日本人は「戦略性」がないと言われる。外交や国家戦略といった大きな話から、ビジネスや家計のやりくりといった個人レベルの話においてもだ。しかし、私は日本人に「戦略性」がないわけではないと思う。むしろ「戦略好き」なのではないか?

必要以上に大人数で、長時間、戦略を議論している

例えば、何かを実行するまでに「会議」「議論」「計画」「調整」「合意」「再議論」…こういったことを延々と行う。いったい何を議論しているかというと、どうすれば実現できるのかという具体的な「戦術」よりも、むしろ、何をしたらよいのかという「戦略」のことが多いのではないだろうか。

必要以上に大人数で、長時間、戦略を議論し計画を立て、調整を行い、最終合意に至る。これが典型的な日本人像なのではないだろうか。

では逆に日本人は何が弱いのか?

戦略を立てる以前の「哲学(世界観)」と、「実行(決断)」の方が、むしろ弱いのだと思う。長い間、議論を重ねた結果、ひとつの「戦略」が決まる。この「戦略」が本当に正しいか、正しくないかはわからない。まだ「机上の空論」だからだ。実際に「実行」して、その結果が出て初めて「正しい」「正しくない」が明らかとなる。

ならば、とにかくすぐに「実行」するしかないはずだ。そうすれば早く戦略が正しかったか、正しくなかったかがわかる。

ところが、私自身の経験上、日本の組織には「実行」をいつまでたっても行わない「輩」がいる。すでに戦略レベルでの議論は出尽くしているにもかかわらず、「実行」の段階になって、また全ての議論をぶりかえし議論をしたがる「輩」だ。

なぜ、いつまでも「実行」をしないのか? なぜ、議論を続けたがるのか?

「実行」を行うと必ず成功か失敗かが判明する。そして、これまでの戦略の「正しい」「正しくない」が分かる。そのことが不都合なのだ。

あまりに多くの人たちを巻き込み、あまりに多くの時間を費やして、戦略の議論を繰り返してきた。だからその結果が「正しくない」ことになると非常にマズイと考える「輩」は必ず組織に一定数いる。

すると何が起こるか。
いつまでも誰も「実行」を行わないことが組織にとっての「美徳」となる。

仮に「実行」の結果が失敗だった場合、戦略の良し悪しは別に、とりあえず「実行」の方法(または人)が悪かったとみなされる。その方が組織にとっては都合が良い。大勢で議論した「戦略」の良し悪しについては誰もが批判しにくい。

日本人はなぜ人の失敗を叩くのか。

机上の議論を好む。実行しないこと(結果の白黒を付けないこと)を「美徳」とする。より早く、より強引に、何らかの「結論」を出してしまった者、実行したものは常に叩かれる。だから、戦略の議論をいつまで喧々諤々と続けたがる。

戦略などというものは消耗品なのだ。今すぐ実行しないと「最悪」の事態になるかもしれない。戦略に代替案はいくらでもある。仮に今の戦略が間違っていたとしても、大きな痛手を負う前に「朝令暮改」、すぐに手のひらを返せばよい。

「戦略の議論はもういいから、早くやっちまえ! 今実行しないでどうする!」と叫びたくなる時が稀にある。ところが、こういう「叫び声」を上げて哲学(世界観)を掲げるのも日本人は苦手である。空気をよむのは得意な者に限って世界観は持たないことが多い。


<著者プロフィール>
片岡英彦
1970年9月6日 東京生まれ神奈川育ち。京都大学卒業後、日本テレビ入社。報道記者、宣伝プロデューサーを経て、2001年アップルコンピュータ株式会社のコミュニケーションマネージャーに。後に、MTVジャパン広報部長、日本マクドナルドマーケティングPR部長、株式会社ミクシィのエグゼクティブプロデューサーを経て、2011年「片岡英彦事務所」を設立。(現 株式会社東京片岡英彦事務所 代表取締役)主に企業の戦略PR、マーケティング支援の他「日本を明るくする」プロジェクトに参加。2011年から国際NGO「世界の医療団」の広報責任者を務める。2013年、一般社団法人日本アドボカシー協会を設立代表理事就任。