2010年ごろから働き方改革の一環で、在宅勤務をはじめとしたリモートワークの導入が勧奨されてきた。しかし一昨年までは、一部の先進的企業で一部導入されているだけだった。

  • 「マイクロ・マネジメント」は通用しない?

    「マイクロ・マネジメント」は通用しない?

それが2020年の新型コロナウイルスの蔓延を機に、感染防止のため多くの企業が急きょリモートワークを取り入れることとなった。しかし、会社としての環境整備も従業員の心の準備もない中で、マネジメントに悩む上司が急増しているのが現状だ。企業研修や人材育成コンサルティングの現場で聞こえてくる悩みを、いくつか紹介しょう。

一気に広がったリモートワークでのマネジメントに戸惑う上司たち

システム開発企業勤務 40代前半の管理職

「コロナ禍以降、会社はリモートワークを導入し、『生産性向上とワークライフバランスの確保』を目指している。密を避ける必然は理解できるが、部下と直接話せる機会が減少していることを懸念している。部下の仕事ぶりもよく見えず、コミュニケーションをどのように取ればいいのか悩ましい」

サービス企業勤務 50代前半の管理職

「コロナ禍の業績悪化で、パート・アルバイトスタッフは休業させ、感染対策をしたうえで最低限の正社員のシフト勤務で営業を続けている。在宅勤務も一部認められ、部下とのやりとりはメールやオンライン会議システムの利用が推奨されている。非常事態なので致し方ないとはいえ、このままの働き方が続いていくと、職場がバラバラになり一層業績も下がり続けるのではと危惧している。こう考えるのは、自分が古い人間だからだろうか?」

広告代理店勤務 50代前半の管理職

「リモートワークが常態化すれば、当然、今までの人事評価方法は当てはまらず、完全な成果主義にならざるを得ないだろう。そうなれば、部下自身に自ら動いてもらわないと困る。今までのように周りのサポートは難しいからだ。管理職に求められるマネジメントも今までとは違うものになるだろう。本来なら、そこに自分も率先して加わっていくべきかもしれない。でも、『もういいかな』と。役職定年も近いし、自分の出る幕じゃないとも思ってしまう」

リモートワークより出社させた方がマネジメントしやすい!?

「テレワークと人事評価に関する調査」(2020年4月・あしたのチーム)によると、「テレワークをしてみて感じたこと」で管理職の答えの1位は「通勤時間がない分、読書や勉強などスキルアップの時間が持てる」(37.8%)、2位は「人とのコミュニケーションがなくさみしい」(30.6%)だ。

これに対し部下にあたる一般社員は、1位が「人間関係のストレスがなく気楽」(36.7%)、2位が「仕事態度に緊張感がなくなった」(28.0%)である。「上司は寂しく部下は気楽」ともいえる、対称的な結果が表われているのだ(図1)。

  • 上司と部下の意識ギャップ「テレワークをしてみて感じたこと」

    上司と部下の意識ギャップ「テレワークをしてみて感じたこと」

さらに、「テレワーク時に管理職が部下に関して不安に感じていること」では、1位が「生産性が下がっているのではないか」(48.0%)、同率2位が「報連相をすべき時にできないのではないか」、「仕事をサボっているのではないか」(32.7%)とのこと。上司は部下の様子が見えず疑心暗鬼になり、テレワーク時の部下の人事評価は「オフィス出社時と比べて難しい」(73.7%)と答えている。

また、「テレワーク長期化に伴う組織課題に関する意識調査」(2020年4月・Unipos)では、「テレワーク前より部下の仕事ぶりが分かりづらい」と答えた管理職が56.1%だったのに対し、「上司や同僚の様子が分かりづらい」と答えた一般社員は48.4%で、上司側のほうが7.7%高くなっている。

こうしてリモートワークが広がるなかで浮かびあがったのは、部下の日々の働きぶりを把握できずに悩む上司の姿だ。職責意識の高い上司ほど、責務を果たせないと焦りや不安を感じているかもしれない。こうした背景には、会社組織としても社員の働きぶりを管理しきれない危機感があるといえるだろう。

現在、3回目の緊急事態宣言下にあるが、「コロナショックは日本の働き方を変えるのか/全国就業実態パネル調査 2021 臨時追跡調査」(2021年5月・リクルートワークス研究所)によると、1回目と2回目で、テレワーク実施率は32.8%から25.4%と下がっている。

