

特に学ぶべきは、部下の「異見」(異なる意見)に耳を傾けることが、真の職場改革の要諦との信念だ。経営改革チーム会議の冒頭、メンバーに対し「異見があれば、遠慮せず出してほしい。後になって『本当はあの時、私は違うと思った』と言うのは、なしにしてほしい。違うと思うなら、今そう言ってほしい」と語ったという。トップや上司が、部下や若手の本音をしっかり受け止め、真摯に対話をする。それが職場再生のスタートだと信じたのだ。

昭和時代に叩き上げで力を伸ばしてきた、現在の経営トップやリーダーには、強い自負や自信があるだろう。しかし、時代の変化は大きく、企業は変化に対応できなければ持続・成長できない。上司には、部下の異見を歓迎し、謙虚に耳を傾け、自身の経験値の呪縛―アンコンシャス・バイアスを乗り越える姿勢が求められるのだ。