ホンダ、さらには日本車全体を代表するモデルのひとつである「シビック」が、日本市場に復活することになった。まずセダンを発売し、ハッチバックなどバリエーションモデルも販売を検討しているという。パリモーターショーでワールドプレミアを飾った「TYPE R」も、特殊な限定モデルではなく通常のカタログモデルとして販売されるようだ。
これはかなりのビッグニュースだが、そもそもなぜ、ホンダは限定販売の「TYPE R」を除き、看板モデルだった「シビック」を日本で販売しなくなったのか? という疑問もわいてくる。そこでまず、「シビック」の過去をごく簡単に振り返ってみよう。
「シビック」は1972年に登場し、米国の排ガス規制、いわゆる「マスキー法」を世界で初めてクリアしたモデルとして大ヒットした。当時のホンダは初の乗用車として発売した「1300」が失敗して窮地に陥っていたが、この「シビック」によって奇跡的な復活を遂げ、世界有数の自動車メーカーとなる礎を築いた。
2世代目「シビック」からは愛称を付けるのが慣例となり、2世代目は「スーパーシビック」と呼ばれる。初代からの正常進化であり、スタイリングも似ている。続く3世代目は「ワンダーシビック」。グリルレスのフロントと、ナイフで切り落としたようなリアエンドが衝撃的なスタイリングで大ヒットし、日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞した。
4世代目「グランドシビック」は3代目の正常進化。スタイリングはキープコンセプトながら、メカニズムは大幅進化した。5世代目「スポーツシビック」は若者向けに路線変更し、その名の通りスポーツ性を高めた。2度目の日本カー・オブ・ザ・イヤーも受賞している。6世代目「ミラクルシビック」は、時代を先取りして超低燃費な環境性能を最大の特徴とし、3度目の日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞した。また、「シビック」として初の「TYPE R」が追加発売され、このモデルは現在でも硬派なスポーツカーとして、中古車価格が高止まりとなる人気モデルだ。
7世代目「スマートシビック」は広い室内空間を特徴とし、4度目の日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞した。4ドアセダンの「シビックフェリオ」にはハイブリッドモデルも追加発売された。世界的には大ヒットしたが、日本では「スマートシビック」発売の1年後に「フィット」が登場すると、急激に販売が落ち込んだ。
方向転換した8世代目モデル、日本から消えた9世代目モデル
2005年に登場した8世代目「シビック」は、フルモデルチェンジを超えて完全に別モデルというべき変質を見せた。コンパクトなハッチバックモデルであったはずの「シビック」だが、ハッチバックモデルは廃止されセダンのみに。そのサイズも大型化して3ナンバーとなった。さらに、親しまれてきた愛称も廃止された。
もうひとつ、この8世代目で特筆すべきことは、欧州向け「シビック」が別途、開発・販売されたことだ。じつは数世代前から「シビック」はイギリスで生産されてきたのだが、基本的に日本向けと同じモデルの生産だった。しかし8世代目の欧州仕様は、「フィット」のプラットフォームとエンジンを流用した5ドアハッチバックであり、日本や米国向けモデルとはまったく別物となっている。
続く9世代目「シビック」は2011年に登場。そしてこのモデルから、「シビック」は日本で販売されなくなった。9世代目「シビック」は、北米では4ドアセダン、欧州では5ドアハッチバックと、8世代目同様に2本立て。単にボディ形状が違うだけでなく、車格もまったく違うし、コンサバな4ドアセダンに対してアヴァンギャルドな5ドアハッチバックと、デザインの方向性も真逆になっている。違いを挙げるより、「車名以外はすべて違う」と言ったほうがいいほどだ。
さて、なぜ「シビック」は国内販売をやめたのか? 以前、モーターショーでホンダのスタッフに聞いたところ、「いまの(9世代目)シビックは海外の道路事情に合わせて横幅を広くしてあるので、日本で販売することは難しい」と言われた。その場では納得したふりをしておいたが、内心は1%たりとも理解できない理由だと思ったものだ。
