70歳までの就業確保や社会貢献活動参加支援が企業の努力義務に

政府は、高年齢者雇用安定法の改正によって、企業に社員の70歳までの就業確保を努力義務とした(2021年4月から施行)。年金財政が逼迫し社会保障費が増大する現状を課題視し、高齢者世代をできるだけ長く「支える側」に留めておきたい思惑が垣間見える。

今回の改正の特徴は、企業に求める努力の選択肢に(1)定年の引き上げ、(2)継続雇用制度の導入、(3)定年の廃止に加え、(4)業務委託契約の締結や、(5)社会貢献活動参加への支援という、退職後の独立支援や社会参加支援を加えた点だ。

  • 高年齢者雇用安定法の再改正

上記施策の(1)~(3)だけでは雇用流動化が進む時流と逆行し企業の反発が強まるため、(4)と(5)で幅を持たせたとも考えられる。しかし、民間企業が退職した社員の社会参加のサポートまですべきかといった疑問も聞こえてきそうだ。高齢期のセーフティネット整備や生きがいのための社会参加活動の支援などは、本来国や自治体が担うべきではないかという見方もあるだろう。

私も個人のキャリア自律の観点から、こうした会社依存を助長しかねない雇用延長やセカンドキャリア支援には少なからず疑問を感じる。中高年社員自らが自分の強みや持ち味を磨き、人生100年時代の後半キャリアを切り拓く力をつけることが何より大切であり、そのサポートは国や自治体の範疇だと考えるからだ。

ただし、多くの大企業の50~60代の社員は、年功序列・終身雇用型の組織で長らく働いてきた。その世代がいきなりキャリア自律を求められても、即応が難しいのも現実だ。そこで、会社任せのキャリアから自分がオーナーのキャリアへの移行措置として、改正をとらえるとよいのではないだろうか。しかしそこまで民間企業に求めるからには、政府には公的支援など一定の対応も必要だ。

企業には社員のキャリアの尊重が求められる

今起こっている変化は、個と組織との関係が対等に近づく流れだ。これまでの日本型組織では、社員も企業も一人ひとりのキャリアにそこまで留意する必要はなかった。社員は会社に命じられるがまま異動や転勤を繰り返し、求められる仕事を全うしながら定年まで働き、年功序列賃金を保障され、退職金まで受け取れることが暗黙の了解だったからだ。

しかし、変化のスピードが速まり寿命が延びるなか、企業が終身雇用を維持できなくなり、個人のキャリアを尊重し支援することが避けて通れないテーマになってきたのだ。 すでに若年層はキャリア意識が高くなっているため、企業は早期離職を防ぐためにも、本人のキャリア希望と向き合うことが不可欠になっている。

一方の中高年層は、まずキャリア意識そのものを醸成することが必要だ。これまで数十年にわたって培ってきた思考を変えるマインドセットなので、定年の10年前、遅くとも50歳前後層から始めるべきだろう。そのうえで、政府の法改正に沿った実際のキャリア支援に乗り出すべきだ。企業が中高年層のキャリア自律を支援するには、2段階の丁寧な取り組みが求められるのだ。

明日は我が身、年下上司も年上部下のキャリア自律を自分事に

ミドル・シニア社員のキャリア自律を支援する立場の上司(経営者・管理者)に求められる取り組みを考えてみよう。上司と部下の年齢逆転はこれから本格化すると考えた2011年に、私は『年上の部下とうまくつきあう9つのルール』(ダイヤモンド社)を上梓したが、想定通りの未来が到来したと考えている。

第一に、年下の上司層であっても、年上部下にあたるミドル・シニア層が置かれた立場はいずれ自らも辿る道であり、自分事と捉えることが大切だ。たとえ経営幹部であっても、組織人である限り、やがて肩書が外れる日が訪れる。出向先や転籍先での新たな役職を得られても、これにも時限がある。いつかは肩書抜きの普通の人になるからだ。

そこから70代以降も働くならば、会社の看板を外した自分に何ができるかが問われる。「私は課長や部長ならできます」では通用しない。したがって、ミドル・シニア社員のキャリア自律を会社都合でだけ考えず、自らの課題として捉え、年上部下がキャリア自律しやすい組織や人事のあり方を模索することが重要になるのだ。

仕事の棚卸しを支援し、働きがいと強みに注目する

厚生労働省「高齢社会に関する意識調査」(2016年)の結果をみると、働く理由の第一位を「経済上の理由」とする人は40代、50代と年齢が高くなるほど減少し、60代では「生きがい、社会参加のため」と拮抗し、70代では後者が逆転一位となり80代ではさらに差が開く。

  • 厚生労働省「高齢社会に関する意識調査」(2016年)

生きがいとは社会と接点を持ち、そのつながりの中で自分の存在意義を感じられること。ミドル・シニアが「給与・肩書」物差しから「働きがい」物差しにシフトして、今後の働き方を定め直す意義はここにある。

そこで第二に、年下上司はミドル・シニア社員と面談し、本人のこれまでの仕事の棚卸しを支援し、働きがいを感じた瞬間や、充実や喜びを覚えた仕事などをじっくりと傾聴していこう。それらの仕事で発揮した本人の強みや持ち味を、一緒に確認するのだ。当然のことだが、ミドル・シニア社員を人生の先輩としてリスペクトし、関心を持って聴くことだ。

役職定年者ならば職場のマネジメントで貢献してきた経験値があり、管理職経験がない場合でも顧客やチームへの貢献実績は必ずあるはずだ。また、社会人としての多様な人生経験に学ぶべき点も多いだろう。会社を離れた未来を想定した本人のキャリアであるから、あくまで考えるのはミドル・シニア自身だが、上司も本人の経験や実績を認め強みや持ち味を見出し、今後に活かす道を共に考える姿勢が重要だ。

本人の学びを促し活躍の場を共に創り出す

第三に、上司は本人との対話を元に、将来にもつながりうる今の職場での役割を共に検討し任せることだ。本人が今後20年、30年と働き続けるうえで、磨き直したい力や新たに獲得したい力を養う視点で、任せる仕事を再検討するとよいだろう。

先々の定年退職後に働くには、多くの場合、中小企業に転職するか、個人事業主として働くことになる。今の会社で働いている間は、部下や取引先に指示していた人も、自分で動かなければならなくなる。ところが、特に管理職経験者が定年した直後は、プレーヤーとしての筋力が弱まっており対応しきれない可能性がある。規律や暗黙知も共有できていた同僚とは異なる多様な人たちと働くようにもなり、ギャップを感じることも増えるだろう。

そうした近い将来のリスクに備えるために、不足する知識や技術を補うためのOJTや研修会や自己啓発について話し合うことをおすすめする。時代や環境は変化し続けているから、かつての成功体験に固執しすぎず、自発的に学ぶことを促そう。自ら変化し続ける力は、定年後もシニア自身が輝き続けるために大切なので、本人のために推奨しよう。

さらに、ミドル・シニア社員の新たな活動ステージづくりの検討も期待される。企業によっては、本人の専門性を活かし次世代に伝授するため若手のメンター役を任せる例や、社内兼業など部署横断で能力を活かす仕組み、また社内ベンチャーに参画してもらい創造性発揮を促す取り組みなども見られる。

ミドル・シニア社員が持てる能力を存分に発揮しながら働きがいを取り戻し、生涯にわたる充実したキャリアに繋げられると共に、組織のイノベーションにも結びつくならば素晴らしいことだ。

企業にとっては、社員と企業が生涯にわたってウイン-ウインの関係で成り立つ道を探ることが、一層重要になってきているのだ。