トヨタ自動車が燃料電池自動車(FCV)「ミライ」の2世代目を発売する。新型ミライの使命は「FCVの普及」だが、それならばなぜ、トヨタはクルマを普及させやすい形態、つまり、FF(前輪駆動)で安価なコンパクトカーとして作らずに、高級セダンに仕上げたのだろうか。
最善の選択肢だったFRプラットフォーム
2014年に初代がリリースされた「ミライ」は、水素燃料で走るクルマだ。わかりやすくいうと、水素で電気を作って走る電気自動車(EV)である。まさに「未来」の乗り物といえるだろう。
他とは違うそんな構造なので、あれから6年経ってもメジャーな存在にはなっていない。そりゃそうだ。燃料を入れられるのは水素ステーション。ガソリンスタンドのような手軽さはないし、急速充電スポットの数の足元にも及ばない。よって、どんなに補助金が出ようと簡単には手を出せないのが正直なところだ。
そんなミライの2世代目となるモデルが登場した。2019年の東京モーターショーでアンベールされ話題となったシロモノだ。正式なデビューは12月を予定する。
では、今回フルモデルチェンジした新型車はどんなキャラクターなのか。
と、その前に、水素燃料で走るミライがこれまで、どれだけ売れてきたかを知らなければならない。というのも、売れ筋モデルには研究開発費をふんだんに投入できるが、そうでなければお金はかけられないからだ。で、そこに注目すると、ミライはこれまでの6年間で1万1,000台程度しか売れていない。しかも、これは全世界の数字で、日本ではその40%ほどに過ぎないそうだ。となると、技術的には「今あるものを使うのが前提」となる。水素用タンクなどは専用開発だが、それ以外は汎用品を効率よく使わなければならない。
ただ、FFのコンパクトカーでは、2世代目としての進化を表現できないことは明確だ。というのも、水素タンクを再設計したとしても、それなりの容量がなければ航続距離を伸ばすことはできない。つまり、必要なのはスペース。事実、タンク本数と容量を増やしたことで、新型ミライの航続可能距離は従来型の約700キロから約850キロに伸びている。
そこで、新型ミライが採用したのが「FRパッケージ」(パワートレインをクルマのフロントに置き、後輪を駆動させる)という手法だ。開発陣は、トヨタグループにミッドサイズ以上の最新のFRプラットフォームがすでにあることに気づいた。“グループ”としたのは、ミライが採用している「GA-Lプラットフォーム」が、主にレクサスに採用されているものだからだ。フルサイズセダンの「LS」やクーペの「LC」がそれにあたる。よって、これを使えばタンクスペース問題で苦労はなくなる。
デザインと走りにFRの恩恵
FRプラットフォームを使うことのメリットは他にもある。これにより車格が上がるので、価格設定をこれまで以上にすることができるのだ。先に記したように、ミライはたくさん売って儲ける商品ではない。台数が少なければ単価は下げられないわけだが、それ自体をいわゆる“高級車”にしてしまえば、高い価格設定でも問題はなくなる。つまり、高級車のイメージのあるFRプラットフォームは都合の良い選択肢となるのだ。
ということで、ミライはレクサスのアッパークラスと同じプラットフォームで仕上げられた。その恩恵により、このクルマはFRスポーツ的な走りも手に入れている。ドイツ車を中心とする昨今の高級セダンは、スポーティーな走りができるのがデフォルト。その意味では、世界のトレンドに見合ったセダンが出来あがったのだ。
さらにいえば、デザインもそれを強く意識している。FRスポーツセダンとしてのキャラクターを前面に押し出し、ワイド&ローなスタイリングを生み出した。長いボンネットもFR的ロングノーズを表現している。19インチが標準のホイールも、オプションの20インチホイールも、みなスポーティーさを表現するアイテムだ。
チーフエンジニアがいっていたが、ブルーのボディカラーにもこだわったとのこと。環境車としてのブルーは色が薄く、優しいイメージとなるが、ミライでは色を濃くして強さをアピールしている。ちなみにこのブルーは、シルバーを塗ってクリアコートを吹いた後に着色し、さらにクリアコートしているらしい。なるほど、かなり手の込んだ配色であることは間違いない。
それじゃ、インテリアも高級車になっているのかと問われれば、答えはイエス。キャビンの広さ、ダッシュパネルのデザイン、シートのクオリティ、それに高い静粛性まで、すべてが高級車レベルである。後席をメインに考えた“エグゼクティブパッケージ”も用意しているから本気だ。
以上が新型ミライの基本的な考え方と構造だ。既存の技術をうまく利用することで、高級セダンに仕上げた。タンクを積むスペースの確保とスポーティーな走り、そして、高級車としてのデザインをすべて兼ね備えている。パワーコントロールユニットも駆動用バッテリーも既存の技術だ。チーフエンジニアの話を聞いていると、“知恵の勝利”ということになるのだろう。じつにお見事である。あとは、この水素燃料で走る高級車が普及するだけ、だ。