就活で業界研究が意味をなさなくなってきた

私は、大学の正規課程でキャリアデザインの授業を担当して12年目になる。学生に社会人としての心構えや組織で働く意味を考えさせ、働く未来のイメージを膨らませて意欲的に社会人デビューできるよう、一人ひとりのキャリア観づくりを支援している。

授業終盤では、具体的な就活のアドバイスを行うが、そのプログラムの一つに平成の時代までは「業界研究」を置いてきた。学生自身が気になる業界を選び、どんな構造になっていて、実際にどのような仕事が行われているか、働きがいや成長のステップはどうか、について調べたレポート発表とディスカッションを通して、業界研究を深めていく。

しかし令和に入ってから、私はこの業界研究そのものに疑問を持ち始めた。なぜなら、社会・経済の変化がこれだけ大きく、産業の栄枯盛衰が激しい現代、いまある「業界」がそのままの形でいつまで存続するか、定かでないからだ。数年後には全く違う名称に変わったり、消滅している場合すらあるだろう。

今後50年は働き続ける学生たちが「この業界で働き続けたい」と願っても、希望が長く叶わないかもしれないのだ。その意味で、就活のための業界研究自体が意味をなさなくなってきたと考えている。

そこで私は、業界研究よりも、企業研究を重視するよう指導方針を変更した。具体的には、学生が志望する企業の次の5点をよく調べるようにアドバイスしている。

  1. その企業はしっかりとした経営理念を持っているか
  2. 社員や事業に十分浸透させているか
  3. 沿革の中で経営理念はブレずに、事業内容や商品・サービスは目まぐるしく変化させてきたか
  4. その結果、社会に貢献し業績を伸ばしているか
  5. 学生自身が事業内容や商品・サービスよりもこの理念経営に共感できるか

―である。

なぜなら、業界の枠に捕らわれず、時代の変化に先んじて変化し続けられる企業こそが、長く顧客や社会に支持され存続し続けられるからだ。未来の可能性あふれる学生たちには、そうした企業を活躍の場として選んでほしいと願っている。

業界を超えたアライアンス、社員出向の動き

最近は大企業による業界の枠を超える動きが活発だ。トヨタ自動車の豊田章男社長は「トヨタを、クルマ会社を超え、人々の様々な移動を助ける会社、モビリティ・カンパニーへと変革する」と自社の定義を変えた。今年に入って、ソニーグループがEV(電気自動車)参入を表明したことも話題となっている。

また、幅広い生活用品を手がけるアイリスオーヤマの例も、参考になる。同社の大山健太郎会長は、先代経営者の父親の急逝を受けて、19歳の若さでプラスチック加工工場の経営を引き継いだ。以来、56年間の経営で幾多の困難を乗り越えながら、ホームセンターと直接取引する問屋機能を包含した「メーカーベンダー」という業態を確立。コロナ禍では、いち早くマスクの量産に取り組み、社会の需要に応えたのだ。

大山会長の著書「いかなる時代環境でも利益を出す仕組み」(2020年9月発行、日経BP)は、同社の経営理念の第一条に掲げた言葉とのこと。大山氏はオイルショック時の経営難の辛い経験から、二度と社員のリストラをしないために利益を出し続けることを絶対条件に据えたと述べている。

そして、自社の業態や強みに固執せず、マーケットインならぬユーザーインこそが最も重要としている。すなわち、表層的な市場動向に左右されず、常に顧客の真のニーズに寄り添い、自社の事業を変幻自在に変えていくことが、社会や顧客にとって、また社員自身にも幸せをもたらすとの強い信念を貫いているのだ。「何を扱う会社か」でなく、「何が目的の会社か」が重要であると主張されている。

さらに注目すべきは、業界を超えた社員出向の動きである。ある金融系グループでは、30代前後から中高年までの社員を数百人規模で2~3年間、取引先企業などへ出向・転籍させる人事に舵をきった。相手先は電子機器、食品製造、不動産などの企業や大学など多岐に渡る。

目的は、社員の多角的な専門性の向上と、取引先との関係強化。社員が出向から戻れば、顧客目線での活躍が期待できる。また中高年者などが転籍先に定着したなら、自社の専門部署がバックアップして連携強化を図る構えだ。既に、コロナ禍を契機とした大手航空会社の他業界への社員出向なども報じられて久しいが、こうした動きは今後拡大が見込まれる。

変わり続ける企業・社員へ

長く一つの業界・企業で働き続けてきた管理職のなかには、少し縁遠い話に感じる人もいるかもしれない。しかし、産業・経済の地殻変動の時代には、決して他人事ではない。今後は、何の業界なら安泰かではなく、自社の経営理念をしっかり持ち、そのもとで事業や商品やサービスについては社会や顧客のニーズに先んじて臨機応変に変えられる企業が、生き残ることができるのだ。

弊社が関わった、ある大手物流企業の管理職を対象とした上司力研修の成果発表会で、印象に残る言葉があった。コアメンバーと呼ぶ組織のキーマンである部下たちとの対話を通じて、自組織のビジョンを「人から人への思いを届けること」と再定義できたのだ。すなわち遠隔の人や企業同士の心と心をつなぐことへの貢献ならば、そのための仕事は現在の商品やサービスの枠にとどまらず、柔軟に考えられるということだ。

この結果の業績成果はもちろんのこと、何より、このビジョンが生まれた瞬間から、社員の方々の目の輝きと仕事ぶりが変わったことに私は感動した。この成功の鍵は、上から下した方針ではなく、現場から出てきた声で組織の存在意義を再定義できたというプロセスだ。

すでにコロナ禍も3年目。この未曽有の厄災で私たちは変化を余儀なくさせられ続けている。しかし過去に固執して、時代の変化に押し流されてはいけない。力強く明るい未来を、切り拓いていきたいものだ。

そのために上司の皆さんは、部下たちにキャリア面談などの場で、「どんな仕事をしていきたい?」と問う前に、「どんな生き方をしたい?」と問いかけることだ。