「スカイアクティブテクノロジー」の名の下に、革新的な技術を連発しているマツダから、またしてもとんでもないエンジンが登場するようだ。すでに極限まで低燃費化が進んでいる現在のエンジンとの比較で3割も燃費が向上し、ハイブリッド並みの低燃費を実現しているという。一体どんな技術を開発すれば、そんなことが可能になるのだろうか。
この新エンジンが採用する画期的な新技術、それは「HCCI」というものだ。マツダから正式な発表はまだないものの、マツダは以前から「スカイアクティブテクノロジー」の第2世代技術のひとつとしてHCCIを挙げている。詳細は不明だが、マツダは世界で初めてHCCIを実用化するメーカーとなるようだ。
HCCIの意味する「予混合圧縮自己着火」とは?
マツダの開発したHCCI採用エンジンがどのようなものかはまったく不明だし、現時点であれこれと推測するのも不毛だ。ここでは、やがて登場するだろうマツダ方式にとらわれず、HCCIそのものについて、これはどういったものか、なぜ燃費が向上するのか、簡単に解説していこう。
HCCIは「予混合圧縮自己着火」を意味する。この漢字の羅列をもっとわかりやすく引き延ばすと、「空気と燃料を予(あらかじめ)め混合しておき、圧縮することで燃料自身が着火する」ということになる。
これでもわかりにくいと思うので、もっと引き延ばして説明しよう。まず、空気と燃料、つまりガソリンを「予め混合」するという部分。少しでもエンジンの勉強をした人ならわかると思うが、これは従来のごく普通のガソリンエンジンと同じだ。違うのは後の「圧縮自己着火」の部分にある。
従来のガソリンエンジンでは、「予め混合」した空気と燃料、これを「混合気」というが、混合気を燃焼室に送り込んで、ある程度圧縮した後、点火プラグで火をつけている。しかし、HCCIでは点火プラグは不要。混合気を従来よりずっと強烈に圧縮すると、混合気が高温になって自己着火、つまり勝手に燃えはじめる。従来、自己着火はプレイグニッションやノッキングの原因として、極力それが起きないようにしてきたが、HCCIでは発想を180度変えて、自己着火を積極的に利用するのだ。
HCCIにより高圧縮とリーンバーンが可能になる
では、自己着火させることでどんなメリットがあるか。大きく分けて2つある。ひとつは圧縮比を上げられること。圧縮比は高ければ高いほど熱効率が良くなる。つまり、同じガソリンの量ならよりハイパワーに、同じパワーなら燃料が少なくて済むようになる。
従来のガソリンエンジンは点火プラグで点火する関係上、その前に自己着火が起きると非常にまずい。そのため、圧縮比は自己着火が起きないレベルに抑える必要があり、効率追求のために圧縮比を上げることができない。一方、HCCIでは自己着火は起きて然るべきものという考えなので、心置きなく圧縮比を上げることができる。
圧縮比を上げることは、この100年のガソリンエンジンの進化でつねに追求されてきたことと言っていい。世界中の技術者が圧縮比を上げる努力を続けており、現在の最高は他でもない「スカイアクティブテクノロジー」が達成した14:1となっている。この高圧縮には世界が驚愕した。しかし、HCCIにおいては、14:1ですら「低すぎてお話にならない」レベル。18:1といった圧縮比が採用されるようだ。
もうひとつのメリットは、混合気を薄くできる、つまり空気に混ぜる燃料を非常に少なくできることだ。ガソリンは非常に高いエネルギーを持っており、ほんの少し空気に混ぜるだけで十分なパワーが得られる。しかし、点火プラグ方式では、混合気を薄くすると火が着きにくくなるため、限界がある。
混合気を薄くすることを「リーンバーン」というが、20年ほど前、リーンバーンこそが低燃費技術の決め手だともてはやされた時期があった。各メーカーがリーンバーンを追究し、その結果、生まれたのが直噴エンジンだ。直噴エンジンは画期的なリーンバーンを可能にしたが、大きな問題を抱えていた。点火プラグ方式で混合気を薄くすると、燃料がうまく燃えず、不完全燃焼になる。そのため、大量の煤(すす)が発生し、この煤がさまざまなトラブルを発生させるのだ。
煤の問題は根本解決が難しく、やがてリーンバーンは低燃費技術の決め手ではあるが、やってはいけない「禁じ手」となっていった。ちなみに現在、欧州車を中心に直噴エンジンが普及しているが、これは冷却などのメリットを見込んでのことであって、リーンバーンのためではない。
しかし、HCCIではガソリンが自己着火するため、燃えるときはすべての燃料が同時に、完全に燃える。一部が燃え残って煤になるといった不完全燃焼は起こりえないのだ。そのため、圧倒的なリーンバーンが可能になる。
HCCIの難しさは点火タイミング
ここでは省略するか、HCCIはポンピングロスがないなど、他にもさまざまなメリットがある。しかし、それならなぜ、いままで実用化されなかったのだろうか。最大の原因は点火タイミングにあるようだ。
点火タイミング、つまり「いつ混合気を燃やすか」ということは非常に大切で、早すぎても遅すぎてもエンジンはまともに回らない。じつは、点火プラグ方式の最大のメリットは点火タイミングを精密にコントロールできることにある。前述したように、点火プラグ方式はHCCIとの比較で圧縮比を上げられない、混合気を薄くできないというデメリットがあるが、それでも100年以上も使われている。その理由こそが、点火タイミングをコントロールできることなのだ。
一方、混合気を自己着火させるHCCIでは、そのタイミングをコントロールするのが非常に難しい。それどころか、気温や気圧、ガソリンの質といった要素がほんの少し変化するだけで、点火タイミングが大きくずれることがある。自動車のようにさまざまな場所を走行し、使用するガソリンの質も一定でない場合は、その制御が非常に厄介だ。
マツダがこの難問をどのように解決したか、現時点で不明だ。一般論として、従来の点火プラグ方式と併用すること、EGR(排気ガスの一部を吸気側に戻すこと)を利用して混合気の温度をコントロールすることはHCCIの実用化に不可欠であるらしい。マツダはこうした解決策を高度に熟成させたか、あるいはさらなる別の解決策を編み出したと思われる。
それにしても、最近のガソリンエンジンの技術開発はすさまじい。昨年8月には、日産が世界初の可変圧縮エンジンを発表した。これは100年に1度の大発明といっていい大きなブレークスルーだ。HCCIも同じように100年に1度の大発明といえる。100年に1度が2度も続いたことは何を意味するのか? あえて扇動的な言い方をすれば、EVや燃料電池に対して、ガソリンエンジンの逆襲が始まったといえるのかもしれない。
昨年12月には、トヨタがTNGAによる新世代ドライブトレーンを発表し、基本的に従来技術の熟成ながら、10%の出力向上と20%の燃費向上を果たすとしている。これはHCCIによって実現するとされる、3割程度の燃費向上という効果に非常に近い。となると「マツダのスカイアクティブによるHCCI」対「トヨタのTNGAによる新世代ドライブトレーン」の対決といった図式も成立するかもしれない。
いずれにしても、間もなく静かな終焉を迎えるかというイメージすらあったガソリンエンジンの未来が、にわかに明るく、騒がしくなってきた。
付け加えると、マツダのHCCIは、じつはロータリーエンジン復活のキーテクノロジーだともいわれている。こちらも大いに期待したい。