以前、山口市南部でワーケーションをした際に、素敵な方との出会いがありました。それは、山口市南部の地域おこし協力隊として活動されていた、田中愛生さんです。
ワーケーション期間中は、一緒に農業体験をし、ご自宅で郷土料理を振る舞ってくださるなど、山口市での思い出をより色濃く、楽しいものにしてくださいました。
そんな田中さんが地域おこし協力隊を卒業した後の未来について話されていたときに、スーッと聞こえてきた「山口市にゲイがオーナーのバーを作りたい」という言葉。突然のカミングアウトで驚いたのと同時に、「すごいな。応援したいな」という感情が私の中で芽生えました。
2022年3月12日。バーをオープンされたとのお知らせをいただき、早速、私も訪れてみることにしました。
自由な発想のルーツ
本題に移る前に、まずは田中さんの簡単なプロフィールをご紹介したいと思います。
東京で生まれ育った田中さんは、高校卒業後はスペインへ留学し、語学学校に1年通いました。帰国後は、日本料理を学ぶために料理学校へ入学。そこで1年間学び、その後2年間は料理の仕事をされました。
この道で進んでいくのか…と思いきや、ここでまさかの方向転換。今度はフランスに留学し、そこで5年間過ごしました。「フランスでの生活で、価値観が変わりました」と話されていた田中さん。自由で独創的な今の田中さんの考え方は、フランスでの生活から得たものだと思われます。
帰国後は、東京よりも地方で働きたいということで、地域おこし協力隊という制度に着目。山口市に赴任することになり、3年間、地域おこし協力隊として勤務をしました。地域おこし協力隊を卒業されたのは、2022年2月末。現在は個人事業主として、活動をされています。
地域おこし協力隊時代に作り上げたもの
では、山口市の地域おこし協力隊の際に田中さんはどのようなことに取り組まれていたのか。その内容の一部をご紹介したいと思います。
田中さんが着手されていたのは、山口市南部地域ニューツーリズム形成業務というもので、市の中から新たな観光を生み出し、外から人々を呼び込むといったことが主なミッションとされていました。
しかし就任後すぐに、新型コロナウィルスの蔓延により、外部から人を呼び込むことが難しいという状況に。外部ではなく、県内の人に喜んでもらえるようなものにシフトチェンジし、様々なものを作り上げてきました。
その一つが、「タイニーバー」。地域おこし協力隊の平塚さんと、一級建築士の松村さんの3人で作られた海辺のバーです(この章の写真は、田中さんの提供です)。
料理人時代の経験を活かし、地元の特産品を使った商品の開発など、料理関係の仕事にも精力的に取り組まれました。
地域おこし協力隊の活動とは異なりますが、タイニーバーを立ち上げた3人で、昨年の5月には「兀兀(コツコツ)」というカフェを、山口県萩市にオープン。市内にとどまることなく、才能を活かし、様々なことに挑戦をされています。
バーを作ろうと思ったきっかけ
いよいよ本題に入ります。バーを作ろうと思ったきっかけについて、迫っていきたいと思います。
バーを開きたいと思ったのは、今から2年前のこと。東京では当たり前にあるゲイがオーナーのバーですが、山口市にはそういったお店がないということに気づいたことがきっかけでした。いつかは作れたらいいなという考えはあったものの、なかなか行動に起こすことができなかったと言います。
それは、田舎にバーを作ったところで、受け入れてもらえるだろうかという不安や、カミングアウトをすること自体に勇気が必要だったからです。
そんな田中さんの転機となったのは、昨年の夏に開催されたミスターゲイジャパンというイベント。そのファイナリストに選出されたことが、田中さんの自信へと繋がりました。 「ゲイがオーナーのバーを出せるかもしれない」と思い始めたのは、昨年の11月のこと(ちょうど私と出会ったときくらいですね)。12月から本格的に動き始め、すぐにいい物件との出会いがありました。
赤と黒を基調とした、素敵な空間となっていました。
3月12日にオープンしたばかりですが、学生さんから60代まで、年齢も職業も性別も様々な方々が訪れているのだそうです。
懸念されていた街の人々の反応も、思いのほか好意的で、応援のメッセージをいただくこともあるのだとか。
田中さんのお人柄によるものだと、感じられました。
誰もが自分らしくいられる場所に
まだまだ始まったばかりのお店ですが、田中さんに今後の展望についてお聞きしたところ、「セクシャリティをオープンにできる場所にしていきたい」と話してくださいました。 ゲイなどLGBTの方々でも気兼ねなく立ち寄れる場所、自分らしくいられる居場所作りをしていきたいということも話されていました。
山口市という地方で、バーを営む田中さん。価値観の多様性を自ら体現するその姿が、多くの方々の勇気へと繋がっています。
南谷有美(なんや・ゆみ)
カメラマン/ライター
2018年4月に認可外保育園の園長を退いてから、各地を巡る旅人に。リモートで仕事をしながら、好きな場所で好きなことをして生活しています。