宿酔いの翌日は、無性に旅に出たくなる。夜行に乗って朝の空気を吸いながら旅を続けるというのも悪くはないが、今日は体がついてこない。今回は、いずれは行かなければならないと思っていた米沢へ行こうと思う。米沢は山形県の福島よりの地域。昔で言えば、米沢藩があったところ。藩主は代々上杉氏。こりゃあ縁起がいいと膝を打ち、思いなおしてあたふたと身支度をするのであった。
「すみません。横浜市内から東京駅に行って、山形新幹線に乗って米沢へ。それで米坂線で坂町に抜けて、新潟まで。新潟からは新幹線で東京へ。という乗車券ください」
酔いが醒めなければ気も大きくなる。乗車賃を少しでも安くあげるために、一筆書きで切符を購入する。JR東日本の駅員さんは、こんなに面倒な私の注文も聞いてくれる。入力ペンを握りしめ、時刻表をめくりながらコンピュータの画面を選択し、入力していく。坂町から新潟に行くには、久保田という駅を経由するのだが、「ここからは白新線ですか」などと私に質問していかなければならないので、駅員さんも大変である。まったく。本当に面倒はお客(=私)である。
「お客さん。東京までの切符は連続して買えませんよ」と駅員さんがいう。「どうしてですか」と尋ねると、「一筆書きにならないから」と教えてくれた。JRの場合、ものすごい距離の片道切符を買うことができるが、これは経路が重ならないことや、逆行しないことが必要条件。私の場合、新幹線名は違うものの、大宮・東京間が重なる。そのため大宮までしか一筆書きにならないのだ。そのため、「横浜市内→大宮」「大宮→東京」の切符を分けて購入した。
39年の間に約半分!
東京駅に着いて困ったのは、米沢駅に行くにはどの新幹線に乗ればいいのかわからなかった点。まるで浦島太郎である。駅員に「米沢へは秋田方面でいいのですか」とついうっかり尋ねたところ、冷たい視線。福島から青森まで行く奥羽本線は、新幹線開業前と異なり、主に4つの運行形態(福島・新庄、新庄・大曲、大曲・秋田、秋田・青森)をとり、また軌道の幅も区間ごとに異なる。というわけで、30年前のように「秋田方面行き」に乗れば米沢、山形を通るということはありえないのだ。とんだ"浦島さくら"である。……実は私が米沢に行くのは2回目である。初めて行ったのは昭和44年、つまり1969年のことで、急行列車に乗ってである。今回の旅と39年前の経路、時間を比べてみよう。
急行「ざおう1号」(「いいで号」連結) | 「つばさ107号」(「MAXやまびこ107号」連結) | |
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1969年7月末・気動車 | 2008年8月末・山形新幹線 | |
東京発 | - | 9:00 |
上野発 | 9:13 | 9:06 |
赤羽発 | 9:23 | レ |
大宮発 | 9:38 | 9:26 |
小山着 | 10:14 | レ |
小山発 | 10:16 | レ |
宇都宮着 | 10:38 | 9:51 |
宇都宮発 | 10:39 | 9:51 |
西那須発 | 11:11 | | |
黒磯着 | 11:22 | | |
黒磯発 | 11:23 | | |
白河発 | 11:46 | | |
郡山着 | 12:21 | 10:22 |
郡山発 | 12:31(「いいで号」は新潟へ) | 10:22 |
福島着 | 13:09 | 10:36 |
福島着 | 13:22 | 10:39(「MAXやまびこ107号」は仙台へ) |
米沢着 | 14:39 | 11:12 |
39年前が5時間半の旅であったのに対し、新幹線を使えばわずか2時間ちょっと。所用時間は約半分に減ったのである。ちなみに39年前、奥羽本線下りの特急は、秋田行きの「つばさ」が2本、山形行きの「やまばと」が2本あった。例えば、上野を7:38(東京発7:03)に出る「つばさ1号」は、米沢に着くのが11:54と約4時間半もかかっている。
この特急「つばさ1号」は山形には12:34(上野から約5時間)、秋田には15:51(上野から約8時間10分)に着く。現在、山形新幹線を使えば山形には約2時間40分程度、秋田新幹線を使うと秋田には約4時間~4時間30分と旅行時間が完全に短縮されたのである。
『人間失格』は私
東京駅で「MAXやまびこ107号」に連結されている「つばさ107号」に乗ろうと新幹線ホームを歩く。「MAXやまびこ107号」が2階建て車両なのに対し、連結されている「つばさ」はひとまわりどころか、ふたまわりも小さい。まるで、母猿にしがみついている小猿のようだ。「つばさ」自由席は2両。東京駅での乗車率は7割で、けっこう混んでいる。通路をはさんだ隣シートには20歳ぐらいの女子2名が座っている。「結局、指定席とれなかったね。やっぱり団体が多いんだよ」といいながら化粧ブラシを細かく動かし、どんどんきれいになっていく。個人的に、鏡を見て化粧する女子は好き。でも、なんであんなに時間をかけるんでしょう。いけない、あんまり女子を見ていると、「豚にたべられておしまい」なんて、漱石先生に叱られる。目的地にも着いていないのに、とんだ夢十夜である。
新幹線はびゅんびゅん北へむけて走っていく、蒼井優似の隣席の女子は、スーツケースの外ポケットから、赤かぶ色のカバーがかけられた文庫を取り出す。カバーを見ると、書名タイトルが目に入った。『人間失格』である。
そう、昼間から迎え酒としてビールを飲んでいる私こそが人間失格だ。なんて思いながら停まる駅を見ると、もう福島だ。福島からは在来線のレールを新幹線は走る。しばらくすると列車は山間を走っていき、米沢に着いたのは11時過ぎ。たった2時間の旅である。蒼井優似の隣席の女子も米沢で降り、さっさと改札口の外に出ていった。
人間失格の私は、国鉄色のキハ52を見つけて、一眼レフデジカメのシャッターを切るのだった。 そう、ここからはディーゼルで米坂線に乗り換えである(次回につづく)。