ホンダの新型FCV(燃料電池自動車)「クラリティ フューエル セル」がついに発売された。1年3カ月前のトヨタ「MIRAI」の衝撃的な登場を受け、「うちも2015年中に出す」と宣言していたが、それを「2015年度中」に改めていた。その「度」がついたほうの約束に、なんとか間に合った格好だ。

ホンダ新型FCV「クラリティ フューエル セル」。3月10日に発表会が行われた

これから両モデルはライバルとしてしのぎを削っていくことになるだろうが、この図式、以前にも見たような気がする。そう、ハイブリッドでも同じようなことがあった。

トヨタは1997年、世界初のハイブリッドカー「プリウス」を発売。世界中のどの自動車メーカーも追随できなかった(あるいはしなかった)中で、ホンダだけは「プリウス」の燃費を超えるハイブリッドカー「インサイト」(初代の2人乗りモデル)を1999年に発売。2001年には、看板モデル「シビック」にハイブリッドモデルを追加した。さらに2009年、2代目「インサイト」を発売して「プリウス」と激しい販売合戦を展開し、2010年には真打ち登場とばかりに「フィット」にハイブリッドモデルを追加している。

現在では、世界中のメーカーがハイブリッドカーを販売している。しかし「プリウス」や「アクア」に対抗できる燃費性能を発揮し、真っ向勝負を挑んでいるのは、唯一ホンダだけだろう。販売面では、「インサイト」がディスコンとなるなどホンダの苦戦は否定できないが、技術面ではまったく遜色はない。

FCVに話を戻そう。トヨタ「MIRAI」は世界初の量産型FCVとして登場した。だがそれまでの実績では、むしろホンダのほうが上回っているのを知る人は意外と少ないようだ。

「クラリティ フューエル セル」発表会の会場に、ホンダが過去に開発した「FCX」(写真左)・「FCX クラリティ」(同右)も展示された

「クラリティ フューエル セル」の発表会でも改めて紹介されていたが、ホンダは1980年代からいち早く燃料電池の研究開発を開始し、2002年に「FCX」というモデルのリース販売を日米で開始している。トヨタも同じ年に「FCHV」というFCVをリース販売しているが、米国で販売の認定を受けたのは「FCX」が先で、もちろん世界初だった。

さらにホンダは、2008年に「FCX」を「FCX クラリティ」へとモデルチェンジした。2002年に登場した「FCX」や「FCHV」がいかにもプロトタイプであったのに対して、「FCX クラリティ」の完成度はかなり上がっており、性能としては市販車レベルに達しているといって差し支えない。米国では個人へのリース販売も行われており、その意味では立派な市販車だ。量産型とせず、少量のリース販売にとどめたのは、コストの問題を解決できていなかったからだろう。

こうした経緯を眺めてみると、トヨタが「MIRAI」発売を大々的にアピールし、マスコミがこぞって取り上げ、なんだか「MIRAI」が世界初のFCVであるかのようなイメージになってしまったことは、ホンダとしては歯がゆい限りだろう。「MIRAI」はあくまで量産型として世界初であり、世界初のFCVではない。

ホンダは「MIRAI」発売直後にも、今回の「クラリティ フューエル セル」発表の際にも、「FCVのリーディングカンパニーであると自負している」と繰り返し述べている。自信の表れではあるのだが、悔しさの裏返しとも取れる言葉だ。じつは、ホンダが環境技術でトヨタに悔しい思いをさせられたのは、今回が初めてではない。

1991年、ホンダは低燃費な希薄燃焼エンジンVTEC-Eを「シビック」に搭載した。当時はまだバブル経済期であり、低燃費にこだわったホンダの決断を即座に理解できる人は少なかった。しかし、これは新たな環境技術が求められていることにホンダがいち早く対応したためで、じつに先見の明があった。

1990年代中頃になると、環境問題は大きくクローズアップされるようになり、三菱自動車の直噴ガソリンエンジンなど、低燃費技術が各社から登場するようになる。ホンダは1995年、3ステージVTECエンジンとホンダマルチマチック(CVT)を組み合わせて搭載した6代目「シビック」を発売。その燃費性能が驚異的であることから、「ミラクルシビック」と命名された。また、きわめて厳しいカリフォルニア州の排気ガス規制TLEV基準に対応したモデルもいち早く発売している。

ホンダは画期的な低公害を実現した一連の技術を「LEV」として強くアピールした。環境意識の高まりとともに、ホンダの環境技術は注目を集め、評価される……はずだった。

ところが、まさに青天の霹靂、1997年に突如としてトヨタ「プリウス」が発売されると、「環境イコールハイブリッド」の図式となり、LEVはすっかりかすんでしまった。その後はハイブリッドカーに参入して高い技術力を発揮するも、販売面でトヨタに及んでいないことは先述の通りだ。いまとなっては、環境技術がホンダのお家芸ということにさえ、ピンとこない人が多いだろう。

ホンダは1972年、絶対に対応不可能とさえいわれた米国の排気ガス規制法(マスキー法)を世界で初めてクリアした実績がある。その後もFCVやLEVで環境技術のトップを走ってきたことは間違いない。しかし、どうも大事なところでトヨタに先を越される格好なのだ。

「環境技術のホンダ」復権に向けての課題は?

こういった経緯があるからこそ、「クラリティ フューエル セル」にかけるホンダの思いは熱く、強い。実際、このモデルはさまざまな面で「MIRAI」を上回っている。4人乗りの「MIRAI」に対して5人乗りであり、航続距離も長い。そしてなにより、ボンネットの下にパワートレインを収納したことは快挙だ。これならさまざまな車種に搭載できるから、FCVの普及の大きな力になる。

ホンダ「クラリティ フューエル セル」ボディ構造イメージ

さまざまな車種に搭載できる燃料電池のパワートレインも、量産効果によるコストダウンを図りやすい。FCVの実用化にあたって、システムの小型化はコストダウンと並ぶ課題だったのだから、それを「MIRAI」より明らかに高いレベルで実現したホンダの技術は、1年3カ月の時間差を考慮しても驚嘆に値するものだ。

FCV普及の道はまだまだ遠いが、その課程でホンダが技術力をいかんなく発揮し、たとえば次のモデルでは他社を出し抜くような低価格化ができれば、「環境技術のホンダ」復権も現実のものとなるだろう。それは社会的な利害とも一致することだから、ぜひ成し遂げてもらいたいと思う。

ただ、環境技術の難しいところは、じつは技術とは別のところにある。優れた性能を当然とした上で、その売り方がきわめて重要なのだ。その点では、トヨタは非常にうまい。ハイブリッドカーのときは「21世紀に間に合いました」という歴史的名作キャッチコピーでイメージ戦略を展開し、「MIRAI」でもその車名と「ミライがやってきた」というキャッチコピーを組み合わせて、多くの人に明るいイメージを抱かせた。

一方のホンダは、LEVにしてもハイブリッドにしても、その売り込みがうまいとはいえなかった。既存のジャンルの自動車ならば、いいものを作れば宣伝が下手でも売れるという理屈は一応通用する。しかし、FCVのような新しいジャンルでは、どんなにいいものを作っても、それが広く一般に伝わらないと芽を摘まれてしまうおそれがある。

ホンダがこういった苦手分野を克服して、「環境技術のホンダ」として復活できるかどうか、注目したい。