鉄道好きが「鉄分が足りない」というと、ほうれん草に入っている鉄分じゃなくて、鉄道趣味から遠ざかる状態だ。大変だ、鉄分不足で倒れてしまうかも(笑)。そんなときは、いつか実際に行ける日を夢見て、時刻表や地図でつかの間の妄想鉄道旅行を楽しんでみよう。

今回は時間のぜいたく。JR北海道の「日本最長時間鈍行」に乗ってみた。妄想旅行ならきっぷは必要ないけれど、今回は鈍行の旅だから、青春18きっぷの使用を前提とする。

現代の「日本最長時間鈍行」根室本線2429D

根室本線2429D。国鉄色(朱色5号)の車両を使用する日もある

その昔は、どんなに長い路線でも起点から終点まで鈍行列車が走っていたという。東海道本線が全通した当時、新橋~神戸間を20時間もかけて走る列車が1往復あったとのこと。東京から門司まで、大阪から青森までの普通列車もあった。その後、急行列車の誕生や、乗客数の兼ね合いなどにより、鈍行列車の役割は地域輸送に徹し、走行距離が短くなっていく。

往年の鉄道ファンにとって、日本最長距離鈍行といえば山陰本線の門司発福知山行。列車番号「824」だった。門司駅を早朝に出発し、福知山駅に深夜到着。走行距離は595.1km。所要時間は18時間以上。旧型客車を使っていたため、当時の鉄道ファンに人気のある列車だった。この列車は1984年まで運転された。

2012年8月現在の「日本最長時間鈍行」は、北海道の根室本線を走る滝川発釧路行。列車番号は「2429D」(末尾の「D」はディーゼルカーを示す)。滝川駅を9時37分に発車し、終点の釧路駅到着は17時39分。所要時間は8時間2分で、走行距離は308.4kmとなる。

本当はこの列車を「日本最長距離鈍行」と呼びたいところだけど、じつは距離でいうと2番目。走行距離が最も長いのは山陽本線の岡山発新山口行、列車番号「371M」(末尾の「M」は電車を示す)だ。時刻表で計算すると、新山口駅は東京起点で1027.0km、岡山駅は同732.9kmで、その差は294.1km。「2924D」より短いけれど、これは運賃計算上の"トリック"といえるもので、パイパス的な岩徳線を経由した表示になっているから。「371M」の実際の走行距離は315.8kmで、「2429D」より7.4kmだけ長い。

「371M」は電車のため所要時間が短く、5時間45分となっている。だから「2429D」は最長"時間"鈍行というわけだ。「371M」は岡山駅16:17発、新山口駅22:02着で、約半分は夜間の運行となってしまう。しかも途中の広島駅で列車番号が変わり、「3481M」となる。「2429D」は、「単一列車番号では最長距離」ともいえるし、こちらはほぼ全線にわたって日中の運転だから景色も楽しめる。「2429D」のほうが楽しそうだ。

時刻表で「2429D」を追ってみよう

滝川駅は札幌駅から北東方向にあり、函館本線旭川方面の特急で約50分の位置にある。9時37分発の「2429D」に乗るなら、札幌駅8時25分発のL特急「スーパーカムイ5号」か、札幌駅8時30分発の特急「旭山動物園号」が間に合う。前者は新型特急電車789系か785系。後者は国鉄型の183系ディーゼルカーだけど、動物がテーマの車両が楽しい。

……おっと、青春18きっぷを使うんだった。

札幌発の普通列車は6時34分発「127M」で滝川駅8時15分着。札幌駅6時58分発「129M」で滝川駅8時35分着。ともに「2429D」の発車まで1時間以上の待ち時間がある。ならば滝川駅で朝ごはんにしよう。残念ながら同駅に駅弁はなく、付近の食堂も開いていないようだが、徒歩数分でミスタードーナッツ滝川ショップがある。駅から最寄りのセイコーマートまでは徒歩10分。長い旅だからお菓子などを買い込もうか。

