"ちょっとシュール"な鉄道博物館見学

中国の鉄道の話はひとやすみして、せっかくの夏休みということで、埼玉・大宮にある「鉄道博物館」に行ってきた。2007年10月14日に開館したこの博物館、実は訪れるのは初めて。館内レポートはすでに掲載しているので、ここはこのコラムならでは(!?)の視点で見学してみるとしよう。

鉄道博物館に行くには、大宮駅から埼玉新都市交通伊奈線(ニューシャトル)で一駅行った「鉄道博物館(大成)駅」で下車する。この埼玉新都市交通、東北・上越新幹線の高架張り出し部分を利用した旅客輸送機関で、小さな黄色い車体は、走行路の側壁側にある600Vの電車線から電気を取り、ゴムタイヤで走るのである。開業は、なんと昭和58(1983)年! ということは、25年以上の歴史がある。知らなかった。

鉄道博物館(大成)駅の改札口を出ると、動輪が並んでいる。一番大きいのは、ドイツの01型蒸気機関車の直径2,000mm。隣にある日本のD50型蒸気機関車1,400mmと比べると大きいのが実感できる。ちなみに、本連載35回36回で紹介した中国の上游型の動輪は1,050mm、前進型は1,500mmである。

埼玉新都市交通伊奈線(ニューシャトル)の車両。黄色の車体がかわいい

埼玉新都市交通伊奈線(ニューシャトル)は、大宮駅を出ると、急勾配で東北・上越新幹線の高架張り出し部分まで上っていく

D51型の実物カットも。君はかつて万世橋の交通博物館の入口にいたよね。お久しぶり

あれれ、不思議なマネキンがいっぱいだ!

博物館の入口を入って右手が「ヒストリーゾーン」である。ここには、1号機関車をはじめ35両の実物車両が展示されており、鉄道マニア垂涎のコーナー。私もわくわくしながら、見て回ったのだが、多くの車両には、実物大のマネキンが乗っている。それぞれの車両が活躍した時代の服装を着せられたマネキン。目も鼻も口もないのっぺらぼーの黒い顔がシュールである。場所によっては、マネキン同士の会話がスピーカーから流され、ちょっとコミカルである。そこで、それらマネキンたちを紹介することにしたい。

まずは、1号機関車の3等客車。この客車の上には西部劇に出てくるような服装をした作業員のマネキンが、カンテラを上から照らしている。説明板がないので、彼がなにをしているのか、意味不明である。客車の中には3体のマネキンが。「富士」のマークが取り付けられた「マイテ39形式客車 車号マイテ3911」の横には、戦前の東京駅を模したプラットフォームが展示され、そこには女性2体のマネキンが。耳をすませてみると、

「お姉様、この列車に乗ってパリに行けるのでしょうか」 「大丈夫よ、お兄様はこの列車でなんどもパリに行かれているのですから。(船で行くと)1カ月もかかりますから」 「乗車賃は、お給料の××倍の値段ですけどね」 「でも、だれが負担を……」 「ほ・ほ・ほ……」

というような(すみません、録音していないので記憶がおぼろげです)会話が、スピーカーから聞こえてくる。 戦前、「富士」は下関まで通じ、そこから関釜連絡船で釜山へ、そこから朝鮮総督府鉄道、南満州鉄道、シベリア鉄道経由で、約15日間でパリに行くことができたという。

1号機関車と3等客車のマネキンたち。着物を着た女性は、胸の前で手を組み合わせ、「男の人と同席なんて」と思っているようだ(あくまで想像)

「富士」のマークを付けた、マイテ39形式客車 車号マイテ3911。展望車が気持ちいい。これから乗車する妹マネキンも高揚感50%、緊張感50%の趣きだった

マネキンの乗客たちの姿で時代がわかる?

そこらかしらにマネキンがいる鉄道博物館。さすが歴史ゾーンだけあって、その乗り物の時代背景にあわせて、着ている服装も特長的。そして通勤電車の乗客マネキンは、人数も多いので、ちょっと怖い。戦前昭和初期の電車クモハ40形式には、帽子をかぶった紳士と、絣の着物をきた女性が登場。男子学生は下駄履きである。セーラ服の女子学生は、三つ折りの白靴下。でも三つ折りの白靴下、昭和50年代まで、私が通っていた中学校では女子はみんな履いていました(笑)。一方、なつかしのオレンジ色の中央線。クモハ101系である。こちらでもマネキンたちの通勤風景が。シルバーシートのマークも時代を感じさせる。高度成長期を感じさせるのが、特急こだまの乗客。グレーのビジネススーツを着た彼の横には、電話が。もちろん固定電話である。

クモハ40形式電車は、戦前の1932年から約10年間製造。扉が3つある車体長20m級のロングシート車だ

かぶりつきの学生と、下駄に学ランの学生

働くマネキンは楽しいぞ

ヘッドマークを替えるのを見るのも、楽しかったよね

最後に、働くマネキンを見てみよう。車内販売のお姉さんや、機関車の入れ替えの保安員は、今でも見ることができるかもしれないが、列車のヘッドマークを替える駅員や鮮魚専門の貨車の作業員など、今となっては見られない光景については、40代以上の人には懐かしさを感じさせるだろう。願わくは、郵便車や別送品受付の駅員などもマネキンで再現してほしかった。

ここで紹介できなかったマネキン君も多い。人形好きのあなたも、そうでないあなたも、きっとマネキン君たちに共感を覚えることだろう。ぜひ、鉄道博物館で、マネキン君たちをみつめていただきたい。

寝台特急「あさかぜ」のナハネフ22形式客車。3段ベットをセットする乗務員

車内販売のお姉さん。カートの中の食べ物も当時のパッケージを再現している

アプト式電気機関車の後ろには、わらじをはいた作業員が