テレワークをしなかった理由は「職場で認められていないため」が最も高く、1回目の宣言下で56.7%、2回目で56.4%と変わらない。慣性の法則のように、出社して働く状況に戻そうという動きが、経営者や管理職など上司層の意識に反映しているのかもしれない。

真面目な上司が陥るクイック・ウィン・パラドックスのリスク

では、この真面目な上司が陥りがちなリスクは何だろうか。リーダーシップの研究者であるハーバード・ビジネススクールのリンダ・ヒル教授が、新任管理職にありがちな問題行動を調査分析して明らかにした「5つの落とし穴」が、その答えを示唆している(図2)。

  • 成果を上げられない管理職が陥る5つの落とし穴

    成果を上げられない管理職が陥る5つの落とし穴

具体的には、(1)隘路(あいろ)に入り込む―狭い路地に迷い込んだように周囲が見えなくなり、自分で全てを解決しようとする、(2)批判を否定的に受け止める―部下の異なる意見を自分への批判と受け止め、聞き入れられなくなる、(3)威圧的である―管理職の自分に権限があるからと、一方的に命令や叱責を行う、(4)拙速に結論を出す―部下の意見や状況を顧みず早く解決しようと、決めつけて判断する、(5)マイクロ・マネジメントに走る―部下を自分の操り人形のように微に入り細に入り指示し、動かそうとする……という行動だ。

こうなると、部下の心は余計に離れてしまい、やる気を失い、マネジメントは空回りし始める。すなわち、早い成果を出そうとの焦りが、かえって成果を遠のかせるジレンマ―クイック・ウィン・パラドックスに陥ってしまうのだ。

アメリカの政治学者でリスク分析の専門家であるイアン・ブレマーは、コロナ禍は私たちの一生で最大の危機であり、今まで認識はしつつも、きちんと対処してこなかった課題が一気に噴出すると指摘する。そして、これからの1年半ほどの間に、5年から10年分の変化に直面することになると予言している。クイック・ウィン・パラドックスはコロナ禍以前に打ち出されていたコンセプトだが、部下の仕事ぶりが見えづらい焦りから、さらに起こりやすくなっていると考えられる。

つまり、リモートワークの急速な普及によって、本質的なマネジメントの変革が、正に待ったなしの急務になったといえる。これを機に、上司に求められる本来の役割を正しくとらえ直し、自己変革を果たし、リモートワーク下でも上司の本領を発揮することが望まれる。

管理職から支援職へ、マネジメントの常識を一新させるべき

結論としての変革の方向を先に言うと、これからの上司は管理職から支援職を目指すべきだ。いかにIT技術が進化したとて、リモート環境下で部下一人ひとりの仕事ぶりをすべて細かく管理することは不可能だ。発想を逆転させて、部下一人ひとりが自律的に仕事に向き合えるようにしていくべきだろう。これを私は「支援型マネジメント」と呼んでいる。これを体得するためには、まず働く人の「やる気」の構造を理解することだ。

人の動機づけには「外発的動機づけ」と「内発的動機づけ」がある。「外発的動機づけ」は、いわば外側から働きかける動機づけだ。例えば、職場の上司が業務目標を部下に一方的に押し付け説得すれば、部下は物事を強制されるだけの自分に無能感を募らせる。そして、上司の統制と管理のもとに行う仕事には「やらされ感」が蔓延していく。

これに対し「内発的動機づけ」は、自分の内面から湧き上がる動機づけだ。まさに「やる気」の源泉と言えるものである。これにはまず、部下に自分の仕事の目的を共有し納得させることから始める。そして、仕事の目標と計画を自ら立てさせ上司が承認することで、有能感が得られる。決めた目標は部下の自己統制(セルフ・マネジメント)に任せ、上司は要所要所で支援をする。こうして部下は任された仕事の当事者となり、「やる気」が醸成されていく(図3)。

  • 「やる気」の構造を理解する

    「やる気」の構造を理解する

この「支援型マネジメント」は、部下のキャリア自律を促すことになり、自律型人材として育て上げることにつながる。自律型人材とは、他者から管理・支配されるのではなく、自分の立てた規律や規範に則って働き続けられる人材だ。

とりわけウィズコロナの厳しい時代には、あらゆるビジネスパーソンが会社依存から脱却し、自らのキャリアを探求しながら、社会に貢献できる仕事を創出しやり遂げることが必要になるだろう。