「2429D」の旅を始めよう。滝川駅を出ると、車窓左手に函館本線が離れていく。市街地が終わると広大な田園地帯が広がる。道央自動車道をくぐって東滝川駅。ここから先は山間へ向かう。鉄橋を渡ると、空知川の上流へ向かい、滝里ダムをちらっと見たら長いトンネル。トンネルを出たら富良野盆地。富良野駅の停車時間は20分。時刻表には駅弁マークがある。「ふらのとんとろ丼」(980円)で、6月から9月下旬までの販売のようだ。

富良野といえば、ドラマ『北の国から』で有名だ。富良野駅の次の布部駅は、黒板五郎と純と蛍が初めて降り立った駅。その次の山部駅で対向列車とすれ違う。滝川行の快速「狩勝」だ。「2429D」と同じ区間を走る上り列車で、釧路駅を5時45分に出発し、帯広駅から快速となり、約5時間半かけてここまでやって来た。思わず敬礼したくなる。

幾寅駅。『鉄道員』では「幌舞駅」として登場

列車は富良野盆地を南下し、車窓左手に空知川が沿う。どんどん標高を上げて、トンネルとカーブをいくつか過ぎるとダムが広がる。かなやま湖だ。そして到着した駅は「幾寅」。ここは高倉健さん主演の映画『鉄道員(ぽっぽや)』の「幌舞駅」として登場した。

このあたりはかなり険しい区間だ。札幌と帯広・釧路を結ぶにあたり、この険しさと滝川経由の迂回がネックだった。それ解消するために建設されたのが石勝線だ。落合駅を発車してしばらくすると石勝線と合流し、12時46分、新得駅に着く。

「特急銀座」を行く「2429D」

新得からは札幌~帯広・釧路間の幹線ルートの一部になる。御影駅で特急「スーパーおおぞら8号」と、芽室駅で特急「スーパーとかち6号」とすれ違う。帯広では14分停車して、「スーパーおおぞら5号」に追い越される。帯広駅発は14時24分。出発から5時間近く経過している。幕別駅でも「スーパーおおぞら10号」とすれ違う。このあたりは広大な十勝平野だ。十勝川を渡り、北海道の大地の風景を楽しもう。

滝川駅を出発してから6時間半が経ち、厚内駅を16時6分に出てしばらく進むと、車窓右手に太平洋が見える。ここから先は海の車窓。列車はときどき内陸に引っ込みつつ、海沿いを走る。古瀬駅で特急「スーパーおおぞら12号」とすれ違い、白糠駅に16時53分着。国鉄の赤字ローカル線(特定地方交通線)廃止第1号となった白糠線の起点でもあった。釧路駅の手前の大楽毛駅では約10分間停車し、帯広行の普通列車とすれ違う。この駅の北側にたんちょう釧路空港がある。札幌行HAC568便や羽田行ANA744便が見えるかもしれない。

終点の釧路駅には17時39分に到着。8月だと、日没まであと1時間の明るいうちに到着だ。8時間の旅、お疲れさまでした。この後はどうしようか。約1時間後、18時30分発の根室行で日本最東端の駅・東根室をめざしてもいい。釧路で泊まり、翌日出直すならお座敷列車の快速「北太平洋 花と湿原号」が良さそう。あるいは釧網本線「くしろ湿原ノロッコ号」に乗る手もある。ちなみに、「2429D」を下車してすぐ東京へ戻るなら、約1時間後に出る釧路空港行の連絡バスに乗ればJALの最終便に間に合う。

使用する切符は青春18きっぷ1回分。札幌駅から滝川経由で釧路駅まで391.5km。通常の片道乗車券で6,610円のところ、青春18きっぷなら2,300円で済む。安くてお得、しかも時間もたっぷり使えるぜいたくな旅となった。翌日も青春18きっぷで札幌に戻り、羽田~新千歳間をLCCの最安値で往復すれば、交通費は1万5,000円くらいに抑えられるだろう。