街に出回る啓蒙本やビジネス本には「ロジカルにものを考えよう!」と謳うものが多い。図表を読む力、正しい思考をして結論を導き出す力、結果を検証する力。確かに、ビジネス(課長くらいまで)において「ロジカル」であることは重要である。
そして、純粋で真っ直ぐで頭の良い人は、物事をななめに観ることがキライなので、私の知る限り「ロジカル」であることを誇りとする。「ロジカル的に正しいね」などと褒めると意気揚々と喜んでくれることが多い。
現場で大切なのは?
しかし同時に「ロジカル」であることを超越しなくては解決しない問題もある。ロジカルであることが解決を困難にすることが現実の世界にはある。
ある時、こんなことが実際にあった。
所属したある組織で顧客を巻き込む不祥事が起こった。マネジメントが集まり解決策を議論したがなかなか決まらない。そこに上司が現れた。
その時の状況は緊迫していた。「どの手法が、最も正しいか正しくないか」の議論よりも、「どれが正しいかはともかく、今すぐ判断しないと状況は最悪になる」ということが暗黙の了解だった。
ところが、その上司は想像しうる最悪の決定をした。
「どの手法も論理的でない。データもない。推測が正しいか正しくないか分からない。だから私には判断できない。納得するまで議論する」という決定だった。
以降、どうなってしまったかは想像がつく。
要するに、「何でもいいから早く対策を行うべき」という大きなロジック(全体調和)が見えずに、小さなロジックの整合性(部分最適化)に陥ってしまい結果的に最悪の状況となりかけた。彼の優れた「論理性」の使いドコロが全く違ったのだ。
もっともその時は直後に、その「上司の上司」が本社から慌ててやってきて、現場の状況を鑑みその決定を再び変えた。
上司:「現場の難しいことはようわからんが、どれが一番はやい?」
部下:「B案です」
上司:「ほなそれで!」
部下:「すぐ実施します」
上司:「何かうまくいかんかったら、僕のこの携帯に電話ちょうだい! 責任とるし。ほな本社に戻るから。さいなら」
日頃、何かと論理的な思考で現場を切り盛りしていた上司がとても「非論理的」に見え、日頃、何かと「非論理的」な言動で周囲を振り回していた、そのまた上の上司の方が、実に「論理的」に見えた。
「論理的」などというものは、ビジネス上での「ツール」にすぎない。現場で大切なのは「建設的」であることだ。
<著者プロフィール>
片岡英彦
1970年9月6日東京生まれ神奈川育ち。京都大学卒業後、日本テレビ入社。報道記者、宣伝プロデューサーを経て、2001年アップルコンピュータ株式会社のコミュニケーションマネージャーに。後に、MTVジャパン広報部長、日本マクドナルドマーケティングPR部長、株式会社ミクシィのエグゼクティブプロデューサー等を経て、2011年「片岡英彦事務所」を設立。企業のマーケティング支援の他「日本を明るくする」プロジェクトに参加。2015年4月より東北芸術工科大学にて教鞭をとる。