横幅が広いと日本では売れないというのは昔話だ。「プリウス」は5ナンバー枠を60mmも超える堂々たる3ナンバーボディだが、売れに売れている。「シビック」の永遠のライバルである「ゴルフ」は全幅1,800mmと、9世代目「シビック」よりはるかにワイドだが、「ゴルフ」が日本の道路で持て余すという声は聞いたことがない。
では、「シビック」が日本から消えた本当の理由は何か? 筆者なりの解答としては、ホンダは日本で「シビック」をやめたのではなく、セダンをやめたと考えたほうが正しいと考えている。この10年ほど、ホンダは日本市場でひたすらSUVと軽自動車に注力し、セダン、クーペ、スポーツカーから手を引いてきた。
「シビック」の国内販売中止が2010年。そこから2014年あたりまで、ホンダの国内ラインアップには、セダンが皆無といって過言ではなかった。唯一、「アコード」だけが販売されていたが、その販売台数はあってなきがごとし。その唯一のセダンである「アコード」も、2013年3月に生産を終了し、同年6月に「アコード ハイブリッド」が発売されるまでの数カ月間、ホンダの国内ラインアップには、本当にセダンが1台もなかった。
ホンダに限らず、国内メーカーのほとんどは、この10年ほどセダンをないがしろにしてきた。そうした日本メーカー全体の動向を考えれば、SUVと軽自動車に偏向したホンダの戦略は、あまりに極端ではあったとはいえ、理解できないものではない。
そして、ここで勘違いしてはいけないのは、ホンダの極端な戦略は失敗ではなく、成功を収めているということだ。国内の登録車の販売台数シェアで、2010年頃のホンダはトヨタ、日産に次ぐ3位だったが、現在は日産を抜いて2位になっている。軽自動車では、2010年は販売台数約154万台でシェア9.5%であったのに対して、2015年は320万台を売り、シェアを17.7%まで拡大している。
セダンとスポーツカーの復活でフルラインメーカーに返り咲けるか
日本の新車販売が縮小していく中で、国内メーカーは生き残りをかけ、売れる車種だけに持てる力を集中していった。ホンダはその戦略を見事に成功させたといえるが、その一方で、この状況に漁夫の利を得た別の勢力もある。輸入車ブランドだ。とくにメルセデス・ベンツ、BMW、アウディといった、セダン、クーペ、スポーツカーを得意とするブランドの躍進は著しい。
もちろん、輸入車ブランドの躍進の理由はひとつではなく、さまざまな要因があるだろうが、「セダン難民」とでもいうべき、セダンを購入したいのに国内メーカーに魅力的なモデルを見つけられないユーザーが、輸入車ブランドに流れたことは確かだろう。最近のホンダの戦略は、こうした状況に対応したものといえる。
ホンダは2013年の「アコード ハイブリッド」発売を皮切りに、2014年にはセダンの新型モデル「グレイス」を日本市場に投入。2015年にはフラッグシップモデル「レジェンド」も発売して、取りあえずではあるがセダンのラインアップを再構築した。さらに「S660」や「NSX」を投入し、スポーツカーのジャンルでも復活を果たしている。
こうした一連の動きは、一時の偏ったラインアップを改め、その企業規模にふさわしいフルライン戦略に立ち戻ったともいえる。ただし、その取組みは順調とは言いがたい。スポーツカーは成功しているが、問題はセダンだ。前述の「アコード」「グレイス」「レジェンド」の3モデルは、いずれも販売面で低迷している。
そこで、ホンダが切り札として切ったカードが「シビック」というわけだ。日本市場に復活する新型「シビック」は10代目で、このモデルは8世代目、9世代目と続けた2本立てをやめて、久々に世界統一モデルとなった。米国では昨年に販売を開始し、北米カー・オブ・ザ・イヤーを受賞するなど、評価はすこぶる高い。
ホンダの国内市場でのフルライン体制リブートは成功するか。その成否は「シビック」に託されたといっていいだろう。「タイプ R」の発売でスポーツカーのラインアップ強化も図れるから、その意味でもホンダにとって「シビック」が最強の切り札となる。
しかし一方で、「シビック」はすでに若い世代にはなじみのないモデルとなっている。「シビック」を覚えている世代でも、ハッチバックのイメージが強く、セダンにはピンとこない人が多い。新型「シビック」には、日本カー・オブ・ザ・イヤーの常連だった頃の神通力はすでにないというべきだろう。重責を負った新型「シビック」は過去の栄光ではなく、現在の実力でその責を果たさなければならない。